第12章:隠された真実
高い
それが、少女のいう「光志郎の家」だった。
和哉が通されたのは、離れにある広い客間。
室内には座卓と座布団がセッティングされ、床の間には掛け軸などが飾ってある。
畳の日焼け具合から、張られてからそれなりの歳月が経っているであろうことが推測できた。
全体的に年季は入っているものの、掃除はきちんと行き届いていた。
「離れまであるなんて、広い家だね……」
座卓を挟んで、和哉は少女と向かい合って座っている。
目の前には少女が出してくれた麦茶が置かれていた。
せっかく出してくれたのだからと、喉を湿らせる程度にいただいた後、和哉はそう口火を切る。
「元々は、光志郎のお母様の
もっとも、光志郎のご両親は亡くなって久しいから、今は後見人とふたりで暮らししてるけど」
「後見人」
その言葉を聞いた瞬間、和哉の
『同居人から押しつけられた』
『分かった上でやるから始末に負えない』
和哉の表情から何かを感じ取ったのか、少女は肩をすくめてみせる。
「一応言っておくけれど、同居は光志郎の希望。だから、変な心配はいらないわ。
それに、あなたたちが通う高校まで、ここからそんなに遠くないでしょう?
時間にルーズな光志郎には、ここで生活する方がいいのよ」
変な気は
少女の言葉からそんな思いを感じ取り、和哉は苦笑した。
「それでも、光志郎はしょっちゅう遅刻してるけどね」
―――和哉が少女と力を合わせ、光志郎をこの家まで運び込んだ後。
少女が和哉に言い渡したのは「シャワー浴びてくること」だった。
『光志郎の手当ては、慣れてる私がやっておくわ。
着替えは用意しておくから、あなたはお風呂で汚れ落としてきて。
人の家にお邪魔するんだから、汚れたままなのは良くないでしょう?』
色々思うことはあったが、そう言われては従わざるをえなかった。
和哉がシャワーを浴びて着替えを終える頃には、少女も光志郎の手当てを終えていて、「少し休憩しましょうよ」とこの部屋へと通してくれたのだ。
シャワーを浴びて着替えるうちに、
手間のかかることを押しつける形になってしまって申し訳なかったと思う半面、頭を冷やす時間をもらえたことは素直にありがたかった。
気を遣われっぱなしだが、今
彼女と違って、和哉はこのような事態は初めて遭遇するのだから……。
「ここが光志郎の家ってことは、貸してくれたこの服も……」
和哉は自分が着ている服に視線を落とす。
元々着ていた制服は、マリナのせいで、ボロボロになってしまった。
その代わりとして貸してくれたのは、和哉が着るには少しばかりサイズが大きい服だった。
「Tシャツもズボンも、光志郎のよ。
買ったばかりの物だって本人が言ってたから、心配はいらないわ」
予想通りの答えが返ってきた。
またひとつ光志郎に借りができてしまったようだ。
「やっぱりそうなのか。
そういえば、君と光志郎って、どんな関係?」
なし崩し的にここまで来てしまったが、やはりふたりの関係は気になる。
和哉の問いに、少女は目をしばたたかせた。
「……すっかり自己紹介をすませた気でいたわ、ごめんなさいね。
私は、
光志郎とは、中学生の頃からの知り合い。簡単に言えば、腐れ縁って感じかしらね?
よろしくね、藤沢和哉くん」
「高幡さん、だね。
初めましてと言うのも何か変だし……改めてよろしくお願いします、でいいかな?」
和哉がそう言うと、瑠璃は
(あれ?)
ピリッとした空気を肌で感じ取り、和哉は内心首を傾げる。
「あなたと私は同い年だから、
できれば、苗字よりは名前で呼ばれたいわね。
私としては、あなたのことを「和哉くん」って呼びたいし」
そうでないと距離を感じちゃうじゃない、などと言って少女―――瑠璃はニッコリと笑って見せた。
(気のせい、だったのか?)
