2話 キャティス、蹂躙

 数分後。


 道路に人が集中していて、歩ける幅がほぼなくなっていた。

その原因の一つに、多くの車両が歩行者の退路を占領しているからだろう。


賢一「人が多くて進めない!」

エリカ「別の道を行きますか?」

賢一「そうしたいけど」


 見渡す限り、進路変更を許してもらえる雰囲気ではない。


賢一「ほかの道にいくことも難しそう。……こっちの道、失敗だったかな」


 すると、背後の巨大生物の暴れている音とは別に、頭上から大きな音が聞こえてくる。

空を見上げると、飛行物体がこちらに向かってきていた。

あの形は、きっと戦闘機の類だろう。


『シュゥウギュオォォォォンンン!!』


そして飛行音は正面の空から、後方の空に向かっていた。


賢一「あの戦闘機は!?」

エリカ「同盟国アモリアの戦闘機:フェニクス-XF-1。マッハ3.5で飛行。高エネルギーレーザーキャノン、空対空ミサイル、空対地ミサイル、精密誘導爆弾を装備し――」


 戦闘機を目で追い続ける。

だけど、戦闘機は巨大生物の頭上を通り過ぎるだけで、攻撃を仕掛けてくれなかった。


賢一「え、攻撃してくれないの!?」

エリカ「残念ですが、アモリアは情報収集のために戦闘機を出撃させた可能性が高いです」

賢一「非常事態だってのに、助けてくれないのかよ!?」


 通り過ぎる戦闘機に訴えるけど、戻ってくる気配はない。


 視線を落とすと、距離が近くなっている巨大生物が建物を踏みつぶしていた。


『ドグジャッチャッジャッチャ!!』


 早く安全地帯に逃げなければ。

でも、人が多くて全く進めない。


賢一「なんで車が邪魔してるんだよ!」

エリカ「自動運転機能が人を検知して、停車しています」


乗車してる人「走れないだろ! どけ!」


 前方で道をふさいでいる車と人々に苛立ちを向けながら、周囲の様子をうかがう。

後ろを向くと、緊張感のない人々の様子が目に入ってきた。

むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。


動画を撮影している男性「時代を貫く風雲児、ヨシナリだ。早速だが、後ろにいる巨大生物が暴れてる様子を――」


スマートフォン片手に動画撮影している男性から少し離れた場所でも、似たような光景があった。


動画を撮影している女性バーチャルタレント「みんな、こんふぇるー! って、のんきに挨拶してる場合じゃないの! みてみて、ふぇるるの後ろでおっきな猫みたいな生き物が――」


