Episode:5 『祟人』

 昔々――この国がまだ『ダルガルダ王国』ではなく、『ラドゥーズゥ帝国』であった時のお話。


 その時代から一万年前、国の上空に突如として現れたいくつもの穴が開いた。


 最初こそ何が起きたのだろうと思っていたのだが、これが悪夢の始まりであり、国の滅亡寸前の始まりだった。


 上空に開いたいくつもの穴から這い出てきたどろどろの黒い存在は地上に落ちると同時に人を襲い、屠り、暴れ、人々を恐怖のどん底に突き落とした。


 平和だったラドゥーズゥ帝国を恐怖に陥れた輩のことを、人は『存在』と呼び、国は戦い倒そうとしたが、現実は甘くなかった。


 ラドゥーズゥ帝国は見たことがない力を見せつけ、そして攻撃をしてくる『存在』の討伐に苦戦を強いられ、帝国はどんどんと疲弊し、人類、他種族達の人口がどんどん減っていく反面――その『存在』は己の力を使っては人を襲い、暴れ、『存在』達の領土を拡大して国を苦しめてきた。


『存在』達がなぜ国の者達を襲うのか。なぜ領土を乗っ取り、国を壊そうとしているのかわからない。


 そもそもなぜ『存在』達がこの国に来たのかもわからない。


 何の理解もできないまま、国の者や他種族達はどんどんと追い詰められ、しまいには国の領土はラドゥーズゥ帝国だけになり、他の領土は『存在』達の根城と化してしまった。


 兵力も戦力も大きく落ちてしまった国は、とうとう『存在』達に対して屈服をしてしまおうかと思った時、一人の人間が『存在』達の前に立ったのだ。


 その人間は勇敢にも異常な力を持つ『存在』達に剣を振るい、魔法を駆使し、たった一人の人間は『存在』達をたった一ヶ月で倒し、国に平和を捧げたのでした。


 当時のラドゥーズゥ帝国の帝王はその人間に対し巨万の富と称号、そして使命を与え、『存在』達の討伐、そして特に強い力を持つ『存在』達に対して永遠に国に対して犯行をしないように封印を施す旅に赴き、約三年後――『存在』達の残党も駆逐され、特に強い力を秘めた『存在』達は研究対象として、そして後に来るであろう戦争の道具として使うために封印された。


 帝国が国に変わるまでの間――『存在』達の研究と封印は今でも行われている。


 因果応報のように封印された『存在』達は、後に名を『祟人タタリビト』と変えられ、現在もダルガルダ王国のどこかに封印され――


 国を救った英雄は――として、『異国の救世主』として語り継がれることになる。



 ●     ●



「――これが、『祟人タタリビト』の歴史と言うことだ」

「………………………」


 男――エドウィンダの話を聞き終えた私は、私と言う存在が一体何なのかを大まかに知り、彼の言葉から出た言葉を聞いて、ユカがなぜこの国に来たのかを、なんとなく理解した。


 これは、私の憶測であるが、それでもこれならば辻褄が合うと思ったからこそ、真実はきっと違うかもしれないが、なんとなく私は理解した。ユカがこの国に来た理由を――


 私のことに関しては大まかに理解したからそれはそれで良しとして、はこの男に聞くことにしよう。


 それよりも、ユカがこの世界に来た理由を理解した瞬間、私は申し訳なく思ってしまった。エドウィンダという男の声を無視して、耳に入れていない状態で、私はユカに心から謝りたかった。その気持ちが顔に出ているのか、顔を覆う煤が、黒い靄がいびつに形を変え、そして戸惑いを示すような動きをする。


 まるで軟体動物のような蠢きをしている私の靄。しかし――私は申し訳なく思ったとしても、もう怒ってしまったことを変えることは出来ない。この世界で彼女を殺したのは……、私の所為なんだ。


