ドッペル心中 後編
最川愛花はその日、とある準備をしていた。誕生日会のサプライズパーティーの準備だ。他の誰でもない、心宮中乃の。
中乃とは高校で出会って、そこから旧来の友のように仲良くなった。誕生日の際にはいつもプレゼントを贈り合っていて、今年はどうしようかと考えているときに、大学で出来た友達にサプライズの話を持ち掛けられた。その話に乗って、色々と準備を始めているのである。残り一週間と、割と時間はある。その日も何人かの友達と打ち合わせをして、買い出しをすることになったのだ。
ただ気掛かりなのが、サプライズということで中乃にそっけなく思われてしまうかもということだ。実際あまり会えなくなってしまっているし、なんだか騙しているような気がする。それでも中乃に喜んでもらいたいから、どうにか中乃にバレないように準備に勤しんでいた。
買い出しに行く途中、貼ってあった張り紙でお祭りが行われることを思い出した。せっかくだからと中乃を誘おうとしたが、携帯を家に忘れてしまっていることに気付く。今更戻ったら時間が掛かってしまうし、買い物が終わって帰ってきたら誘おうと考えて、お祭りでは何をしようかと思いを巡らせていた。
異変に気付いたのは、帰ってきて携帯を見た時だった。中乃からの着信履歴がいくつも溜まっており、来ていたメッセージの文面からは必死さが感じられた。もしかしたら、何かに巻き込まれて助けを呼ぼうとしたのかもしれない。いや、自分がなにか良くない勘違いをさせてしまったということもあり得る。とりあえず折り返して電話するも、一向に出ない。何度も掛け直すが、やはり出ることはなかった。中乃もこんな気持ちだったのだろうか、と感じながら、直接会って話したいと家を飛び出した。
ほとんど見当もつかない状態で飛び出したからか、全然見つからない。日はすっかり暮れていて、お祭りのせいで人がごった返していた。揉まれてしまう程の人の量だったが、この中にいるかもしれないということを考えれば、むしろチャンスだと思った。もしかしたら他の誰かと屋台を見て回っているのかもしれない。あの着信履歴の後のことだからあり得ないことだとは思うが、とにかくあらゆる可能性を考えて片っ端から探すしかなかった。
どうしてこうなったんだろう。中乃は無事なんだろうか。無事ならなんだっていい。サプライズもお祭りも、今はもうどうだってよかった。
打ち上げ花火も終わって、人も少なくなってきた。中乃は未だ見つからず、そろそろ23時になりそうだ。どれだけ走ったかもわからない。息も絶え絶えで、それでも諦めるとかいう選択肢だけは頭になかった。自分でもよくわからないけど、それ程までに愛花は中乃に執着していた。中乃だからこそ、ここまで奔走できた。
そして、その転機が訪れた。遂に中乃を見つけたのだ。彼女は何故か橋の上に立っていた。しかしながら様子がおかしい。
まず、中乃が二人いる。どういうことかはわからないけど、本当にそっくりな彼女がもう一人いるのだ。もしかしたらドッペルゲンガーというものかもしれない。彼女は、もうすぐ死んでしまうのだろうか。
それに、雰囲気もなんだかおかしい。彼女らの顔は妙に覚悟を決めた顔をしていて、これから何かしてしまう気がする。それこそ、本当に死のうとしているような……。
そして予想は的中する。彼女達は橋の柵を乗り越えて、外側に立った。それを見た瞬間、愛花は再び走り出した。多少息が整った程度だけど、そんなことはお構いなし。不幸なことに愛花は少し離れてた所にいて、辿り着く頃には落ちてしまったので、河川敷の方から泳いで助けることにした。不可能とか言ってる場合じゃない。今すぐにでも中乃と言葉を交わしたかった。
大きく息を吸って、川に飛び込む。冷たいし、多く水を吸いそうなものは脱いだけど、自分も溺れるリスクは十分にある。けれど泳ぎには自信があったのもあり、絶対に無理だとも思わなかった。思う時間すら無駄で、必死に沈んでいく体を掴もうとした。
いや、掴んだ。できることなら二人とも助けたいから、二人の腕を掴んで、沖の方を見た。騒ぎを聞きつけて誰かが呼んだのか、救助隊の人も何人かいる。その人達から、救助用の浮き輪みたいなものが投げられた。愛花はそれをキャッチして、なんとか沖まで引き上げられたのだった。
中乃達は意識を失っているようで、すぐさま救急車によって搬送された。愛花も大事をとって病院に連れて行かれたが、そんなことよりも中乃を救えたかもしれないことが嬉しく思えた。ただ、救助隊の人には無茶なことはしないようにと、だいぶ大きなお叱りを食らったのだが。
しかしそんなことはどうでもよく、愛花の問題は中乃とそっくりさんの二人だけだった。どうか助かっていてほしいと、愛花は祈りながら病院へと向かった。
≪≫
「――あれ、ここは……?」
