Episode:2 転生女子高生、対談
それから少しの間、私は突然現れ、私と言う存在を恐れることなく、むしろ普通の人間として接するように身に着けているものや手にしているものを陽気に、隠すこともせずに話してきた不思議な女――ユカ。
ユカはこの国――『ダルガルダ王国』出身でもなければ旅人でもない存在であり、彼女はこの国ではない国『ニホン』と言う国の者らしく、そのニホンで彼女は『コウツウジコ』と言うものに巻き込まれて死んでしまったのだが、なぜかこの森の近くで目を覚ましたらしい。
ユカ曰く、『ジコ』の原因は自分の不注意であり、あの時『あるきすまほ』と言うことをしたせいでこうなってしまった。自業自得だと言っていたが、私は彼女の苦tからどんどん出てくる、文献にもない言葉に対して驚きや新鮮な感覚、そして……、彼女しか見たことがない世界に少しずつ触れていくにつれて、私はユカと言う存在の話に耳を傾けていた。
長い間一人でいたせいなのか。久方振りの話し相手だからなのだろうか……、私は傾けずにいられなかったのだろう。自分でも驚きだ。
そんなことを思いながら私はユカの話を聞きつつ、私が疑問を抱いたことを純白の花達越しに、遠くにいる彼女に向けながら聞いた。
心なしか……、胸の奥が温かくなるような気持ちを抱きながら……。
「なるほど、お前のことは大体わかった。つまりお前は『ジコ』と言うものに見舞われ、死んでしまいこの世界に転生してきた。と言うことでいいんだな。」
「うん――そうだよ。よくラノベで見る様な展開は全然なくて、神様にも出会えなかったし目が覚めたらこんなところに放り出されていた時の感想は『また死なせようとしているのか』って、正直神様を恨んだ」
「そうか。お前も大変だな。だがそれと同時に面白いことも聞けたのも事実。お前が身に着けている『ぶれざー』なる物や『せいふく』と言う正装。貴様が持っている鉄の板――『すまーとほん』と言うものが一体どんなものなのかも聞けたおかげで、知識が増えた。感謝する」
「感謝されるようなことはしていないよ。だってこの世界に来ても、制服は動きづらいし電話や検索もできない。スマホもこうなったらただのお荷物だし、正直得するようなことができたのかわからないけど、あなたってかなり知識欲ありまくりなんだね」
「知識欲とは大袈裟だな。私は何百年も生きているんだ。いやでも知識と言うものは見についてしまうんだ」
「そんなところに縛られているくせに?」
「ああ。だが縛られていない時からかなりの年月を過ごしてきたからな。その分の知識かもしれないな。今がどうなって、どんな風に生活が変わっているのかまでは全然だ」
「ははーん。と言うことはあなたは今日本の昔話に出てくる何々太郎のような状態なんだ」
「なんなんだ? その……たろうというものは……」
「こっちの話だよ。気にしないで。それにしてもあなたって何度も何度も何百年以上とか言っているけれど、何年生きているの?」
「分からないな。何年生きているのかも数えたくないほど私は生きている。だがこれだけは断言できるぞ。お前よりは長生きだ」
「分かっているし。と言うか私は享年十七で、まだ二十歳と言う成人を迎えていないんだから、そんな嫌味やめてほしい。初対面なのに」
「ははは。そうだな、初対面に対して私は失礼なことを言ってしまったな。まるで童心に戻ったかのような感覚だ」
最初こそ穏やかに話しを進めていたのだが、最後の私の言葉が癇に障ったのか……、子供のように唇を尖らせながら言うユカ。私はユカの顔を見つつ、話を聞いた後、何百年ぶりになるのかわからないが、それでも懐かしい談笑を行い、静かに笑みを零す。
こんなこと、今まで一度も体験したことがない。
話をしていくにつれて、少しずつだが、私の空っぽになってしまった何かに何かが満たされて行くような……、器に水が注がれていき、それがどんどんと満杯になっていくような感覚を味わっていく。そんな私を見てか、女は私のことを見て、膝を抱える様な座り方をした後――器用に頬杖を突きながらユカはニコリと微笑み……。
「楽しそうだね」
と、私の心を読んでいたかのような物言いで、私に向けてその言葉を突き刺すように言ってきた。
まるで――一本取ったりと言わんばかりの顔だ。
ユカのその顔を見て、そして言葉を聞いた私は一瞬驚きの顔で彼女のことを見てしまった。眼の無い私の視界に写り込むのは彼女の勝ち誇った笑み。先程のお返しと言わんばかりの顔だ。
