Episode:4 自己中貴族
最初、ユカと言う存在を見た時、私は知識欲を優先にして彼女から色んなことを聞こうと思った。
今の今まで縛られた状態だったんだ。色んなことを聞きたい。彼女しか知らないことを知りたいという私の知識欲が先走った結果――私は彼女と会話することに賛成した。
まぁ何百年以上も前から縛られ、そしてこんな状態なんだ。知りたいという欲求が人よりある私にとってすれば、ユカと言う存在はまさに新しい文明人のような興奮があった。
ユカと話をするにつれて、彼女が本当にこの世界の者ではない――『イセカイ』と言うところから来たことを知る中で、ユカは私のことを『好き』と言い、そして悪い人ではないと断言をするなど、常人では考えられない様な事を言い出した後、彼女は己の生い立ちの一部を話し、この世界で再スタートをしようと言って話を切り上げようとした。
そんな姿を見た私は、そんな彼女の過去を聞いた私は思ったんだ。
出世、生い立ち、そして現在に至るまで彼女と私は違う。人生を歩んできたその道のりが違う。生き様も何もかもが違うが、私とユカは似ていた。共に、独りぼっちだった。
どんな人生を歩んだからと言って、それぞれ歩んできた道のりは違う。似ているような道を歩んだとしても、小さなところを比較すればそんなもの違って見えてしまう。それと同じで細かいところは似ていないかもしれないが、それでも大まかなところを見れば同じだった。
だが、そんな生い立ちを歩み、まだ二十年も生きていないのに死んでしまい、この世界に『テンセイ』した彼女は、一人でなんとか生きていこうとした。
私と出会ったことを喜び、感謝し、そして……、友として彼女は言い、見てくれた。
ユカの言葉を聞いた瞬間――私の心の中に変化……、いいや、とある感情が芽生えると同時に、彼女が別れを告げようとしたその光景を見て聞いた瞬間思ったんだ。
我ながら、こんな幼稚なことを思うこと自体おかしい。私はこう見えても何百年以上も生きている。正確な年月は分からないが、それでも何百年もの間生きていることは間違いない。そんな私は、彼女のことを見て、そして別れを告げて一人で行こうとする彼女のことを見て、こんな感情が芽生えたんだ。
一人にしないで。
子供のような言葉が脳という器官がある場所を駆け巡り、顔中を覆う黒い煤が困惑を表すように蠢き、揺らいだ瞬間、私はユカにこの世界の厳しさを教え、そして言ったんだ。無意識ではない。これは、私の本心が先だった結果――
「なら――この世界のことをよく知っている案内人が必要だろう。勿論すぐに。私が言いたいこと――分かるよな?」
こんな言葉が零れた。
だが、悔いはない。その感情が最初に出て、続けて私はユカに向けて告げると、ユカは驚きの顔をしながら私のことを見ていた。
その顔から本当に一人で何とかなると思っていたのか? と思ってしまう様な顔で、今となっては理解できない顔だった。第二の人生を謳歌するためなのかもしれないが、丸腰でこんな世界を生きていくことは自殺を行うような行為。何か策があるのかと思ってしまったが、正直彼女にそんなものを持っているようには見えない。
それを口実にするのも少し嫌だったが、それでも私は思ったんだ。
彼女と一緒に旅をしたい。変わったこの世界を――心で思ったことを口にし、そしてユカの言葉を聞いて共に行こうとした矢先……。
ユカの頭だったそれが、花達の上を転がり、辺りに赤い――彼女の生命のそれだったものが花達の花弁にいくつも付着した。
ユカを、ユカだったそれになった瞬間に――だ。
● ●
「………………………え?」
私は零す。無意識に、脳と言う器官があるそれが一瞬にしてブラックアウトしたかのような感覚と、思考が、知識が一瞬にしてなくなったかのような感覚と同時に、私は零した。