「先生、片方の子が意識を取り戻しました!」
写奈が目を覚まして見たものは、天国みたいな死後の世界ではなかった。見覚えのない天井の病院だ。まさか、生き残ってしまったとでもいうのだろうか。
「おはようございます。目覚めて間もないため色々混乱されていると思いますが、ひとつだけお聞きしたいことがあります。応答はできますか?」
「ええ、まあ、はい」
「ありがとうございます。それで質問ですが、あなたの名前を教えてくれますか?」
そんなことかと思いつつ、嘘をつく必要もないため正直に答えた。しかし病院側からしたら重要な事らしく、二人の姿が酷似している上、身分を表せるものが何もなかったから困っていたらしい。言われてみれば、確かにそうである。
だんだんと意識がはっきりしてくる。そのせいなのか、確認しなければいけないことが一つあるのに気付いた。頭が多少痛むのをこらえて、目の前の医者に問いただす。
「あ、あのっ、中乃は、一緒にいた女の子は無事なんですかっ!?」
「ああ、心宮さんね。覚悟して聞いてほしいけど、残念ながら――」
≪≫
それから色々と説明を聞かされて、一段落すると医者は病室から出ていった。はあ、と息を吐き出し、ここまでの事を整理しようとする。だが、それは部屋に飛び込んできた女の子によって遮られた。
「中乃ちゃん!!」
写奈の顔を見るなり、中乃の名前を叫んで駆け寄ってくる。中乃の知り合いなのだろうか。それならば彼女に酷なことを伝えなければいけないことに心を痛めつつ、それでも真実を言葉にする。
「ごめんね、私、生浦写奈っていうの。それと、私の口から言う事ではないのかもしれないのだけれど、中乃さんは、もう……」
「そう、ですか……」
シュンと落ち込んでしまう女の子。その姿に一層申し訳なくなってしまって、意味もないのにもう一度謝罪の言葉を口にする。
「本当に、ごめんなさい」
「い、いえいえ、写奈さんが謝ることじゃないですよ! 写奈さんも仲良かったはずですし、今も辛いでしょう?」
「それは、そうだけど……」
ダメだ。どうやっても空気が重いままである。慌てて話題を変えようとして、写奈は女の子の名前を聞いてみることにした。
「ねえ、あなた、名前はなんて言うの? その様子だと、中乃と仲が良かったんでしょう?」
そして、それが今一番いけないことだというのには誰も気づくはずもなかった。だから写奈はなんとなく聞いてみただけだし、女の子も普通に答えただけである。
「えと、最川愛花っていいますっ!」
「……は?」
その名前を聞いて、写奈が険悪になるのは当然のことだ。
最川愛花というと、中乃を裏切って追い詰めた張本人のはずである。そんな奴が何を今更、のこのこと見舞いなんかに来ているのだろうか。もしかしたら、これ以上中乃を追い詰める気だったのかもしれない。
「……あんた、よくそんな顔してここに来れるわね」
「え、どういうことですか。写奈さんに何もしてないですし、初対面ですよね?」
「そうじゃない。あんた、中乃を自殺にまで追い込む程苦しめたって聞いてるわよ」
「なんですかそれ、私、中乃ちゃんを苦しめてなんて……」
あくまでしらを切るつもりらしい。けれど、中乃が苦しんだのは事実だ。もはや悪気が無い方がたちが悪い。
「でも、他の奴らに愚痴を吐く程嫌いだったらしいし、電話やメールだって無視していたでしょう?」
「なっ、そんなことしませんよ! 中乃ちゃんを嫌いになることなんてありません! 私の携帯だって見てもいいですよ!」
心外なことを言われて、流石に愛花も怒りだす。それでも引くことなんてできず、愛花の携帯を受けとって隅々まで確認する。
愛花が友達に送ったという、愚痴のように吐き出したメッセージなどは、全く形跡がなかった。おそらくこれは友達の嘘なのだろう。無視したかのように着信履歴が溜まっていたが、それと同じくらい折り返しの電話を掛けている。しばらく見れない状況で、返信できなくてごめんという旨のメッセージも送られており、描いていたイメージとまるで違った。本当に中乃の勘違いだったのではないか、と思える程に。
それでも完全に信用はできず、未だ疑念を抱いていた。
「――でも、そういえば今日の中乃ちゃんは様子が変でした。家に携帯を忘れてしまったから見れなくて、帰ってきたら凄い掛かってきていたから折り返しても出ないし、ようやく見つけても川に飛び込んだりするから必死で助けたんですよ。
もう少し会えてたら、何か変わったんでしょうか……」
そのセリフを聞いて、写奈は固まった。そして、より強い怒りにされるのに時間は掛からなかった。
遂に、写奈は愛花の胸倉を掴んだ。病人ということも忘れて、ほとんど感情任せだった。
「あんたが、あんたが全部壊したんだ! 本当はあの時、二人で悔いなく死ぬはずだったの。それなのに、あんたはお構いなしに助けようとした!
