第23話


 高速艇に乗って僕がストロベリー基地に帰りついたのは、数日後のこと。

 コバルトもリリーも、三日月島から直接基地へと帰らせてあった。単身であれば、サイレンは深海深くへと潜航できるし、深海ではシャチと出会うこともない。

 下船して桟橋を歩き、1時間後には地下プールへと長い階段を下りて行ったが、僕は手ぶらではなかった。

 地下プールというのは分厚い屋根に覆われた掩体壕のようなもので、窓は一つもないから、中で何をしているかを知る方法はない。

 僕だって、ここへ出入りするときには顔と身分証をチェックされ、身体検査を受けなくてはならない。

 しばらく行くともう一つゲートがあり、ここでももう一度、さらに厳重に誰何される。この先は直接、地下プールにつながっているのだ。

 だが僕の通り抜けに問題はなかった。僕の顔はよく知られているから。

 深海に慣れたサイレンたちのために、地下プールはいつも薄暗くされている。僕も一瞬立ち止まって、目が慣れるのを待った。

 だが階段を下りてくる足音で気が付いていたのだろう。サイレンたちの耳はそれほど鋭い。

 だからこそ、戦場では潜水艦のソナーといい勝負をするわけだ。

 サイレンたちはそれぞれ思い思いに水中に寝そべっていたが、僕が水面近くまで行くと、水上に顔を出して、コバルトが迎えてくれた。

「どうせお前は、私とした約束など忘れているのだろう?」

 そう言った時のコバルトの表情が何に似ているかときかれれば、スネた猫というのが一番近い。

「約束? どんな約束をしたっけな」

「ああ分かってたんだ。しょせんお前はそういう人間だよ。協力して損した」

 そう言いながらわざと水を跳ねかけてくるのを予期し、僕はヒラリとよけることに成功した。僕だってコバルトとの付き合いは長い。

 それに今着ているのは新品の制服だから、濡らされるのは困る。

「じゃあコバルト、これは何かな?」

 と僕が取り出した茶色い紙包みに、コバルトの2個の目玉は釘付けになってしまった。

「お前、まさか…」

「この町で手に入る最高級の牛肉だよ。1か月の給料が飛ぶんだから、心して食べ…」

 ところが僕は、セリフを最後まで言い終えることができなかった。文字通り目の色を変えたコバルトが水面から飛び出し、コンクリート床の上に上半身を投げ出してきたのだ。

「おお友よ、わが戦友よ。早く寄越せ」

 その必死な表情には、僕も笑うしかない。

 もちろん僕は、じらしたりはしなかった。ヒモを切り、茶色い包み紙を取り除くと、すぐに投げてやった。

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