生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、のんきな人もいるもんだ。


 顔を正面の人混みに戻す。

すると、さっきとは違う光景が目に入ってきた。


大声を出す避難者男性「さっさと前に行けっていってんだろ!!」

大声で叫ぶ避難者男性「そんなの分かってるから、押すなよ!!」

大声を出す避難者男性「分かってるならさっさと進め!! ばけもんが迫ってんだよ!!」

大声で叫ぶ避難者男性「だから押すなっていってるだろ!!」

大声を出す避難者男性「なに手を出してんだよ!! ぶっ殺すぞ!!」

大声で叫ぶ避難者男性「そっちが先に手を出してきたんだろ、正当防衛だ!!」

大声を出す避難者男性「痛ッ、おい、そこの警官! こいつ暴力振るったぞ!! 逮捕しろ!!」


緊急事態なんだ。

関係ないことで争いをしている場合ではない。


 肝心の警察官はというと、暴力を起こしている人に関心を向けず、その他の大勢の避難者に向けて声をかけていく。


警察官「皆さん落ち着いて行動してください!! 慌てずに、道をあけながら進んでください!!」

反論する避難者女性「人が邪魔で進めないんだよ!」

不満をぶつける避難者女性「もっと上手に誘導しなさいよ!」


警察官の声掛けも効果は出ず、人混みが解消される様子は見られない。


賢一「いつになったら進むのかな……」

エリカ「後方から次々と人が集まってきて、戻るのも困難になってきました」


逃げることが出来ずに、ここで巨大生物の暴走に巻き込まれるのではないだろうか。

心配で仕方ない。


 焦燥感しょうそうかんを抱いていると、前方から見慣れない物体が近づいてくる。

それも大体10体くらいだろうか。

同じような姿の物体が遠くにも小さく見える。

そして、人で溢れている道を、強制的に切り開いて進んでいた。


『ズチャッツ、ズチャッツ、ズチャッツ――』


 金属がコンクリートにぶつかる音を鳴らしながら、脚を持った車2、3台分の機体が巨大生物の方角に進んでいく。


賢一「なんだあれは!?」

エリカ「自衛部隊に所属する、LAFOS-1です。複雑な地形でも高い機動性を保つ二足歩行戦闘機。左腕が20mm機関砲、右腕が可変式ロケット砲になっています」

賢一「それじゃあ、戦闘機の近くにいる人たちは、自衛部隊の?」

エリカ「自衛部隊に所属する人が着るものを装備しています」


長方形型の操作盤、というよりもコントローラーのようなものを両手で握りしめ、戦闘機に注視しながら何人もの自衛部隊員が人混みの中を突き進んでいった。


自衛隊員「道を開けてください! 巨大生物排除に向かうためにご協力お願いします!」


自衛隊員はお願いしているけど、避難者を轢く勢いで人混みを進んでいく。

その強引さに、人の海の中に大きな道が出来上がっていった。


賢一「警察の呼びかけには反応しなかったのに」

エリカ「みんな自分の命が大切なのでしょう」


 自衛隊員たちが遠隔操作しているかっこいい戦闘機を見送る。

そしてその視線の先に、巨大生物が居たので様子をうかがった。


 巨大生物はさっきよりこちらに近づいている気がする。

しかし、現在は街を破壊している様子は見られない。

確証はないけど、巨大生物の周りを飛んでいる物体が理由なきがした。


賢一「巨大生物が、静かになった……?」

エリカ「街の崩壊が止まりました」

賢一「エリカ、巨大生物の周りに何か飛行しているんだけど」

エリカ「巨大生物は依然発見できません。しかしドローンを何機か確認できました」

賢一「自衛隊員がドローンで撃退しようと頑張ってるのか?」

エリカ「マスメディアが所持しているドローンです。おそらく崩壊した街を撮影していると思われます」

賢一「いや、崩壊した街の様子もそうだけど、メインは巨大生物だと思う」


 うろちょろしているドローンを観察していると、ドローンは巨大生物にぶつかったり上手く操縦できていないようだ。


 すると、巨大生物は鬱陶うっとうしそうな様子を見せながら、前足を高速でドローンにぶつけていく。


『ドジャーン、ドジャーン、ドッジャーン、ドゥッジャーン!!』


ドローンを一機ずつ破壊していき、時には地面に押しつぶすかのように攻撃している。

巨大生物がドローンを落とすたびに、街の建造物が巻き添えで破壊されていき、振動と轟音が響き渡ってきた。


エリカ「大きな振動はいまだに収まらない様子です」

賢一「ドローンが、巨大生物を刺激してまた暴走させてる!」


 周囲に漂っていた、一瞬の気の緩みが、瞬時に緊張感がある雰囲気に変わる。


 すると、巨大生物側に止まっていた一台の旧式車が、こちらに向かって走り出した。

それもクラクションを鳴らしながら、速度を緩める様子もない。

むしろ避難者を轢く勢いで人混みの中を発進している。


『プーーーーーー、プーーーーーー!!』


暴走運転手「邪魔だ!! 死にたくなかったら道開けろ!!」


 自分も轢かれて死にたくなかったので、咄嗟に道端に体を寄せた。

エリカも傷つけられることを予測したのか、一緒に避けて俺の横に移動している。


慌てて避ける避難者男性「うわっ!?」

驚いて避ける避難者女性「きゃっ!?」


『ズリュギュッギュン』


車に轢かれた避難者男性「うあぐあぁぁぁっ!!」


『ヴァゴッ』


車にはねられた避難者女性「あっぐふぁっ!!」


『ギュガゴンッ!』


ぶつけられた車の運転者「うぁっ!? ……おい!」


 暴走車が通った後には、大きな道が出来上がっていた。

しかし代償も大きく、地面に倒れた人も多くいて、体が痛そうにする姿もたくさん目に入ってくる。


賢一「ひどい。ひどすぎる。無理やり突っ込んだら被害が出ることくらいわかるだろ」

エリカ「追い詰められた人間は、何をするかわかりません。さらにその人の本性も現れます」


 前方に起こった悲劇の反対、つまり後方からも新しい轟音が鳴り響いてきた。


『ブラッツァッツァッツァッ!』

『ズヴォァゴゥォーン!』


確認してみると、先ほど俺たちの横を通り過ぎて行った自衛隊員たちの二足歩行戦闘機が、巨大生物に攻撃を仕掛けているようだ。


賢一「自衛隊員たちの攻撃が開始した!」

エリカ「弾丸、砲弾が空中で破裂しています」

賢一「どこ見てるんだよ。ちゃんと巨大生物に攻撃を当ててるよ」

エリカ「私には巨大生物が確認できません」


 戦闘機たちの攻撃が、しっかりと巨大生物の体表に当たっている。

このままいけば、倒せるはずだ。


賢一「やったか!?」


 しかし、大量の弾丸を浴びても巨大生物は弱る気配を見せない。


 そして猫のような巨大生物はゆっくり口を開けていった。

口の中には黄色い輝きが怪しく放たれている。。

時間がたつにつれて、その輝きは大きくなっていく。


 当たってほしくない予想を考えるけど、それが現実となった。


 巨大生物の口から黄色い光線が一直線に、地上の戦闘機に伸びていく。


『ヂュラヂュラヂュラヂュラ』


 戦闘機は回避することが出来ずそのまま被弾してしまい、爆発した。


『ドゥッッグァーン!!』


 巨大生物はそのまま首を横に振っていき、光線を別の戦闘機に次々と放っていく。


『ヂュラヂュラヂュラヂュラヂュラヂュラ』

『ドゥッッグォーン!!』

『ドゥッッグァーン!!』

『ドゥッッヴァーン!!』


 戦闘機がすべて破壊されると、光線の標的は高い建造物に向かっていった。

多くの建物が次々と倒壊していく。


 その光線がこちらに向かってきたら、確実に助からないだろう。


エリカ「LAFOS-1が次々と自壊、建造物も倒壊」

賢一「なんなんだよ。あいつ、一体なんなんだよ!」


 巨大生物の光線攻撃はそのまま近くの住宅に向けられ、俺たちの街が破壊されていく。


近くの避難者「この世の終わりだ」

近くの避難民「逃げろ!」

近くの民間人「早く道を開けて!」

近くの発狂者「うわぁぁぁぁあああぁぁ!?」


 恐るべき事態になってしまった。

巨大生物が俺たちのほうに視線を向けている。

それから先ほど見た恐ろしい黄色い輝きを口元に照らしていた。

終わりだ。

死ぬ。


 周囲の避難者たちも同じことを思ったのか、大きな悲鳴を上げたり、我先にと人混みを強行突破しようとする人が多くなった。

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