今まで思考を巡らせていたのに、今となっては真っ白な世界が私のことを支配し、考えることも、叫ぶことも魔法によって阻害されているかのような感覚。
と言うか、考えを放棄してしまう様な魔法をかけられているような感覚だ。
……いいや、魔法にかけられているだなんて、私がそれを考えたくないからこんなことを思っているだけ。現実から目を背けたいだけなんだ。
目を背けなければ、この状況を伝えることができる。
ユカが――私の目の前で、刎ねられた。
――何者かの手によって。
「ユカ……? おい……、ユカ……、どうしたんだ? おいユカ……」
思考は正常に理解している。然しそれでも理解したくないのか、私は目の前に広がるユカの頭、赤い模様、そして、今まさに花達に向かって仰向けに倒れてきたユカの体を見つめながら……、私はユカだったそれに向けて声を掛ける。
前に向かって進もうとした時、『じゃらり』と鎖が私の行動を妨害し、杭から零れる黒い液体が更に辺りを汚していく。でも、そんなこと考えることができなかった。どころか、今私の視界には――ユカしか映っていなかった。
頭だけになった――体だけになってしまった……、ユカだった存在に。
返事など、絶対に返ってこないのに、それでも私はユカに向けて言葉を投げかけ、杭が、鎖が私のことを妨害し、傷つけていることもお構いなしに、彼女に近付こうと立ち膝のまま近付こうとする。
そのくらい……、私の思考は崩壊しかけていた。
そのくらい……、私はユカの喪失に衝撃を、絶望を感じていた。
何度も何度もユカの名を呼ぶほど、私はユカの喪失を否定していた。花達を踏むなと言っていたのに、自分で踏んでしまうほど、私はユカに近付こうとした。
瞬間……。
「ほほぉー! こいつが叔父上様が言っていた『死を呼ぶ存在』か!」
「――!?」
突然私の耳に入ってきた聞きなれない声。男の声だ。
その声を聞いた瞬間私ははっと声を零し、そして声がした方角――ユカの背後の森からガザガザと荒い足音を立てながら進んでくる何かが、品のない言葉を上げながらこちらに近付いて来ていた。
草木をかき分けながら近づいて来るその人物の人影。その数は一つ……、ではない。二つだ。長身の人物と少し背が小さい影の二つ。長身の人物に至っては影が大きく揺らいでいる。その光景を見た私は頭の片隅で、女なのか……? と思っていたが、そんなことよりも私はユカのことが心配で頭の中がいっぱいだった。
こんな異形の姿なのに、思考は人間のように考えながら……。
すると、銛の中を歩いていたその人物は、この場所の境目を担っていた草木を乱雑にかき分け、そのまま前に乗り出しながら二人組の人物は現れる。
「ほほぉ! 叔父上様の言う通りのおどろおどろしい輩だ。まさに『死を呼ぶ存在』と言う名にふさわしい異形の姿だ。なぁラフィーリゼル」
そう言って花達のことをダンっ! と乱暴に、力強く踏み潰しながら現れたその男は、金髪の長髪を後頭部で一つに縛ったままその髪を靡かせるように振り乱し、右胸に彫られた紋章が身に入る真新しい白い鎧を身に纏い、腰に携えている金色の剣の柄を私に見せつけるように腰を回す少し背が小さい男。いいや、この場合は己が身に着けているものを見せつけるように言う吊り上がった目が印象的な男だ。よくよく見ると――そばかすが目立つ。
そんな彼の背後にいたのは同じように白い鎧を身に纏っていたが、その鎧にはいくつもの切り傷がついており、白のロングドレスに真っ赤な鮮血の痕が純白を汚している灰色のふわりとした長髪が印象的な真っ白い肌と朱色の目をした長身の女性。どことなく感情と言うものが乏しく、生気が感じられない印象があったが、それよりも目立つ何かがあり、私はそれを見てまさか……。と言葉を失ってしまった。一瞬だけだったが、それでも十分すぎるほどの衝撃だった。
