第7章:カフェで君と(1)

 マリナが和哉を連行、もとい、連れてやってきたのは、和哉も通い慣れているショッピングモールだった。

 モール中にあるカフェが、彼女のお目当ての店だったらしい。


「わぁ……!」


 マリナがワクワクした様子で眺めているのは、テーブルに置かれたドリンク。

 白いホイップクリームがこれでもかと乗せられ、ふんだんに旬の果実が使われた、見るからに甘そうなフラッペだ。


「コレよ、コレ! これを飲んでみたかったの!」


「そうか」


「色が鮮やかで、ホイップたっぷりで……見た目は可愛いけど、カロリーはまったく可愛げのないドリンク! 素敵だわ!」


「そう、よかったね」


 テーブルを挟んで向かいに座った和哉は、頬杖を突いてその様子を見ていた。


 和哉自身がオーダーしたのは、シンプルなホットコーヒー。

 そこに深い意味はなく、店内の冷房が効いていて温かい物が欲しくなったから、だ。


「念のためにもう一度聞いておくけど、あたしのおごりでなくていいの?

 今からケーキとか追加注文したっていいのよ?」


「しつこい。友達同士なんだから、おごりはナシだよ」


 光志郎の「スマートな駆け引きなんて苦手だろう」という指摘が、和哉の脳内をよぎる。

 親友だと豪語するだけあって、光志郎の和哉に対する評価はおおむね正しい。

 スマートな駆け引きとはほど遠い展開が、現在進行形で繰り広げられているわけだが、今は気にしないでおくことにした。

 やたらにおごりたがるマリナをせいし、割り勘にもっていけただけでも、努力を認めて欲しいというものだ。


「こんな美少女に誘われても喜ばないし、おごりと言われても渋い顔するし、あなたって本当に変わり者よね」


「僕は変わり者なんかじゃない。

 ゲームやアニメが好きなだけの、どこにでもいるような、ごくごく普通の一般人だよ」


 ただ、ここ数日はから逸脱しかけている気がする。

 ここ数日の間にどんな目に遭ってきたのかを思い出せば、あんたんたる思いになる。


「年齢はいくつ? この前、学生服着てたから、学生よね? どこの学校通ってるの? どこに住んでる? 休日は何してる?」


「高校2年生だよ。学校は、海の近くの……」


 お見合いかと突っ込みたくなるような質問の嵐。

 和哉は適度に答えて、適度にはぐらかした。


 マリナと会ったのはまだ二度目。さすがに、すべて正直に答えるほどの義理はない。

 ただ、和哉の回答が半分くらいは曖昧なものであっても、マリナは気にした素振そぶりはなかった。


「そういう君は、いくつなんだ。僕と同い年くらい?」


「秘密。女に年齢を聞くなんて野暮よ」


 問いを返してみると、何故かマリナは回答を拒否した。

 見た目から推測するならば、和哉とさほど変わらぬ年だろうに……。


「……じゃあ、学校は?」


「行ってないわね」


「勉強はどうしてるの?」


「必要なことは、家庭教師が教えてくれるわ」


 もしかして、この子の家、凄い金持ちなのでは?

 一瞬そんな考えがよぎったが、和哉は深く追求しないことにした。


(いやいや、そんなまさかね)


 資産家の令嬢ならば、ゲームセンターの景品のぬいぐるみに、あそこまで執着を示さないだろう。多分。きっと。


 そんなことを思う和哉の向かいで、とうのマリナはドリンクにストローを突っ込んでグルグルとかき回している。


「飲む前から崩しちゃうなんて……。

 せっかく奇麗きれいな層になってたのに」


「奇麗なモノを見てると、とりあえず壊してみたくならない?」


「そんなこと思わないよ。奇麗なら、奇麗なままでればいいじゃん」


 和哉が若干じゃっかん引き気味に答えると、マリナは不満そうに唇をとがらせた。


「そうかしら? そういうものなのかしら?」


「そういうものだよ」


「傷ついても、壊れてしまっても、その姿さえも美しいもの。

 そういうものを、見てみたくない? 欲しくない?」


「奇麗なものだけが、求められるもの……ってわけでもないだろう?

 それに、繊細だから守りたくなるものや、不確かで目に見えないからこそ大切にしたくなるものだってあるよ」


 コーヒーの黒い液面に視線を落とし、和哉は言葉を重ねていく。


「そもそも論だけど、自分から見て価値がなかろうと、他人にとっては価値あるものだってある。

 簡単に壊そうとするのは、良くないんじゃないかな……?」


 強引に話題を打ち切り、和哉はコーヒーを口にする。


 幼さからくる「無邪気な残酷さ」というやつなら、理解できなくもない。共感は一切できないが。

 しかし、目の前にいるこの少女は、和哉とさほど年は変わらなさそうで。


(ちょっと変わった子、なのかなぁ)


 マリナが今までこんな態度で生きてきたのならば、あまり友人が作って来れなかったという彼女自身の言葉も信憑性が出てくる。

 見た目だけなら可愛さがあるというのに、本当に残念な性格をしている。


「ふぅん……」


 何か思うところがあったのか、マリナは神妙な面持ちで和哉のことをジッと見つめた。


「カズヤって面白いわね」


「……今の流れに、面白い要素なんてあった?」


「あったわよ。充分にね」


 マリナはストローをくわえてドリンクを飲み始めた。


「うん、甘くて美味しい!

 来て良かった。やっぱり、経験に勝るものはないわね」


「そう。それは良かったね」


 先ほどまでの話など忘れたかのように、マリナはドリンクひとつで幼子のように目を輝かせている。

 どれほど箱入りに育てれば、こんな風になるのだろうか。


「あ」


「どうかした?」


 ご機嫌な様子でドリンクを飲んでいたマリナが、ふいに立ち上がった。

 そして、首を傾げる和哉の耳元に、すっと口を寄せてくる。


「野暮なこと聞かないで。お手洗いに決まってるでしょ。

 ―――先に帰ったら許さないからね?」


「一番近いのは…………ああ、そっち回りだと遠いのに……」


 和哉が場所を説明するよりも早く、マリナは店を出て行ってしまった。


(まあ、いいか。子供じゃないんだし、分かるだろう)


 赤いワンピースが遠ざかるのを見ながら、和哉はコーヒーの残りに口をつけたのであった。

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