さっき一瞬、彼女が悲しげな気配を滲ませた、気がした。
けれど、和哉が確証を得る前に、瑠璃は表情を変えてしまった。
自分の勘違いか、それとも、触れられたくない何かがあるのか……。
「ええと……瑠璃ちゃん、でいいかな?」
「ええ、もちろん」
さすがに、呼び捨てにはためらいがある。妥協案を提案すれば、あっさりと瑠璃は受け入れてくれた。
「さて。自己紹介も終わったところで、建設的な話をしましょ」
和哉の戸惑いを知ってか知らずか、瑠璃はさっさと話を進めていく。
「私に聞きたいことがあるなら、答えられる範囲で答えるわ。
ただ、私の言うことを……素性の知れない女の言うことを、あなたは信じられるかしら?」
瑠璃は試すかのように、和哉にそう問いかけてきた。
それらを否定できるほど、信頼できるか、と。
「信じられるよ。君には危険なところを助けてもらったんだから。
それに、光志郎の知り合いという保証もあるしね」
和哉は迷うことなく答えを口にした。
この少女も光志郎も、訳の分からない化け物から、和哉のことを守ろうとしてくれた。
命の恩人だと思えば、信用はできる。
この際、光志郎個人に対する信頼度が下がっていることに関しては、目をそらしてしまうことにした。
「ちょっとくらいは他人を疑った方がいいって言ったのは私だけど。
でも、今は信じてくれた方が話が早いから、その素直さに甘えることにするわね」
少女は機嫌が良さそうに口角を上げた。
和哉は「じゃあ、早速」と前置きをして、彼女に問いをぶつける。
「瑠璃ちゃんは、何で僕のことを知ってたの? もしかして、光志郎から聞いた?」
「ああ、それは……なんて言ったらいのかしら……」
少しだけ天井を見上げて考えたあと、瑠璃は何かを
「……そうね。光志郎があなたのこと、私に対して
あなたのことを相当気に入ったみたい。
浮かれた様子で、学校でのことを色々と」
「なんか、その、ごめん」
知り合いでもない人間の話を
悪いのは光志郎であって、和哉ではないのだが、反射的に謝ってしまっていた。
「謝らなくていいのよ。むしろ、あなたは「プライベートをバラされた」って文句を言ってもいいくらい。
ただ、そのおかげで状況を把握できて、あなたを一度守ることができた。だから、目こぼししてもらえると助かるのだけれど。
……聞きたいことは、これで終わりじゃないわよね?」
「そうだね」
どこからどうやって聞けばいいのかすら分からないが、和哉は一番の疑問を口にすることにした。
「こう聞くのが正しいのか分からないけど……。
僕の周りで、一体何が起きているの?」
日常はあっという間に崩壊し、常識も
現実のものと思えないような化け物の出現。
その化け物を追いかけ、超常的な力で倒してみせた瑠璃。
いつの間にか友人として和哉の日常に溶け込み、そして、最初からいなかったかのように突然存在を消した光志郎。
強引に距離を縮めておきながら、それでいて、和哉を殺そうとしてきたマリナ。
「そして、君たちは一体何者なの?」
自分は生まれてからずっと、平凡だが平穏な人生を歩んできた。
そう思っていた。
瑠璃を見かけた、あの夜までは。
「ちゃんした説明をすると長くなるから、飲み込むのに時間がかかると思うの。
だから、今は細かいことは省いて、要点だけを簡単に説明するわね」
和哉がその質問をすると分かっていたかのように、瑠璃は落ち着いた様子で語り始めた。
この世には、『吸血鬼』と呼ばれる化け物がいて、
人間の中には特別な力を―――異能力を持つ『ハンター』がいて、吸血鬼を滅ぼすために戦っているということ。
そして、『
「これが、この世界の真実。
説明されただけでは、信じられないかもしれない。
何しろ、「非常識といえる事象」を「常識の範囲内の事象」へと変換して、現実を修正してしまう結界が存在しているのだから」
通念結界の修正力によって、怪異が発生したという証拠は消されてしまう。
証拠がなければ、信じることは難しい。
それは分かっているけれど、と瑠璃は言う。
「でも、今のあなたなら、私が言っていることを理解できるでしょう?
