第17話


 僕は当惑しただけだったが、サイレンたちの反応はもっと早かった。2頭が話し合ったわけでもないのに突然方向を変え、舵を右に切ったのだ。

 僕は表情をのぞき込んだが、コバルトが何を考えているのかは理解できなかった。

「まさか日本人が追跡してきたのじゃないよね」

 このとき偶然にも、コバルトが水面に頭を出し、もう一度息を吸った。おかげで僕も相手の姿を再び見ることができた。

 たまたま同じ瞬間に、敵も水上に姿を見せたのだ。波の上に全身を出し、大きく弧を描いてジャンプした。

 これで姿がよく見えた。

「シャチだ」

 クジラの一種で、肉食の獰猛な野生動物だ。黒い体には白い模様があり、遠くからでもよく目立つ。

 白と黒に塗り分けられた姿を、まるでパンダのような平和のシンボルと見たがる人もいるが、とんでもない。

 シャチのことは、別名オルカともいう。しかしそれは最近の新しい呼び方で、古来、捕鯨船乗組員たちはもっとふさわしい名で呼んできた。「ホエールキラー」

 クジラを見かけるたびに見境なく殺し、食っちまうからだそうだ。

 実地訓練だけではなく、ストロベリー校においても、もちろん座学の授業がある。そこで習ったんだ。

 教師が声を大にする。

「シャチとは、サイレンにとって唯一の天敵である」

 早い話が、日本軍からはサッサと逃げ出すことのできたサイレンたちも、うかうかしていたらシャチには食われてしまうということ。

 だから僕も、背中に緊張が走るのを感じないではいられなかった。

「シャチだよコバルト、どうする?」

 でも返事をしたのはリリーだった。

「こんな時にシャチと出会うとは、運のいいことですね。しかも2頭います」

「本当に?」

「ええ、人間の目にはまだ見えていないだけです」

「どうするんだい?」

「私のランドセルの中に狙撃銃があります。用意しなさい」

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