Episode:3 転生女子高生の過去

「本当はこんなことを初対面のあなたに話すことじゃない。それは分かっている。でもね……、今後私はあなたみたいに親しげに話す相手を作る自信がないし、きっとこの先私は一人で行動をすると思うの。こんな風にフレンドリーに見えて、一人が好きな性格だからさ……」

「一人が……、好きなのか?」

「うん。まぁ高校に入ると同時に一人暮らしをするくらい――私一人が好きなんだ。一人で好きなイラストや創作小説を書くことが大好きな陰キャで、そんな陰キャの私に対して親は何の期待どころか愛情も注いでくれなかった。注いだのは――優秀な姉。もう私は……、空気と言うよりも存在そのものを消されたかのような存在に近かったのかもしれない」

「存在を……」

「考えられないでしょ? ってか、私独り言って言っているのに結局質問返しているっ。独り言じゃないよこれっ」


 ふふっと笑い、ユカは私に視線を落とすように見上げていたその体制を戻し、そして私のことを見つめる。視界と言う名の額に入った彼女は、先ほどまで写っていた美しさを残している。花弁が舞い落ちているおかげなのか、先程よりは美しさは半減していたが、その分大きくなったものがあった。


 視界の額に入る――彼女の影の笑顔。


 笑顔で隠されていたのか、彼女の笑顔に曇りと言うものが一瞬顔に出ると、彼女はその曇りのまま笑顔を向ける。


 へらりと……、今まで笑顔ができていないような、不完全な笑顔。


 その顔を見た瞬間、私は心の奥から何かを感じた。


 なんだろうか……、こんな笑顔を見るために私はお前の話を聞いているのではない。そんな言葉を出したいのに出せないような、もどかしさを感じてしまう。


 今の今までこんなことなかった。今の今まで人々に感じてきたのは――ただの憤りと理解ができないという拒絶しかなかった。最初こそ恨みもあったが、今はそんなことを考えずとももう死んでいるのだ。恨むことは諦めたが……、彼女と出会ってから私は――おかしい。


 なぜ、ユカのあの顔を見た瞬間ざわついたのか……。なぜ私は……、今の今までこうならなかったのに、こんなにもユカに感情移入しているのか、理解できなかった。


 ついさっき出会ったばかりで、知識欲の足しになればと思って話をしていたのに、なぜ……?


 そんなことを思っていると、ユカは私のことを見ながら言う。先ほどとは違う笑顔ではなく、悲しさと言うものが体現されたかのような笑顔で、彼女は言った。


「私ね、正直な話この世界に来て、って――嬉しかったんだ。私、ずっと思っていたの。自分の居場所がない世界で人生を全うしたくないって。自分のことをずっと見てくれない。私を存在のない人にして、都合のいい時だけ存在する人にしては怒鳴って、そして見下す奴らが本当に嫌だった。それだけだったら私も我慢できた。我慢できたんだけど、親も世の中で言うところのモンスターでさ。毒親って言った方がいいのかな? 毎日毎日怒鳴り合っては怒っているのに『怒っていない』とか逆切れして、どっちかが出て行くとかぬかして毎日毎日喧嘩三昧。そのことを知らない優秀な姉も姉でそんな親の機嫌を見て生活している。完全なる猫かぶりね。そんな仮面家族なのに、都合の悪い時だけ私を視認して、『お前のせいで不幸になった』とか言って罵るような世界に、正直居たくなかった。本当にあの世界から抜け出したかった」


 ………………………あぁ。


「都合の悪い時だけ私を見て、そして罵っている世界から抜け出したくて、一秒でも早く死にたかった」


 あぁ。そうか。


「でもそんな勇気こそなかった。自分で終わらせるなんてこともできたかもしれないけれどさ……、一生の命を棒に振るうなんて言う勇気、私にはなかった。だから我慢を選択して、一人暮らしをして、そんで事故に遭ってこんなことになった」


 そうなのか。


 なんとなくだが、理解できた気がする。


「でも、後悔なんてしていない。逆に私はラッキーと思っている。私のことを罵る様な世界からおさらばできて、そしてあなたのような優しい人に出会えた。んだけど……、多分私これから親しげにすることは早々できない。だって一人の方が好きだもの。人と話すことが何か……、怖くてね。でも今はそんなことない。だって苦しかったらあなたとの思い出を思い出していけば頑張れそうだし、それに何かしらの魔法が使えればここまでひとっ飛びできるもん。寂しいなんて言う感情がないなんて言ったらうそになるけれど……、それでも私は頑張ろうと思う。第二の人生だし、今までだって一人でなんとかできたし、それに……」