 彼女をこの世界に誘ったのは――私の所為。


 私達と言う存在――『タタリビト』の所為なんだと。





 私と言う存在が、私が、彼女を間接的に殺してしまったのだと……。





 エドウィンダの言うことが正しければ、私達のような異形の存在がこの世界を滅ぼそうとした時、『イセカイ』という世界から来た英雄が私達『タタリビト』を討伐した。


 そしてその英雄は私のような強い『タタリビト』を後の戦争の道具にするために封印し、そして他の『タタリビト』を駆逐した。


 なぜ『イセカイ』から来た英雄がこの世界に来たのか。それはこの世界を何とかしてほしいとその時代の大魔導士が召喚魔法か転移魔法を使った結果なのだろう。はたまたはユカと同じように偶然の産物がこのような未来を生んだのかもしれないが、それは私には分からない。


 当事者なのか、それとも忘れてしまっているのかわからない。


 ……それも、もう過去の話だ。変えることなど時空系魔法がなければできない話だ。


 だが、その結果、この世界ではきっと色んな危険が、被害が出ている。


 私みたいに封印されてしまった『タタリビト』がそのまま私のように静かにじっとしているわけがない。多分私みたいな存在は稀だろう。ユカがそう言っていたのだからな。


 私みたいな輩ではない奴らが他の国で色んなことをしでかし、そのことで他国の輩達は昔話を踏襲して『イセカイ』の物をこの世界に呼ぼうとした。


 これが私が考えた真実で、ユカもその渦に呑み込まれてしまった。呑み込まれた結果――私に出会い、そして、死んだ。


「………………つまり、『タタリビト』はこの世界において悪……、と言うことなのだな?」

「お! やっと喋ったか」

「なら――お前がここに来た理由は、私を殺すため、なのか?」

「………………………」


 私は脳内で静かに、ひどく冷静に分析した後、目の前にいるエドウィンダのことを見上げ、冷静な音色で状況を理解したような言葉で言う。


 自分でも驚いているが、顔中を覆う黒い靄がいつものようにムラなどなく揺れ、心も穏やかな波が規則的に立てている。だが、唯一変化があったとすれば――そんな冷静な感情と比例するかのように、私の身体中を駆け巡っていた黒いそれが、本当の真っ黒のそれになると同時に冷たくなる感覚が出始め、いつの間にか杭から血が出なくなったような、そんな気がする。


 なんででなくなったんだ? 死ぬのか? 私は、そんなことを思っていたが、どうやらそうでもないらしい。私の真の像の音は記憶的に音を鳴らして揺れているのだからな。


 そんなことを頭の片隅で思いつつ、今まであったに対する感情を成長させながら私は聞いたのだ。


 その言葉を聞いたエドウィンダは最初の言葉を呆れながら言い、その状態で私のことを見降ろしながら――


「いいや――そんなことをしてしまえば俺の国の兵力が大幅に減ってしまう。そんなことはしない」


 と、私の言葉に対して――『殺すのか』と言う言葉に対して否定の言葉で返した。


「なに?」


 私はエドウィンダの言葉に呆けた声を出してしまう。


 まさに自分が思っていたことが外れてしまったかのような感情と、それでは一体何が目的でこんなところに来たんだという双方の感情がミックスされる。


 そんな私のことを見下ろしていたエドウィンダは狡猾に笑みを浮かべ、そして背後で仁王立ちのままになっているラフィーリゼルのことを振り向いた後、彼は言う。


 この場所に来た本当の理由を――



「俺はお前をここに来たんだ」



「所有物……だと?」

「そうだ! 俺の物になると言うこと! そこにいるラフィーリゼルと同じように、契約をするために! 国の兵器として戦ってもらうためになぁ!」


 エドウィンダの言葉を聞いた私は、一瞬驚きを体現したかのようにゆらりと靄が蠢くが、そんな私のことを見ていないのか、彼は私の近くで両手を広げ、今日は珍しく晴天となった空に向けて顔を上げたまま、エドウィンダは言った。


 高らかに、まさに堂々とした騎士の鑑のように、彼は続けて言う。


「昔はお前達のことを恐れていた俺達人類だったが、近年研究の成果をもとに、俺達はお前達を兵器として扱う技術を生んだ! 今まで脅威として扱われた『祟人タタリビト』を今度は己が兵器として扱えるように、国の力として使うために!」

「兵器……、国の、力……」

「そうさ! その力を御するために俺達はお前達を縛る印――『烙縛印らくばくいん』を開発した結果、俺はラフィーリゼルを所有することができた!」

 