どうして中乃だけを殺したの、どうして私だけを助けたの、どうして私を残したの……」
そのまま写奈は泣き崩れた。愛花はどうしていいかわからず、ただおろおろするだけだ。本当は二人助けるはずだったし、中乃と言葉を交わせたらいつも通りに戻れると思っていた。けれど、その中乃が今はいない。中乃も助けられたら、なんて愛花こそ思っている。
写奈は掴んでいた手を放し、愛花に向き直る。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あんたが全部悪くないってことは、わかってるわ。助けたのだって、きっと善意なんでしょう? 中乃は、あんたが本当は優しい子だったって言ってたわ。それは、間違ってないのかもしれない。
けれどね、どういうつもりであれ、私と中乃の間を引き裂いたのは許さないから。私は、あんたを決して許さない。二度と、私に姿を見せないで」
そう言って、愛花を突き放す。出ていって、ということだろう。何か言わなければいけないような気もしたが、写奈の圧に押されて出ていくしかなかった。
誰もいなくなった病室で、写奈は虚無感に襲われる。ため息をついて、これからどうしようかと考えようとした。
だがその時、病室の外がにわかに騒がしくなる。そしてその声を聞いて写奈は思い出した。自分がなんで逃げたくて、死にたかったのかを。中乃と一緒にいることだけを考えていたから、すっかり忘れていた。
入ってきたのは、彼女の両親だ。彼女の身を心配するのではなくただ怒鳴りつけている。その全てを受けながら、写奈は絶望する。ああ、またいつもの日常に戻るんだな。元通りになっただけだ。
両親を見上げる写奈の目には、光が消えていた。
≪≫
中乃と写奈が心中を試みてから、数か月が経った。愛花はそれから何事もなく過ごしており、友人関係もそれなりに落ち着いた。
あれから色々と調べて、誕生日サプライズを一緒に計画した友達は中乃と愛花の関係を破綻させようとしたことがわかった。その背景にいるのが高橋という女で、彼女は愛花に対して酷い執着心を持っており、また中乃が邪魔だったのだそうだ。そして中乃の周辺にいる人を買収し、彼女らに協力を仰いだ。結果、見事愛花に嫌われていると、中乃に思い込ませることができ、また消すこともできた。
それを知った愛花はすぐに関係を切ることにしたのだった。高橋は関係を修復しようと懇願したが、中乃を追い詰めた張本人とも言える彼女に掛ける慈悲などなく、ばっさりと切り捨てた。高橋に協力した奴らとの関係も切り、大学はやめなかったが新しい環境を作ってどうにかやっている。
写奈がその後どうなったのかはわからない。ニュース沙汰にはなっていないから、死んだりとかはしてないのだろう。生きていてほしいと思うけど、彼女にとってそれは必ずしも良いことではないのかもしれない。愛花は、写奈のことをほとんど知らないのだ。
後追いをすることはなかった。多分誤解は解けていないし、見せる顔がなかったのだ。だからといって中乃を失った穴が埋まるわけでもないわけで、今すぐにでも中乃に会いたかった。会って、温もりを感じたかった。
愛花は何事もなく過ごしている。自ら命を絶つことは、おそらくない。
ドッペル心中 晴牧アヤ @saiboku
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