何しろ、真実の一端をその身をもって味わったのだから」
「真実の一端?」
「光志郎がこの街にいた証、すべて消えてしまっていたでしょう?」
「!」
息を呑む和哉に対して、瑠璃は己の腹部をトンと叩いてみせた。
「そして、あなたはその痕跡を求めて街へ飛び出して、吸血鬼に見つかって、襲われて死にかけた。
言葉だけでは信じがたい話も、自分の身体で味わった今なら、嘘ではないと理解できるはず」
「あ……」
マリナと
あんなこと、普通の人間にできるわけがない。
「普通の力では、あのような化け物たちを倒すことはできない。
立ち向かったところで、殺されて、食われておしまいなのよ」
瑠璃がヒラリと右手を振ると、青い光の粒子が舞った。
「厄介なことに、異能力を使わなければ、吸血鬼に致命傷を与えられない。
その力を持っていて、吸血鬼を狩ると誓ったハンター。それが、私たち」
青い光は彼女の手のひらに
明るい青色の
(あの夜に見たのと同じ!)
初めて瑠璃を見た時にも、こうやってドラゴンを召喚していた。
ただし、あの時とは違い、その姿は瑠璃の手に乗るほど小さいけれど……。
「これが、私の力。
今は室内だからサイズダウンしてもらってるけど、本当はもっと大きいの」
「もしかして、僕を助けてくれた時にも?」
「そう。戦ってくれたのはこの子。
私の思いに応え、私と一緒に戦ってくれる、大切な仲間。
式神とか、使い魔とか、そんな感じだと思ってくれればいいわ」
青いドラゴンが、対面に座る和哉を見つめてくる。
濃い青色に輝く瞳は、ラピスラズリを
「
「背中なら大丈夫。一応言っておくけれど、喉元には触れちゃ駄目だからね」
和哉は手を伸ばし、そっとその背中に触れた。
ひんやりとした硬質な鱗を通し、生命の鼓動が伝わってくる。
これは幻などではない。確かにそこに存在する。
触れたことで、強く感じることができた。
「僕にとっては、君も命の恩人だね。ありがとう」
和哉がそう言うと、ドラゴンは胸と思われる部分を誇らしげに
しゃべることはないが、少なくとも
「こんな風に、ハンターは異能力を行使できるの。
召喚し続けてると消耗しちゃうから、一旦帰ってもらってもいいかしら?」
「え? ああ、うん」
和哉が首肯すると、ドラゴンは瑠璃の影に潜るような形で消えていった。
「ハンターの力って、使うと疲れるものなの?」
「簡単に言ってしまうなら、そんな感じ。
異能力は無尽蔵に使えるものじゃない。行使するには、何らかの代償を伴うもの。
とりあえず、そういう風に憶えておいて」
「つまり、エネルギーを消費すると、異能力が使える。
エネルギーは有限だから、ずっと使っていられるものじゃない……ということ?」
確認するように和哉が問いかけると、瑠璃はうなずいた。
「今日のところは、そんな感じの理解でいいわ。
こんな風に、ハンターは固有の異能力を持っているけれど。
それだけじゃなくて、ハンター全般にいえる特性っていうのが、みっつあってね。
ひとつ目は、通念結界の影響を受けず、吸血鬼とハンターの戦いを認識できること。
ふたつ目は、身体能力の向上。
このふたつに関しては、和哉くんは見たことあるから理解してるでしょうけど」
「身体能力の向上によって、瑠璃ちゃんは屋根から屋根へと身軽に飛び移ることができた。
通念結界の影響を受けないから、僕は化け物退治を目撃してしまった。
そういうことだよね?
まあ、あの戦いが誰にでも認識できるなら、もっと騒ぎになってるはずだもんね……」
初めて瑠璃を見かけた時のことを思い出し、和哉は少しだけ苦笑してみせた。
「そう。
そしてみっつ目が、外傷に対する驚異的な回復力なの」
多少の怪我ならば丸一日安静にしていれば治ってしまうのだと、瑠璃は付け加えた。
「軽い怪我なら、おとなしく休んでいればすぐに治るわ。
ただし、ハンターの異能力や特性は、決して万能じゃない。
過信しては駄目。それだけは憶えておいてね」
「……驚異的な回復力、か」
和哉は服の上から自分の腹部をそっとなでた。一度は割かれたのに、傷はおろか、痛みすら完璧に消え去ったそこを。
「じゃあ、僕が怪我しても一瞬で治ったのも、その特性のおかげ?」
「いえ、あなたのそれは異常。
致命傷ともいえる怪我を一瞬で無傷の状態にまで戻すなんて、見たことも聞いたこともないわ」
瑠璃は厳しい顔をする。一瞬で治るなら、光志郎はあんなになってるわけがない、と。
「断言はできないけれど、ハンターの特性というよりは、あなた固有の異能力なんじゃないかしらね」
「一瞬で怪我が治っちゃうのが?」
「そう。あなたは、怪我を瞬時に治す力を持っているんじゃないかしら」
「でも、今まではそんなことなかったよ?