 そう言い、エドウィンダはずかずかと私から離れ、花達を再度踏み荒らすという行為をしながら背後にいるラフィーリゼルに近付くと、徐に彼女の肩を掴んだ後、勢いをつけながらラフィーリゼルのことをぐるりと社交ダンスとは程遠い乱暴な回しをする。


 エドウィンダの行動に対して嫌悪を出すこともなく、生気のないまま彼女はされるがままとなり、そのまま後ろを向いた瞬間、私は声を零した。


 彼女の背中はそのような服装なのか、その背には衣服などなく、背には大きな印がべっとりと、火傷のようにつけられていた。大きく――三日月の賭けたところに煌いている印が大きく、重なる様に記されているその紋章が。


 その印を見た瞬間――あぁ、これがあの男が言っていた『烙縛印らくばくいん』なのかと私は理解する光景を見て、エドウィンダは何か勘違いしたのか、私が怯えていると思ったのだろう。汚い笑いを上げながら彼は私に向けて言った。


 右手を徐に突き出し、その右手の人差し指に嵌められている真っ赤な宝石が付けられ、その宝石にも同じ印が彫られている指輪を見せながら奴は言う。


「『烙縛印らくばくいん』をつけられた『祟人タタリビト』は永遠の命を持って所有者である人間を守り、そして戦い抜く。まさに今まで暴れ回っていた輩を守るという屈辱! この指輪は『烙縛印らくばくいん』と特殊な魔法で連結されていて、この指輪がある限り、ラフィーリゼルは俺の物! 反抗も何もできない! 反抗なんてすれば全身を抉る様な激痛が襲うようになっているから、俺はこいつを思うが儘に使うことができる! 今まで人間のことを見下してきた輩が今度は人間に見下され、奴隷のように扱われる! これぞ最高の復讐、そして手っ取り早く最高の兵器を手に入れることができると言うことだ! さっき女がお前のことをどうにかしようとしていたのを見た時は正直焦ったが、まぁ手を打っって正解だったな! 先に取られてしまったら我が国の兵力が半減してしまうからなぁ!」


「………………………」


 エドウィンダの言葉を聞き、そして生気のないラフィーリゼルのことを見て、私は分かってしまった。


 エドウィンダが言っていた指輪と『烙縛印らくばくいん』は、二つで一つの道具であり、それをつけられた『祟人タタリビト』は自由を奪われ、相手の言いなりになってしまう。


 まさに――これは奴隷のような仕打ちだな。


 だからラフィーリゼルは生気のない目で、生きる気力を失ったかのようになっていたんだ。


 奴隷になってしまったのならば、死んだ方がまし。何をされたかはわからないが、あのドレスに付着している赤い色どりも然りだが、きっとそれ以外のこともされているに違いない。


 私達は見た目からして異形と言われているが、彼女からしてみれば両手以外は人間と同じ体だ。そして反旗を翻すこともできないのだ。言われるがままにすることしかできない。


 もはや生き地獄だ。


 そんな状態で、こいつは……。


「………………………」


 私は思った。今もなお汚らしい笑いを上げている男のことを見て、生気などなくなってしまっているラフィーリゼルのことを見て、そして……、花達の上で永遠の眠りについてしまったのだろう……、肌色のそれが色を失ってしまった彼女のことを見つめ、私は――


 ――決意を、固めた。


 これが本当の最善なのかはわからない。これで誰もが不幸になってしまうかもしれない。最悪――私はこの世界の悪になってしまうかもしれない。


 だが、それでもいい。


 私は、この男――エドウィンダに対してやりたいことがあるんだ。お前が犯した過ちが何度も何度も私の頭の中を行き来している所為で、どうにも冷静な判断が下せないが、それでも私は冷静だった。


 ひどく、冷たくなってしまった黒い血が私の身体中を駆け巡っているおかげなのかもしれない。


 こんな言葉はおかしいかもしれないが、本当に冷たく感じてしまうんだ。まるで――今まで流れていた血ではないのかと思えてしまうほど、私の血は今もなお冷たく、そして、反比例して今までせき止めていたそれが、決壊しそうになった瞬間――私は聞いた。


「なぁ――聞きたいことがある。いいか?」





 





 私は聞いた。男にではなく――ラフィーリゼルに向けて。

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