Episode:6 『全てを斬り裂く存在』

「なぁ――聞きたいことがある。いいか? 


 私は聞いた。


 男にではない。男の所有物である私と同じ異形の存在……、いいや、『タタリビト』の女、ラフィーリゼルに向けて。


 私の言葉を聞いた男はぎょっとした顔をしていたが、それはラフィーリゼルも同じようで、生気のない顔ではあったが、それでも感情までは殺していないようだ。驚きの顔をしながら私のことを振り向き、右目の横目で見つめている。


 黒く、光を失った目で私を見つめているラフィーリゼル。そんな彼女を見ながら私は聞く。ぎゃーぎゃー騒ぐ男のことなど無視して、と言うか、彼の言葉など後でじっくりと聞く算段だからな。今聞いても意味はないだろう。


 そう思いつつ私はラフィーリゼルに聞いた。どことなく警戒をしているような彼女のことを見つつ、私はユカと話すよぅな姿勢で私は少し前のめりになり、鎖の音を聴覚で聞きながら私は言う。


「そんなにかしこまらなくてもいい。私はただお前のことを聞きたいだけだ。今まで私と同種……、つまりは同じ『タタリビト』に出会わなかったからな、少し話がしたいんだ」

「………………………」

「それに――これから同じ物になるんだ。仲良くするための第一歩と思って聞きたいんだ」

「………………………」


 我ながらなんと嘘っぽい言葉だ。そんなこと心では一ミリも思っていない。逆にあんなことをした分際で。と思っているのだが、これから行うことを思えば、彼女の協力は、多分になる。


 男を使おうにも、きっとこの男は使えない。だからこそ彼女を連れてここまで来たんだ。その予測を信じよう。


 私はそう思いつつ、男の騒ぐ声を無視しながら彼女のことを見て最も聞きたいことを彼女に向けて口にする。


「君は私と同じ『タタリビト』なのか?」

「おい答えるなラフィーリゼル! 俺の命令なしに答えるなっ! 答えたら」

「………………………、そうよ」

「おいラフィーリゼルッ!」


 私の質問に対し、男は答えるなとしつけるように言うが、その言葉を否定するように答えたのは――今の今まで無言だったラフィーリゼルだった。その容姿にぴったりの美しい音色で、彼女は答える。


 ラフィーリゼルの言葉に対して一番驚きを見せていたのは所有者でもある男で、彼は驚きながら彼女の名を叫び、彼女のことを掴んでいる手で叩こうとしたのを見た私は、すぐに男の名を呼び、彼の行動を止める。


 ………………………本当なら、こんなことしたくない。


 こんな男の名を呼ぶことも、男の行動を止めていい人ぶるのも、正直反吐が出る。


 だがこれからのことを考えたら、こいつは死なれてはいけないんだ。死なせてはいけないんだ。


 今はこの感情を押し殺すしかない。これからのことを優先にして……。


「エドウィンダと言ったな。私のことを所有物にしたいんだろう? ならこれからのことを考えれば今のうちに名を聞いて親睦を深めるのもいいじゃないか」

「ぬ。いや……、だがこいつは」

「私はいずれ――お前の物になるんだろう。ならば彼女のことを知らないままと言うのは不安なところがある。もしかすると共闘する可能性もあるんだ。少しは彼女のことを知りたい」

「う、ぐぅ……、ぎぃ……だが」

「少しだけ聞きたいんだ。いいだろう?」

「………………………ちっ! いいだろう……! まぁどうせ俺の物になるし、それにこれで俺が初めての複数の『祟人』の契約者になるんだ。邪魔者もいないからどうぞお好きに!」

 

 私の言葉に対して最初こそ反論を述べていた男も、何度も何度も私の言葉に対して唸るような声を上げていく。こいつからしてみればどうやら私の言葉を交渉と見なしたのだろう。私自身はそんなこと一切思っていない。


 だがこの思い違いのお陰で男は一人で自己完結をし、そして彼女との会話を許可したのだ。男は私がこいつの所有物になることを確信し、余裕の笑みを浮かべながら彼女から離れていく。ちゃんと『どうぞごゆっくり』などとぬかして――


