第15章:そして朝がやってくる

 和哉が目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。


(あれ?)


 慌てて枕元を探り、転がっていた眼鏡を拾い上げる。

 眼鏡をかけて机上のデジタル時計を見れば、時刻は午前6時半を少し回っていた。


 ゆっくりと身体を起こしてみる。痛みを感じることもなく、傷のひとつもない。

 着ているのも愛用のルームウェアであって、たけの合わない光志郎の私服などではない。

 部屋の隅にあるハンガーラックには制服がかけてあるし、その足下には鞄も転がっている。

 階下からは朝食を用意する音が聞こえてくる。もうしばらくすれば、親が「そろそろ起きなさい」と声をかけにくるだろう。


 いつもと何ら変わらない朝が、ここにある。


(夢、だったのか?)


 あの非常識的な出来事は全部、夢だったのだろうか。

 不思議な少女との邂逅かいこうも、化け物との遭遇も、親友の失踪も―――そして、自分が死にかけたことすら。


(だとしたら、恥ずかしすぎるんだけど)


 ふと思いだし、スマートフォンに手を伸ばす。

 少しだけ躊躇ためらってから、アドレス帳を呼び出した。


「まあ……そうだよな」


 思わず声が漏れる。

 ずらりと表示される名前の中に、光志郎の名前もあった。さらに言えば、通話履歴だって残っている。


(昨日のことはすべて夢。そうなるよな)


 ディスプレイを指先で弾いて、和哉はため息を漏らした。

 異能力があるだの、吸血鬼は存在するだの、そんな話が真実であるわけがない。


『和哉ってば、今になって中二病に?』


 教室で光志郎に言われた言葉がよみがえる。


 マリナと瑠璃。見目みめうるわしい少女ふたりは、和哉の妄想の産物だったのか。

 いや、そこはまだいい。

 実在の親友を、夢の中でヒーロー扱いしていた方がよっぽども問題で。


(……深く考えるのはやめよう。とにかく、支度したくしなきゃ)


 ひとりで考えていたって、何かが進展するわけでもない。

 さっさと学校に行く支度をする方が、よっぽども建設的だろう。


 和哉はベッドから降るとハンガーラックに歩み寄り、かけられている制服に手を伸ばす。


「ん?」


 アイロンのかかった、奇麗なYシャツとズボン。

 学校指定のそれらを手に取った瞬間、なんとも言えない違和感を覚えた。

 それは、ほんのわずかな違和感。もし急いでいたなら、気づかなかったであろうくらいの。


(考えすぎかな?)


 やたらリアルな夢を見たがゆえの弊害へいがいだろうか。

 そう思いながらルームウェアを脱いで、制服のズボンに足を通す。

 そうして、ようやく違和感の正体を掴んだ。


「サイズ……」


 おもに、丈が余ってしまう。

 昨日までピッタリだった制服が、突然サイズが合わなくなっている。

 ありえない。


(もしかして)


 よく見てみれば、布そのものの痛みも殆どなく、新品に近い。

 きっとこれは和哉のではなく、違う誰かの制服だ。

 では、何のためにここにある? そして、元は一体誰の物?


 ―――そんなの決まってる。

 やはり和哉の制服は破れ、血で汚れてしまっていて、使い物にならなくなったのだ。

 そして、それでは都合が悪いから、代わりの品が置かれていたのだ。


「あいつ、やりやがったな!」


 悪戯いたずらっぽく笑う親友の顔が、和哉の脳裏を過った。

 文句のひとつでも言ってやろうとスマートフォンに手を伸ばしかけたが、そこで階下から自分を呼ぶ母の声が聞こえてきた。


(くそ、直接文句を言ってやるからな!)


 和哉は急いで着替えをすませると、自分を呼ぶ母の元へと向かったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る