第50話


 あらためて装備を身に着けて出撃準備を終えても、トンネルを出るところでは、僕はおっかなびっくりだった。

「何をしているのです?」

 リリーがクスリと笑うほどだった。

「ゲートのところで待ち構えているかもしれないよ」

「サイレンたちがですか? それはないでしょう。もう解散して、思い思いに食事に出かけているでしょう。彼女たちは昼食を取り損ねたのですから」

 リリーの言うことは正しかった。トンネル出口にもゲートにも人っ子一人なく、拍子抜けするほどだったんだ。

 僕はリリーの肩の上で座り直し、リリーは尾に力を込めて前進を始めた。念のために進路を右に取り、沈没船の近くは避けた。

 海はずんずん深くなり、僕とリリーは大洋へと出ていった。ところが10分も立たないうちに、リリーが声を上げたんだ。 

「気づいていますか? 私たちはつけられていますよ」

 僕は振り向いたが、もちろん何も見えはしない。

「潜水艦?」

「違います。もっと小さなものです」

「サメ?」

「サメよりもタチの悪い相手です。コバルトですよ。ほら、姿を隠す気もないようです」

 尾の動きを止めてリリーが指さすので、僕は視線を走らせた。

 始めは青いばかりで何も見えなかったが、やがて遠くに小さなシミのようなものが現れ、あれあれと大きくなり、サイレンの姿になった。

 腰よりも長い金髪をなびかせ、白い肌を輝かせて悠々と近づいてくる姿は、地上の事物ではたとえようのないゴージャスな生き物ではある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る