 最後に聞こえた「俺ってばなんて心が広いんだ!」なんて言葉が聞こえたが、そんな言葉に対し心の中で反吐を吐き捨てると、私は未だに振り向いたままでいる彼女に視線を向け、一人目障りな傍観者がいる中で会話を始めた。


 おそらくと言う希望を抱いた会話を――情報を知識として吸収するために。


「お前の名前はラフィーリゼルなのだな?」

「ええ」

「それはあの男――お前の契約者がつけた名前なのか? それともお前自身の名前なのか?」

「この名前は、エドウィンダさまが付けてくれたの。元々は『全てを斬り裂く存在』って通り名だった」

「全てを……。と言うことは、どんなものでも斬れるということだな」

「そんな感じ。だから私は自分で封印を壊した。いろんな奴らを斬った」

「……殺したのか?」

「殺したわ。大体五桁」

「五桁……、すごい数だな……」

「大体だから正確じゃない。でも、そのくらい殺したと思うわ」


 私のことを――化け物と言って罵り、そして汚い言葉を幾度となく浴びせて、いろんな苦しいことに耐えてきたから。


 そうラフィーリゼルは言った。先ほどの生気のない目に相まって、その目の奥に隠れている憎しみを靄のように醸し出しながら……。


 だが、私自身もそのような言い回しをされた時がある。その時こそ恨みを抱いたが、年月を重ねるごとにその気持ちも薄れてきていたが……、彼女はそうではなかったらしい。


 言いたくないが、どうやら彼女はまだ精神的にも若い分類なのだろう。私はきっと、老人のように余裕を兼ね備えてしまったのか……、それとも老人になるにつれて諦めてしまったのだろうな。


 彼女の言葉を聞いた私は内心己の老いに関して少し衝撃を受けたが、そんなことなど彼女には関係ない。と言うか、彼女の恨みがそれ相応なのも無理はないだろう。


 彼女は美しい。私から見ても美しいのは分かる。両手が剣でなければ普通の美しい女性。淑女と言っても過言ではないほどの顔立ちなのだ。だが、その美しさを持っているからこそ、彼女は色んな苦しみを生きている間に味わったのだろう。


 そんなこと、想像もしたくない。


 私はそう思うと同時に、彼女が一体どんな道を歩んできたのかをなんとなくだが想像した後、私は彼女のことを見て続けて質問をする。


 まだ――核心の質問をしていないからな。


「そんなに殺したにも関わらず、なぜ君はその男の所有物になったんだ? 君ならばそんな男、あっという間に『』にできると思うんだが」

「っ!」

「………………………」


 私の言葉に、今まで傍観の立場でいた男がなぜかびくついた声を上げた。顔中から脂汗と言うものを流し、肌の色を白くさせながら強張りを見せる彼のことを視覚の横で見た私は、あぁと思ってしまった。


 まぁ簡単な話――こいつはこいつのことしか考えていない存在だと言うことだけ言っておこう。


 己の保身さえよければいい人間と言うことだな。


 なんとも醜い奴のことを視界の端で見た後、私は彼女の言葉に耳を傾ける。私がした質問の返答を、しっかりと聞くために――


「……確かに、そうすることができたかもしれない。でも、この……っ。主の屋敷に入って、運悪く捕まった結果こうなった。聞いたでしょ? 『烙縛印らくばくいん』と特殊な魔法で連結された指輪が私のことを束縛している。反抗なんてすれば全身を抉る様な激痛が襲うようになっているから、できない。呪縛から解放できる時こそ――主の死か私達の死。それだけよ」

「おい束縛とはどういうことだ! 俺はお前のことを飼っているんだぞっ! 有難く思えっ! お前のような存在父上の知り合いに頼めば即消滅なんだからなっ! 言葉を選べ斬ることしかできない能無しめっ! あとおぞまし事を言うな! 俺が死ぬなんてありえないからな! お前が先に死ぬんだからなっ!」

「………………………」


 彼女との会話に勝手に入り込んできた奴は、苛立ちを私にではなく、己の所有物でもある彼女に向けて怒鳴り声を上げる男。本当に黙ると言うことができないのか? この男は……。