ユカの勝ち誇った……、いいや、感情豊かで、すぐに感情が顔に出てしまい、且つ17歳らしい子供らしさを見ながら、私はふっと鼻で笑うと、ユカに向けて言う。
冷静な、普段通りの音色で――正直な気持ちを乗せて。
「ああ、楽しいさ。久しぶりなのか……、初めてなのかわからないが、楽しいよ。今の今までこんな風に人と面と向かって話すことはなかったからな」
「そうなの?」
「ああ、『ダルガルダ王国』の者達は私のことを『死を呼ぶ存在』と言われているからな。誰も寄り付かなかった。まぁ厳密に言うと、最後に話したのはこの場所に縛られた時に抗議をしたくらいだ。それ以外は何も話すことなどなかったな」
「そうなんだ。案外すんなりと声出ているし、声出さないと声が出ないって聞いていたから独り言とか喋っているのかと思っていた」
「お前は私のことをどんな目で見ているんだ……?」
「ん?」
言葉の一部にどことなく無自覚な悪意が混ざっているような言葉を聞いた私は、率直な意見としてユカに聞いてみた。
……、普通なら、こんな短い間に打ち解け合うことなどないだろう。最初こそ警戒をして、そして終始警戒のまま終わるのが普通だろう。それも話などしないで。
だが警戒などないまま話をし、そして穏やかな空気が私達のことを包んでいるのは……、きっと……。
「だって――あなた見た目がそんな感じで、一見して見れば私がよく見る魔王の幹部的な人相だから」
「!」
突然、ユカの声が私に聴覚を揺さぶってきた。
いいや、私自身が床に対して質問をしたのだ。そのくらいの返答は返すだろうが、それを聞いていたにもかかわらず、考え事をしていた私も私だ。この驚きはないな。
私は内心ユカに対して聞いていなかったことを詫びながらユカの言葉に対して首を傾げながら「そうなのか?」と聞く。首を傾げると、私のことを縛る鎖が『じゃらり』と音を立て、動くと同時に突き刺さる杭から私の黒い液体が零れていく。
零れ、そして足元に花達を穢していく。
その光景を、私の血で汚れていく花達のことを見ながら心の中で悪態をついてしまう。
何度目になるのかわからないようなことだが、それでも私の血と言う汚いもので純白のものが汚れるのはやはり快く思えない。
どころか――嫌悪感だ。
黒い血を養分として吸ってしまい花弁が黒く染まってしまったのに、それに加えて私の血で更に黒く染まる。純白が台無しだ。
そんなことを思っていると、私の嫌悪感が顔に出ていたのか、それともずっと私のことを見て、何かを察したのか、ユカは頬杖を突きながら私のことを見て――
「――でも、あなたは魔王幹部には向いていない。絶対に」
と、先程の言葉に対して付け加えるようにして断言のようなはっきりとした音色で言ってきた。
はっきりと、私のことを見て言う彼女の言葉に、私は先ほどまであった嫌悪感は…………、完全には拭い去れないが、それでも驚きが勝っているような気持ちを抱き、そしてユカが言う言葉に対して何故そう思うのかと言う疑念を抱きながら私は聞くことにした。
何故そう思っているのかを――率直に、そのままの言葉で言って。
するとユカはその言葉を聞いた瞬間、「だって」と言いながら抱えていた足を崩し、地面に座り込むと、ユカは己の近くで咲いている――まだ私の血が行き届いていないのだろう……、白い花に指先で優しく触れながら、彼女ははっきりと言って来た。
「さっき私がそっちに行こうとした時、『花を踏むな』って怒鳴ったから。向いていないよ。魔王幹部とか、そう言った悪役人外は」
「あ、悪役……。じん、がい……? なんだその言葉」
ユカははっきりと言ったのだ。私のことを見ないで白い花に触れて微笑みながら、悪人には向いていないと。
一語だけ変な言葉があった気がするが、ユカはその言葉を聞こうとしている私の言葉を遮る様にパッと笑みを浮かべた顔を上げ、その顔に前に右手を上げて、その手首を動かして否定の行動をしながら「いやいやこっちの話」と言ってはぐらかす。
いや……、もう『ジンガイ』と言う言葉を聞いてしまったのだが、それでも彼女は話を逸らすように……、いいや、本題に戻しているのだな。
ユカは白い花に向けて指先を差し出し、その花弁にツンツンッと指の先で触れながら続きの言葉を口にする。
笑みを浮かべているのだが、その笑みは先ほどの満面のそれではなく、まるで――優しいものを帯びているような、胸の奥が温かくなるような笑みで――だ。
ユカは言った。
