第6話 約束の虹

クライブは塔に誰もいないことを確認すると、結界魔法を使った。キラキラと輝く青い光の粒が、塔全体を包み込む。これで結界の中の様子は外に漏れない。


「ここから出る事は叶いませんが、そのほかは今まで通りです。私が護衛になるだけです」


「それじゃ、あの子達は毎日来るの?」


リーリアは侍女達が出て行った扉を恨めしそうに眺めた。


「侍女達がなにか失礼をしましたか?」


「ええ。あの子達嫌い」


無邪気に笑うリーリアに悪意はない。だが、クライブは背筋が凍った。


「リーリア様! 上に立つ者がむやみに好き嫌いを口にしてはなりません!」


「……そうなの?」


「そうです! 家庭教師から習わなかったのですか?」


「知らないわ。家庭教師もしょっちゅう変わってたし、よく覚えてないわ」


「はぁ……。あと半年でリーリア様には王族として必要最低限の知識と教養。ありとあらゆる魔法を覚えて頂きます。そして、俺の魔法で時を戻り国を取り戻しましょう。ご家族に会いたいのでしょう? 死んで会うのではなく、未来を変えましょう。その為に、俺は厳しい事も言います。それでも構いませんね?」


「ええ。構わないわ。どうせ失うものなんてなにもないもの。ねぇクライブ……どうして助けてくれるの?」


「理由が必要ですか?」


「いいえ。いらないわ」


「……」


「わたくしにはもう、なにもない。けど、貴方が来てくれた。だから、それだけでいいわ。以前も貴方はわたくしを叱ってくれた。なのにわたくしは……クライブの優しさに気が付かなかった」


「リーリア様……私は……肝心な時にいなくて……」


クライブの目から、涙が溢れ出す。リーリアは無邪気な笑みを浮かべるとクライブの涙を手で拭った。


「ここに閉じめこられて、侍女達の悪口を毎日聞いて、たくさん本を読んで、やっと気がついたの。貴方だけは、わたくしのわがままにちゃんと向き合ってくれた」


「リーリア様……」


「貴方を信じていいのか。正直まだ分からない。けど、貴方はあの時と同じ目をしてる。あの胡散臭い男とは違う。どっちにしても、わたくしは国中に嫌われたわがまま王女。家族もいない。ここからも出られない。だから、貴方を頼るしかないの。ねぇクライブ、あの時の虹をまた見せて」


「喜んで」


クライブが魔法を使うと、美しい虹が現れた。リーリアとクライブが初めて会った日の虹と全く同じもの。


リーリアはぴょんと子どものように飛び跳ねた。


「ふふ、あの時と同じね。ねぇ……どうして今まで会えなかったの? お父様に聞いても、クライブは国を出たとしか教えて頂けなくて……。もしかして、わたくしのせい?」


「……それは」


「クライブは、わたくしが嫌い?」


「いいえ! 俺はリーリア様の事が……」


言いかけて、クライブは口をつぐんだ。リーリアは目を伏せ、寂しそうに微笑んだ。


「嫌われてないならよかった。ありがとう、助けてくれて。わたくしはどうすれば良い? 魔法も下手だし、教養もない。半年と言ってたわよね? 半年後、何が起きるの?」


クライブの言いかけた言葉を遮るように、矢継ぎ早に質問を投げかけるリーリア。彼女は怖かった。


たった1人の味方に、完璧に拒絶されるのが。


「半年で……リーリア様を口説けと命じられました。半年後、あの男は正式に国王になります。その前に、リーリア様になにかをさせたいのだと思います」


「あの男、いつも胡散臭い笑顔を浮かべていたわ」


「あの、リーリア様はあの男の事を……」


「世界で一番嫌いよ。っと、ごめんなさい。好き嫌いを口にしてはいけなかったのよね」


「ここには私しかおりません。今だけは、気にしなくて大丈夫です」


「そっか。間違っていたらちゃんと教えてね。キツイ修行でも、なんでもするわ。時を戻ればお父様やお母様、お兄様達とまた会えるのよね?」


「はい。またあの男が現れても蹴散らせるように鍛えましょう。国が傾かないように、勉強もしましょう。リーリア様は、おそらく利用されたのです」


「利用?」


「先ほど、書類に名前だけ書けばいいと仰いましたよね? リーリア様の名前で出された命令がきっかけで、滅んだ街や村がたくさんあります」


「……嘘……」


「残念ですが、本当です」


「わたくしのせいで……街や村が滅んだの……だから……みんなわたくしを嫌って……」


「リーリア様を利用して命令書を書かせた者がたくさんおります。お辛いでしょうけど、滅んだ村や街を魔法でお見せします。時を戻ったら同じ事が起きないよう、目を光らせておいてください。リーリア様、過去に擦り寄ってきた貴族達を覚えておりますか?」


「……ごめんなさい。覚えてないわ」


「私が調べた全てをお伝えします。時を戻った後、甘い言葉を言う貴族達には細心の注意を払って下さい」


「分かったわ。ねぇ、どうしてクライブはわたくしを信じてくれたの?」


「過去にお会いした時、リーリア様はお優しい方だと思いました。理由はそれだけです」

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