 そんなことを頭の片隅で思いつつ、彼に対する感情が増幅している状態の中、舌打ちを零しそうになったがそれをぐっとこらえる私。そんな私とは対照的に、ラフィーリゼルはすでに諦めたような顔をしながら私のことを横目で見て――


「あなたも私と同じになるのよ。体のどこかに『烙縛印らくばくいん』を押され、今の封印の状態から完全なる自由が無くなる。一生人間の飼い犬となって、長い長い一生を過ごす。そして兵器として扱われる」


 と言い、彼女は続けて私のことを見ながら言う。


「結局、私は斬ることしかできない『全てを斬り裂く存在』で、あなたは『死を呼ぶ存在』。名前もない。自分と言う証明がその名しかない。幼い時の記憶と言うものがあれば、その時の記憶があれば、もしかすると考えが変わっていたかもしれない」

「記憶……、そうか。お前も」

「ない。昔のことだからもう忘れたのかも知れない。もしかすると思い出したくないから記憶の奥底に沈んでいるのかもしれない。紙でできた落し蓋をされているような思い出そうにも思い出せないような……、そんなもどかしさを感じた。でも、その努力もいつの間にかやめていた。考えることも、拒むことも、嫌なことも、全部全部放棄していた」

「……その気持ちは分かる。私も最初は思い出そうとしたが、君の言う通り思い出せそうなのに思い出せないもどかしさを感じていたよ。そこは同じなんだな。他に関しては、あまり共感できないな。すまんが……」

「同じであろうとも、同じ未来を行くかもしれないのに――随分余裕なんだな」


 くるりと体を回し、私にその正面を見せ、生気のない両目を……、一瞬、本当に一瞬だけ歪んだその顔を見せる。歪みから察するに――私の言葉を聞いて癇に障ったのだろう。その感情はあることに対して私は――あぁ、本当に何もかも、感情を失ったわけではないんだなと思いながら彼女のことを見ると、彼女は私のことを見て、生気がない目で問い詰めてきた。


「私の背を見ただろう? この印をつけられた瞬間私達『祟人』は永遠の奴隷になる。自由なんてなくなる。昔は私達側が人間を支配していたような状況だったが、それも逆になり、こんな状態に逆転してしまっている。それがお前にも降りかかるのに、なんでそんなに余裕なんだ?」

「………………………、いや、よく考えた結果だよ。色々と聞けて嬉しかった」

「?」


 ラフィーリゼルは私の返答に首を傾げたが、私はある程度彼女の言葉を聞き、頭の整理がついた。


 有益な情報をもらうと同時に、私はラフィーリゼルに向けて視線を。男に向けて冷たい視線を向けた私は、二人のことを交互に見るようにしながら、私は思ったことを口にした。


「確かに、お前はこの男の所有物になった。私もこのままだと晴れて所有物になってしまうだろう。そこはしっかりと予想できる。と言うか、本人がそうしたいみたいだからな、嫌でもわかる」

「………………………」

「そ、そうだ! お前は俺の所有物になり、そして国のために戦う兵器になるんだっ! 無駄な足掻きはやめて潔く」

「ああ、私は潔く降伏しよう。しかしその前に――やってほしいことがある」

「「?」」

 

 私の言葉を聞いたラフィーリゼルは無言で私のことを見つめていたが、そんな私達の会話にまた入り込んできたのはあの男……、もしかすると、これから自分がどんな目に遭うのかわからないのに、なぜか自信ありげに私に向けて降伏を要求してくる。


 正直な話……、お前の所有物になりたくはない。反吐が出てしまいそうだ。その場で舌を噛みたい気持ちだ。って、私の顔に舌と言うものがあるのか? 今まで何も食べていない。水も飲んでいないが、しっかりと生きている……。普通は、死ぬはずなのにな……。


 今更ながらそんなことを思いながら、私の体の神秘を垣間見たけれど、今はそんなことをしている暇なんてない。今は――この状況を変えることが最優先だ。


 だから私は言ったんだ。


 この状況を変えるのに一番必要な存在に向けて――


「ラフィーリゼル。君は『全てを斬り裂く存在』で、自分のことを縛っていた物も斬り裂いたんだろう? ならば私のこの鎖を斬ってくれ」

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