第16話


「トルク、お前は私たち二人の間に入れ」

 ここで僕は、生まれて初めての経験をした。2頭のサイレンが、左右から僕の体をつかんだのだ。僕は2頭の間にはさまれる形になった。

 そして2頭は泳ぎ始めた。

 もう少し正確に言えば、空気タンクから伸びている伝声管を無造作につかみ、2頭は僕の体をまるで荷物のように引っ張り始めたのだ。

 深度は取らず、上空を行く航空機からかろうじて見つからないあたりだ。

 だがスピードはものすごかった。体全体が水にぶつかり、まるで川の急流に立ち向かっている時のような気持ちがするほどだ。

 ゴム製の潜水服も、脱げてしまいそうなほどバタバタと揺れる。

 サイレンがこんなにも速く泳げるなんて、僕は全然知らなかった。ストロベリー校でも習ったことはない。

 僕がそう言うと、コバルトが答えた。

「知らなかったと? こちらの手の内を、どうして人間どもにすべて見せてやらねばならん?」

 ああ、いつもこうなんだ。

 大体サイレンという連中には親切心やら、おもてなしの心などハナから期待できない。

 こういう泳ぎ方をすると、自然と僕の体は後ろを向くことになる。コバルトの肩の上にいる時と違って、僕の目の前には後方の風景が開けるんだ。

 魚と違ってウロコなど1枚もないサイレンの尾びれが2つ、僕の左右で躍動しつつ水を蹴るさまは、まるで2気筒エンジンのような眺めだ。

 だが後ろを向いているからこそ、僕は新たな敵の出現に気づけたのだ、とは言えるかもしれない。何かが視野のすみを横切った時に、僕はすぐに反応することができた。

「?」

 まだ遠いので形はわからない。 

 ただ、何か白い物体が光にひるがえったのは確かだ。

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