まず――その女性の両手は、両手ではなく、手が剣になっているような状態。
手がある場所に剣が生えているような、まさに異常な光景。
そんな状態でその女性は歩み、そして男の言葉に対してただ頷くだけだった。生気がないその目で、虚ろに――だ。
普通の人では考えられないような姿の女性。そしてその女性に対して命令をするように、物のように言う男の姿がそこにあり、その姿を見た瞬間、私は失いかけた言葉をもう一度脳内で蘇らせ、蘇った言葉を懸命に組み立てた後、私は驚きから己を奮い立たせて言う。
まさか……、と思う思考を残し、そしてユカのことを忘れないように、あの笑顔を……、忘れないように、私は言った。
「お前は……、私と同じ、異形なのか……っ!?」
私は言った。両手に剣を生やした女性に向けて言葉をかけたが、その言葉に対して反応をしたのは――
「あぁん? イギョォ? なーにを言っているんだお前は」
何故か女性に声を掛けたはずなのに、なぜかその女性の前にいた男が声を上げ、そして前に出していた足とは反対の足を上げ、そのまま大きく歩むように前に向けて動かすと、男は再度花達に向けてその足を勢いよく下ろす。
ぐしゃりっ!
花達の命が事切れる音が聴覚を震わせたと同時に、私の聴覚に目の前の男の声が入り込む。
心の中で、花達を潰された怒りと、他の感情を秘めている私に向けて――男は胸を張り、そして私に向けて指を指しながら……。
「そんな古臭い名で俺の所有物『ラフィーリゼル』に話しかけるな。下賤な『
と言い、私に更なる疑問と言う爆弾を投げ渡してきた。
その言葉を聞いた私は、驚きよりも困惑なのか、それとも理解できないというものなのかわからない。もしかするとその三つが混ざってしまった結果なのかわからないが、それでも私は男の言葉を聞いて黒い靄をゆらりと揺らす。
男の口から零れた――タタリビトと言う言葉を。
「た、たたり……びと?」
私は脳内に残った言葉を口で呟くと、私の言葉を聞いていたのか男は「んん?」と、私の顔を……、と言っても、黒い煤みたいなものの所為で感情などわからないかもしれない。それでも男は私の煤まみれの顔を見て、そして下劣ににやりと笑みを浮かべた後……。
男は――大笑いをした。
腹を抱え、そしてその場所で笑いを紛らわすために地団駄をしながら、男は笑う。笑い続ける。
地団駄をすればするほど、彼の足元にいた花達が踏み潰され、そして潰されると同時にひしゃげてしまった花弁が中途半端に宙を舞い、地面に向かって力なく落ちていく。
その光景を見ていた私は花達がどんどん潰されて行く悍ましいそれに対し、汚らしく大声で笑う男に対し、暴発しそうな怒りがどんどん込み上げてきた。
ユカに対して私は『踏むな』と言ったが、その言葉にユカはちゃんと従い、花達越しに私と話をしてくれた。が、この男はそんなこともせず、堂々と花達を潰し、殺している……。
それが私の怒りを膨張させているなど、男は知らないだろう。
しかし、それの他に彼は大きな過ちを犯したんだ。これ以上のことをしてしまえば、私はきっと……。
そう思っていた時だった。
「はーっ! はーっ! ひぃー! ま、まさか『
「………………………」
男は言う。私のことを見ながら涙目で『タタリビト』と言う言葉を連呼する。そして男はこんなことも言っていた。
彼の背後で佇んでいる女性――ラフィーリゼルも私と同じだと。
私と同じ存在の女性ラフィーリゼル。そして『タタリビト』と言う聞いたことがない言葉。私がこの場所で縛られている間に、一体何が起きているんだ? 一体なぜこんなことになっているんだ?
ユカのことと言い、この男たちのことと言い、何がどうなっている?