 貴方みたいな優しい人といっぱい話せた。それだけでもうお腹いっぱい! 十分すぎるほどの幸福な思い出だよっ。ありがとう! 『死を呼ぶ存在』さん。



 そう言ってユカは困ったように、少しだけ悲しそうな顔をして笑みを浮かべる。己の頬を指で掻き、照れの動作をしながら言う彼女のことを見ながら、私は思った。


 思い至った――の方がいいのかもしれないな。


 彼女とは先ほどあったばかりで、そんなに知らない。しかしなぜなのか興味があった。暇潰しと言う面もでもない。知識欲よりも興味が大きくなっていた。だから私はユカと話をした。


 警戒心が薄れていく中で……。


 本来なら警戒心を剥き出しにしながら話すのが常識なのかもしれない。


 だが長年この場所に人が来なかったせいか、彼女が別の世界と言うところから来たという知識欲が大きくなってしまったのか、私は安易な行動をしてしまった。


 したおかげで――理解できた。


 私がユカと言う存在に対して、なぜ警戒と言うそれを剥き出しにせず、そして安易な判断をして、彼女と話をしようと思ったのか。


 それは――本能。


 私の中の本能がきっと感じていたのかもしれない。




 ――




 それを感じたから、私は話をしたいと思ってしまったのだ。


 笑える話だ。変な話だ。滑稽物語だ。


 直感で似ていると思ったから話をしようと思ったなど、この場所に人がいれば大笑いされ『変な奴だ』と笑われただろう。


 だが……私はそうとは思わない。


 私は人間達に『死を呼ぶ存在』と勝手に恐れられ、勝手にこの場所に縛られた。強制的な縛りを強いられた。最初こそ恨んでいた感情も、年を重ねるごとに諦め、そしてこの状況を受け入れてしまっていた。


 恨んでも仕方がないと――そう思いながら。


 ユカは自分と同じ種族の者達に虐げられ、生みの親にも虐げられて育ち、一時は身を滅ぼすことも考えたが、そのような勇気はなく、我慢をしながら生きてきた。が――それも虚しく散って今ここにいる。


 そのことを考えると、私とユカは少し似ているのかもしれない。


 更に言うと、私は独りぼっち。ユカもこの世界に転生をしてきた身で、独りぼっちだ。


 そしてこれから彼女は、ずっと一人で頑張ろうとしている。




 共に――独りぼっちなんだ。




「………………………ユカ」

「なに?」


 私はユカに聞いた。唐突に、なぜか無意識のうちに声が零れ、その声を聞いたユカは首を傾げながら私に視線を向ける。首を傾げ、どうしたんだと言わんばかりの顔をして聞く彼女のことを見て、私は内心――なぜ声を上げたのだろうか。彼女の意志を否定したくないのに、なぜか私はその言葉を聞いて、一言言いたい気持ちに駆られてしまった。


 一人で頑張るという彼女の言葉に対して、それではだめだと言いたい気持ちになりながら……。


「この先の道を、一人で頑張ると言うのか? 魔法も剣術も何も習得していない身で、金もない身でありながら、一人で頑張ろうと堂々と言うのか? 一人で戦えるのか? 一人で金を稼ぐことができるのか?」

「え? ………………………あ、あぁ………………………」

「考えていなかったんだな。そうなると一人で生きていくのはかなり酷なことだ。この世界は弱肉強食。弱者であるお前がこの世界を歩こうとなると、すぐに餌食になってしまうぞ」

「お、おぅ……っ。そうなんだ……。異世界舐めていた……っ。こんなにもシビアだとは……」

「まぁ。このくらい普通だが――それでも、一人と言うものは辛い。私もそれを体験している身だ。一人でずっといることは、辛い事だ」

「!」

 

