藤沢先生、よくできま死た

 カナエがサトルに詰め寄っていると──


ガラリ、と音を立てて引き戸が開いた。


「やっぱり、ここにいたんですね」

 空き教室の中にはカナエとサトルのふたりしかいない。自分たちにかけられた声であることを理解して、カナエが後ろを振り向いた。

 そこに立っていたのは、カナエとサトルには見覚えのある女性教諭だった。

 長い髪を背後に垂らして、印象の残らないような女性教諭、ただし彼女は双子にはよくよく知られている顔だった。

「ふっ、藤沢先生!」

 サトルは飛び上がるように立ちあがった。カナエに詰め寄られて、遠目からは押し倒されている様子に見える姿勢を彼女には見られたくないからだ。

「……藤沢先生」

 カナエは恨みがましい目を向ける。せっかくサトルに話しかけていたのに邪魔をされた格好になるからだ。それ以外にも恨みはあるが。

 藤沢先生──藤沢リキカズに双子捜索を任された、藤沢マリカ。彼女はこの混乱下の中、すぐさま双子を見つけ出した。

「どうしてここに?」

 カナエの問いに、マリカは土気色の顔でいっぽん、ひとさし指を立てる。

「だって、下駄箱にカナエちゃんとサトルくんの靴が残っている以上、二人とも学校にいるということでしょう? 逢禍学園は広いと言えども、しらみつぶしに探していけばいつかは見つかるはずですから──」

「確かに藤沢先生の言う通りですね! そしてその通りに僕たちを見つけるとは!! さすが藤沢マリカ先生!」

 彼女自身を称賛するサトルに、マリカはゆっくり首を横に振る。そのままマリカは懐かしく、嬉しい思い出を語る機会を得たように顔をほころばせた。

「わたしはちっともすごくありません、昔リキ義兄さまが教えてくれたことなんです」

「!!!」

 カナエは強調するように、ゆっくりゆっくり問いかける。

「……藤沢、リキカズさんが?」

「えぇそうですよ、リキが教えてくれました。世界には対応という数学の法則があると」

「……」

「それって数学以外でも分かることじゃあないですか?」

 カナエがなんと言おうか迷っているうちに、サトルが言った言葉も聞かずにマリカはそのまま口を開く。

「下駄箱という集合Aにある『サトルくんの靴』『カナエちゃんの靴』、それに対応するのは『絶都に存在する人間の足』という集合Bの中にある『名和屋サトルの胴体についている足』と『名和屋カナエの胴体についている足』、それ以外にはないのですから! この世の全ては数学で証明できるし説明できるし予測できるのです!!」

「……」

 マリカの言葉に、自分とサトルの足だけがバラバラと地面に落ちてあるところを想像したカナエは眉を顰める。しかし、その想像をさせたマリカにはなにも言えないことがカナエには分かっていた。

「うぇぇ……」

 カナエと同じ想像をしたのであろう、サトルが気持ち悪げに舌を出す。するとマリカは慈愛に満ちた顔で微笑んだ。

「気持ち悪がる必要はないのですよ、義兄さまに教わった、この法則をもとに動いた私だからこそ、貴方たちを見つけることができて、貴方たちは助かったのです」

 それはまるで、あてもなく絶都を放浪した名和屋の双子が疲れて理由もなく学園に戻ってきたところを、絶対的に正しい大人の藤沢先生が見つけて助けた──それ以外の解釈を認めないような口ぶりだった。

「……」

「……」

 目の前の藤沢マリカは、愚かな子供を優しく迎える聖母のような表情で、腕を開いて話し聞かせた。

「ねぇ、カナエちゃん。リキ義兄さまも心配しています。名和屋先生たちは──まぁ、殺しても死ななさそうな人たちです。恐らく無事に帰ってくるでしょう。たぶん。絶都で何が起こっているのかわかりませんけど、リキ義兄さまも名和屋先生たちも、非常勤講師ですから情報は優先的に回ってくるはずです。当てもなく歩いて疲れたでしょう。情報がなくて心配したでしょう。私と一緒に帰りましょう?」

 カナエは、そのマリカの様子が気に入らなかった。

「……べつに、当てもなく歩いてたわけじゃないし」

 情報も得られない双子が遭遇した、学園で発生した異常事態。頼れる保護者であり非常勤講師である親はさっさと倒れてしまい、その中でサトルは七億不思議からカナエを守るために自分が身を挺してかばい続けるという選択を取った。

 カナエは大人しくサトルに従い、二人の体力の消耗を抑えて絶都を周回し続け情報を集める。そして絶都が危険地帯だと判断したあと、七億不思議への対抗手段を持つ霊能者──非常勤講師、あるいは特待生が大勢いる遭禍学園に戻り疲労回復。しっかり考え行動した結果、カナエとサトルは無事にこの狂乱の夜を保護者もなしに無事に過ごした。

 いや、正確に言えば計画を考えたのはカナエひとりではあるが。それでも、サトルが七億不思議の影響を受けず自分の言葉で意見を発表できるとしてもカナエの意見には賛成してくれるだろう。だってサトルはカナエを守り続けていたのだから。

「アタシたちは名和屋郷に避難しようとしてたもん」

 カナエが一晩、混乱しながら出した結論をマリカは一言で切り捨てる。

「まぁ、そんな遠くに行くなんて危ないじゃあないですか。どうしてそんな馬鹿なことを」

「……馬鹿なことじゃあないもん」

 カナエとマリカの視線は一気にサトルの方を向く。この場所にいるのは三人で、意見は二つ。サトルの一票で対立する意見の正しさが決まる。

「サトルくん──馬鹿なことに巻き込まれないで良かったですね」

「サトル──馬鹿なこと、なんかじゃあないよね?」

「……」

 マリカと一緒に双子の片割れを挟みながら、カナエはサトルが自分の味方になることを確信していた。

 今、サトルは七億不思議の影響を受けて『いちばんやりたいこと』をしたくてたまらなくて歯止めが効かない状態だ。そしてサトルが一番やりたいこととは『カナエを守る』ことであることが昨夜の行動が証明している。

 確かにいつもは『親のような立派な霊能者になりたい』とか『好きなひとの前でかっこよくありたい』とか『叔父さんに負けたくない』とかの雑念に負けてしまうが、今ここでは一番やりたいこと『カナエを守る』が一番最初に出てくるはずだ。

 そして、その命題に対応した行動とは『藤沢マリカに異を唱える』ということであり──つまり『カナエの行動を馬鹿なことだとは言わない』ことだ。

「……」

 サトルが眉間にしわを寄せる。

「……」

 サトルが重たそうに口を開く。

「ぼくは──」

 そして、サトルは意見を言った。


「──えぇ、馬鹿な事に巻き込まれず済んでよかったです!!」


「!!!」

「!!!」

 サトルが自分の味方に付かなかった──そのことをカナエが理解する前に、マリカは二人の手を引っ張った。



 

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創作企画その二 @igutihiromasa

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