私は正直男の言葉を聞いて困惑してしまっていた。いつもなら頭の整理がついていることなのかもしれないが、生憎今はそんなに冷静ではない。どころか冷静など忘れて……、いいや、冷静になること自体出来なかった。
ユカの姿が、男の登場が、私と同じ存在の女に『タタリビト』と言う言葉が、私の冷静さをかき乱しているようで、頭の整理がついて行かない。置いてけぼりになっているような孤独感が私を襲い、そんな私のことを見ていた男は今まで笑っていたのか、目元に溜まった涙を乱暴に鎧の腕で拭い、荒い呼吸を繰り返しながら男は私のことを見て言葉を零した。
この男は、一体何のためにここに来たのか、もうわからなくなるような余裕の笑みで……。
「お前……ラフィーリゼルと同じ『
「? 昔……、牛耳ろうとした? 一体何を言っているんだ、お前は……」
とうとうと言うのか、私は男が言っている言葉に対して理解ができないという顔をしているのだろう。顔に感情が出てしまうと言う言葉が正しいように、私も男の言葉を聞いて驚きを隠せなかった。
なにせ――ここ何百年以上もの間そんな己のことを考えるなんてことはなかった。
自分の出自のことを考えること自体、なかった。
縛られたときのことは覚えている。だがそれ以前のことはあまり覚えていない。縛られていた期間が長すぎる所為か、私が一体何者なのかと言うことを考えることなどなかった。
知識に対しては貪欲なのに、自分のことに対しては無頓着とは――なんとも滑稽だ。
そんなことを思っていると男は私のことを見て、ずかずかと花達のことを踏み潰しながら歩み寄り、辺りに潮潮になった花弁をまき散らしながら男は私に向けて言う。
生気も感じられない女とは違い、男は堂々とした面持ちで、私のことなど怖くないと言わんばかりのそれで私のことを見降ろした後、彼は私の近くで言ったのだ。
「そうだ。お前達はこの国を――『元・ラドゥーズゥ帝国』を支配しようとした悪なんだ。それも覚えていないのか? 俺達の父上の先祖や叔父上様の先祖が行ったんだがな? それも覚えていないと言われてしまったら、笑えない冗談になるな。この下賤な異種族め。せっかくここまで来て、貴様も俺の所有物にしようとしたのに、骨折り損のくたびれ儲けだ」
「………………………どういうことなんだ。何も、覚えていない……、なぜそんなことに……」
私は男の言葉から零れる言葉に男は呆れの溜息しか出なかった。
なんとも滑稽だが、それと同時に覚えていないこと自体にびっくりだ。そう言わんばかりの顔で言う男に、私は怒りはまだ残っているが、それよりも優先された感情――混乱と衝撃が私の心を、思考を支配し、脳の機能を強制的に制御してしまっていた。
本当ならここで行うことがあったはずなのに、それができない。いいや、させてもらえない。
ただ私はその男のことを見上げることしかできないまま、ユカの頭を視界の額の端に入れながら、私は次の言葉を放とうとした――その時、男は「まぁいい。凡人以下の『
胸を張り、この状況を動かしているのは自分であることを示すように、男は胸に――鎧に彫られている印……、紋章を見せながら彼は自慢げに鼻をふかしながら言った。
「それにお前は俺の所有物になるんだ。これを機に覚えておけ。ダルガルダ王国の西部隣国『ワプルシェロ国』の王子にしていずれこの世界を統べる王となる、選ばれた人間――エドウィンダ・ワプルシェロの所有物になるのだからな」
そう言うと男――エドウィンダと言う男は私のことを見降ろしながら言う。
彼の言うとおりなのか……、彼は私のことを人を見るような目ではなく、物を見降ろすような目で見た後、エドウィンダは語り出した。
私が知らない……、いいや、何百年もの間生きているのだから、知っていることが当たり前なことを……昔話を。
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