 驚いて私のことを見ているユカのことを見つつ、私自身が体験したことも話しながら、私はユカに対し、面と向かうように私は言った。


 現在のユカのことを見て心配であることも然りだが、私自身、このままユカと別れることは少々寂しいところもあった。


 こんな私に対して気さくに話しかけてくるのは――ユカだけだ。他は私のことを怖がり、恐怖し、そして奇異な目で見る。普通はそんな目で見るのだろう。だがユカだけは違う。


 彼女は私のことを――一人の人間として見ているのだ。


 人として見られたのは初めてで、今の今まで異常な目で見られてきたことが嘘のような温かさを感じたのも事実だ。


 はたから見れば、私もユカも変わっているのかもしれない。いいや、変わっているだろう。


 こんな姿の私のことを優しい人として見て、そして私のことを好きと言い、元々居た世界を地獄のように感じていたユカも、そんなユカに対して執着と言う感情を、いいや、執着と言う冷たいものではなく、温かいものを抱いている私も――異常だ。


 一人でいたせいなのか、それとも私とユカの精神が異常になってしまったせいなのか、私達の想っていることはきっと常軌を逸している。


 逸しているからこそ――私はユカに向けて言ったんだ。


 彼女とこれでお別れをしたくない。もっと話をしたい。もっと一緒にいたい。こんな私のことを優しいと言ってくれた君と永遠にさよならしたくない。絵に描かれたような笑顔をもっと見たい。


 一人にしないでほしい――そんな唐突に込み上げてきた感情を優先にして私は言った。


 困惑するユカに向けて、私は言い放つ。


「なら――この世界のことをよく知っているが必要だろう。勿論すぐに。私が言いたいこと――分かるよな?」


 その言葉を言った瞬間、私は一体何を言っているのだろう。こんな状態で立つこともできないというのに。と頭の片隅で思っていたが、不思議と後悔はなかった。どころか後悔をすることを拒んでいるような、心の温かさを感じた。


 対極の感情に驚きながらも私は提案を向けた本人に向けて視線を向け、彼女の返答を待つ。心なしか、突き刺さっている杭から出る出血量が多い気がする。こんなこと今までなかったので突然の変化に内心戸惑いもあったが、当のユカは私のことを見て一瞬……、いいや一時は凍ってしまったかのように固まっていたが、すぐに私の言葉を理解して――そして言葉を零した。


「それって……、もしかして……、でもあなたこの場所が好きなんでしょ? 私のためにこんなことを言うって、どういうこと?」

「気が変わっただけだ。君との会話をして、そして自分はこのままでいいのかと思ってしまっただけの結果だ」

「要は?」

「このままでいるのも飽きた。この世界は私が知っている世界とは大きく違っている。そう思うと知識欲がそそるというもの。知りたいからついでについて行くかと言うことだな」


 不安そうに聞いてきたユカのことを見ながら、私は己のことをなんと滑稽で意地悪な存在だと思ってしまった。


 自分で言うのもなんだが、普通に『君と一緒に旅をして世界を見たいと思った』と言えば簡単な話だ。


 しかしそれを拒んだのは私の本心。


 まったく、なぜ正直に言わないんだと思っていると、ユカは私の言葉を聞いてなんとなくなのか、それとも完全に理解したのか……、私のことを見てからおよそ一秒後――


 ぱぁっと、満開の花のように咲き乱れる笑顔を私に向けてきた。


 日に照らされ、ようやく開花となったかのようなその満面で、体の奥底がどんどん温かくなるような、そんな笑顔を――


 その笑顔を向けると同時に、ユカは私に向けて、私と彼女の境界線を作っている花達越しに手を伸ばし、そして私に向けて満開の微笑みを向けると、ユカは笑顔の音色で――聞いても分かるような嬉しい音色でこう言ったのだ。


「なら、その言葉――喜んで汲み取るよ。これから名前を考えるとして……、きっと役に立たないかもしれないけれど、よろしくね」


 これで、この世界に来て初めての友達ができた。


 そう喜びながら話す彼女の言葉、笑顔を見て、聞いた私は……、なんとなくだが体からくすぐったいような感覚が迸った。


 いつまでも感じていたいが、この感情に浸っていると、なんだか自分までおかしくなりそうな……、そんな感覚……。


 悪くないが、私の身が危なくなる様な、温かくくすぐったい何か。


 それを感じた私だったが、すぐに平静を装いつつ、彼女のことを見て頷きを示そうとした。


 瞬間だった。


 私の視界と言う名の額に――数滴の赤いそれが入り、そして白や灰色、黒の花達に新たな色の点を残すと同時に、花達を踏み潰すように……。


『ごとんっ』


 と――が落ち、転がった。

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