病気だって怪我だって、むしろ人よりも治るのに時間かかるくらいで……」
こんなことは初めてだ、と和哉はつぶやく。
「僕は、どこにでもいるような、ごくごく普通の一般人だ……った、よ。
少なくとも、あの夜、君を見かけるまでは」
「推測でしかないけれど、今までは異能力が
でも、生命の危機に陥ったことが
そうすれば、危機から脱出できるから」
「火事場の馬鹿力、か」
「そんな感じ。
私は生まれつき異能力を使えたから、後天的に異能力を獲得する感覚は分からないの。
だから、他人の経験談を踏まえた上で、推測することしかできない。ごめんなさいね」
申し訳なさそうな顔をする瑠璃に対して、和哉は「推論で充分だよ」と応じた。
(僕には状況を打破できる力があったのに、制限をかけて使えなくしてたってこと?)
何故、異能力が封じ込められていたのだろう。
そんなものなければ、こんな面倒なことになっていなかったのでは?
和哉の思いが顔に出ていたのか、瑠璃は困ったように眉を下げた。
「封印されてた方がいいこともあるのよ。言ったでしょ? ハンターは、吸血鬼を狩る力を持っているって」
瑠璃は真っ直ぐに和哉を見据える。
「吸血鬼側だってバカじゃない。
―――戦いの最中に、心に傷を負うことがある。当然、命を落とすことだってある。
できることならば、世界の真実なんて知らずに、関わらずに生きていた方がいいのよ」
これをバラしたら本人に怒られるかもしれないけれど、と断りを入れてから瑠璃は語る。
「実際、光志郎だって殺されかけた。
昨日の夜、吸血鬼に胸をザックリと斬られてね」
「あの血は……」
「そう、その傷からの出血」
和哉は自分の手のひらに視線を落とした。
ぬるく
光志郎の命がこぼれていくかのようなあの感覚は、そう簡単に忘れられそうにない。
「何とか一命を取り留めたけど、
そのくらい重傷だったから、ハンターの特性をもってしても、完治までにはそれなりの
「……」
「ハンターってのはね、完全無欠の
変わった力が使えて、ちょっと丈夫ではあるけど、根幹は生身の人間でしかないのよ。
常識なんて通用しない化け物を相手にする以上、なぶり殺される可能性だってある。
化け物に殺されれば、通念結界の修正力によって「生きていた証」すら消されてしまう可能性だってある。
それらすべてを分かった上で、それでも
いつの日か、自分は化け物に惨たらしく殺され、存在した証すら消されてしまうかもしれない。
それを承知の上で、
そして実際、化け物に命を狙われ、存在ごと消されそうになっていた。
親友のつもりでいながら、自分は光志郎のことなど何も分かっていなかった。
その事実に、和哉はただ呆然とすることしかできない。
「ただ、まあ、私たちが所属する組織……ハンターの互助会みたいなものだって、鬼じゃないわ。
光志郎は完治するまで休んでなさいって指示が来てたの。
ほら、光志郎が戦線を外れても、私という戦力は残ってるわけだしね」
手負いのハンターをわざわざ動かすまでもない。
瑠璃という無傷のハンターがいるのだから、
あるいは、別のハンターを新たに派遣すればいい。
誰もがそう考えるだろう。
「でも、優等生のあなたが、らしくもなく学校を飛び出した。
しかも、あなたには秘密裏に監視をつけてたのに、それすら自然とまいてしまった。
……その話を聞いた光志郎は、指示を無視して、私の制止も聞かないで、飛び出しちゃったのよ。
どこにいけば和哉くんに会えるのか、それすら分からないのにね」
瑠璃は呆れたようにため息をついてみせる。
「無茶してあちこち走り回ったせいで、塞がりかけた傷口がまた開いちゃってこの有様。
まったく、情けないったらありゃしないわ」
和哉が「化け物を見た」ことを、光志郎は和哉本人から聞いている。
その上、和哉が一度襲撃を受けたことも知っている。
すべてを理解している光志郎は、和哉が置かれた状況がどれほど危険なのか、正確に把握したのだろう。
そうして、居てもたってもいられなくなって、飛び出したのだろう。
「僕のせい、だ」
原因が何であれ、和哉は浅はかな行動を取った。