「あなたは確かに、見た目は怖いし、黒い煙を出しながら話してくるその光景はまさに死を呼びそうな存在だよ。生気吸われそうだしね。普通なら逃げ出してしまうかもしれないよ。怖くて」
「それは慣れている。私の顔を見れば誰であろうと畏怖し、人間ではないと蔑み、そして忌み嫌うのだから当然だ」
「それは見た目から判断したことでしょ? 人って見た目で判断するところがあるからね。って……、私も言えないよね。だって極悪そうな人が犬でも拾わない限りその人のこと悪人だって思いこんじゃうもん。俗にいうところの……、ギャップっていうのかな? あなたはそれに似ている」
「似ている……? 私が、か?」
「そうだよ。怖い人相のくせにお花とかに優しい。それがギャップ」
と言い、驚きで困惑している私に向けて、ユカは私の無いはずの目を見るように見つめる。
バチリとあった視線とユカの視線が絡み合う――背けたくないような真っ直ぐな目。今までこんな真っ直ぐな目を見たことがない私からしてみれば、ユカはきっと、私が今まで見てきた人間の中でも奇異な存在だ。
稀と言っても過言ではない。
だからなのだろうか……、私はこの人間に、ユカと言う存在の言葉を、話しを聞こうと思ったのだ。知識欲も然りだが、何だろうか……。よくわからないが……。
ユカの話しよりも、ユカと言う存在を存在に対し、私は強い何かを感じたのだろう。最初こそ知識欲だと思っていた感情が……、まさか違うもので、それに対しても私は分からない。
未知の感情。
そんな感情に対して驚きと言うよりも、これは……、疑念なのか? それとも……、困惑なのか……? それにしては温かい気持ちが溢れていくような感じがする。だから先ほどの感情は不正解だろう。
そんなことを思っていると――ユカは未だに私のことを見ながらにこやかに――大人の体に近いはずなのだが、それでも子供っぽさが抜けていないような笑顔で、彼女は私に向けて言う。
「それにね――私は人外好きなの」
「………………………好き。だと?」
「そう。好き。勿論ライクの方。変でしょ? でもこの好みを変えることは絶対にない。ここだけの話ね――人外っていう存在を見ているとね……、落ち着くんだ。まぁ私の好みで見て、それを見ながらうっとりしているから落ち着くんだろうけど……、それでも私は好きなんだ。私に、安らぎを与えてくれるような、そんな感じで」
ユカの言葉から零れた『安らぎ』と言う言葉を聞いた瞬間、不思議と心臓の辺りが熱くなるような、突発的な鼓動と発熱を感じた。
先ほど感じた温かさと同じだが、それがもう一段回上がったかのような、そんな熱さと鼓動。
昔は常に『死を呼ぶ存在』と言われ、なぜか恐れられてきた。理由は分からないが、私は人から恐れられてきた。だからなのか――私はこう言った優しい言葉に対しての耐性がないみたいだ。
あの時もそうだ。ユカの口から出てきた『優しい』や『好き』など、色んな温かい言葉を聞くたびに、私の心臓が熱くなる。そんな感覚に私は戸惑っている。
何百年も生きているくせに、人間の年齢をとうに超えているおじいちゃんみたいな存在なのに、なんと滑稽なことだ。そんなことを頭の片隅で思いつつ、自分に対して呆れてしまう。
そんなことを思っていると、ユカは徐にその場から立ち上がり、立ち上がった後で背中に手を回し、樹木の葉がない花の上空を見上げる。
「ねぇ。少し独り言を言って良いかな? 質問だらけでつまんなくなっちゃった」
そう言って見上げた瞬間、この場所にはふさわしくない穏やかで温かい風が吹き、花達の白、灰色、黒の花弁を舞い上げ、彼女の結われた髪の毛や『すかーと』を揺らす。
舞い上がる花弁はまるで彼女のことを引き立てるようにひらひらと舞い落ちていき、その光景を見た瞬間、一瞬一枚の絵画を思わせる様な美しさが私の視界に入ってくる。
先ほど、ユカがここに来る前に見たあの光と影の光景を彷彿とさせるような、そんな美しさ。
何の力もない人間なのに、まるで魔法を使ったのかと思ってしまうような光景。
その光景を見た私をしり目に、ユカは私のことを見ずに、上を見上げながら彼女は淡々としているが、音色は優しく、明るさを保っているような音色で言った。
――まるで、聞いてと言わんばかりの言葉で、彼女は独り言と言う名の話を、私にしてきた。
初対面である私に対して、己のことを洗いざらい話す覚悟を決めたように――
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