光志郎はその尻拭いをしようとして、無茶をしてしまい、結果として怪我を悪化させてしまった。
その事実が、和哉に重くのしかかる。
「あなたが自分を責める必要はないわ。
和哉くんは何も知らされていなかった。だから、しょうがないこと」
「でも!」
「たしかに、和哉くんの行動は私たちの想定外だった。
でも、責任の所在を問うなら、私や光志郎が負うべきよ。
あなたが学校よりも
だって、あの時点では、主導的に動いていたのは私たちであり、あなたは巻き込まれただけの一般人だったのだから」
瑠璃は穏やかな口調でそう話す。しかし、内容そのものは、和哉に対して一線を引いたものだった。
「詳細は省くけど、この街に潜む吸血鬼を探し出すために、私と光志郎は派遣されたの。
ターゲットを
作戦通りにはいかなかったけれど、それなりにあるケースだった、と瑠璃は前置きをした。
「問題は、その後。光志郎が負けて、吸血鬼を取り逃がしてしまったこと。
遭遇した時にちゃんと仕留めていれば、和哉くんが死にそうな目に遭うこともなかったのだから」
「でも!」
「失敗したのは、私と光志郎。和哉くんは、巻き込まれただけの被害者。
そこを間違えては駄目。
優しさはあなたの美徳かもしれないけれど、他人が
瑠璃は「当人のためにもならないのよ」と和哉をたしなめる。
「巻き込んでしまってごめんなさい。
責任を持って、あなたのことは日常へ帰してみせるわ。
だから、それで容赦して欲しいの。
ずいぶんと都合の良いことを言っているという自覚はあるけど、今の私には、それくらいしかできないから」
「……」
何も言えずに暗い顔になる和哉に対して、瑠璃は
「まあ、私との話はこれくらいにしましょ。
光志郎にも、聞きたいこと、言いたいこと、あるんでしょ?」
「そう、だね」
和哉が
「光志郎を休ませている部屋に案内するわ。着いてきて」
「……あのさ、瑠璃ちゃん」
腰を上げながら、和哉は遠慮がちに瑠璃に話しかける。
「もうひとつだけ、聞いておきたいことがあるんだけど」
「何?」
「光志郎と瑠璃ちゃんが追っている吸血鬼って、マリナのことだよね?
あ、マリナっていうのは、さっき、光志郎が追い払ってくれた女の子のことで」
和哉が問いかけると、瑠璃は「なぜそんなことを聞くのか」と言いたげに眉をひそめた。
「もしかして、あの女吸血鬼のことが気になる?」
「……」
和哉は思わず黙り込んでしまったが、否定しない時点で肯定したも同然で。
瑠璃は困惑したように眉根を寄せつつも、それでも説明してくれた。
「あの女は、気まぐれで、高飛車で、残酷な吸血鬼。
欲しいものは力尽くで奪い取るし、自分を狙ってきた者は一切の慈悲なく返り討ちにする。
本人が表に出てくることはまれで、事件を裏で操ってることがほとんど。
定住もしてないみたいで、足取りも掴めず、界隈では伝説みたいな扱いになってたけど……」
瑠璃の言葉を聞いた瞬間、和哉の脳裏にマリナの言葉が浮かんだ。
『あたし、事情があって、あちこち転々としてるの。
だから、友達を作る時間なんか取れなかった』
あれは和哉の良心につけ込むための
「私たちのターゲットは別にいたけれど、それはもう排除されたわ。
ただ、代わりと言わんばかりに、表舞台に出てこないはずの彼女が出てきちゃって、たまたま光志郎と出くわして。
その後は、まあ、ご存じの通り」
瑠璃はそう言って、肩をすくめた。これ以上は説明のしようがないと言わんばかりに。
「組織からは「相手が悪すぎる。お前たちは手を引け。こちらが対応する」って言われちゃってるけど。
でも、あなたのことは身体を張ってでも守るから、心配しなくていいわ」
「つまるところ、光志郎はマリナに殺されかけたってことだよね?」
確認するように、和哉は問いかける。
「そうよ」
「そうか。光志郎をあんな目に遭わせたのは、マリナか」
和哉は目を伏せ、感情が抜け落ちたかのような声で
「よく分かったよ」
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