義兄妹、大変よくできま死た!

 カナエとサトルが空き教室で休んでいる頃──


「うぅぅぅぅ……」

 違う空き教室で唸る非常勤講師の男がいた。

「大丈夫ですよ、大丈夫。名和屋先生たちが一緒にいるのでしょう。サトルくんもカナエちゃんも、無事に寮で寝ていますよ──リキ義兄さま」

 男の顔から出る涙も鼻水も気にせずに、膝枕を貸して硬い髪を撫でる女の言葉に男──リキ義兄さま、と呼ばれた彼は納得しない様子だった。

 頭を持ち上げようとする気配を感じ、女は頭を押さえつけるように言う。

「カナエちゃんを探そうとしても、義兄さまはなにもできないでしょう。藤沢わたしの家から小さな会社に就職して、そこでメンタルをぶっ壊した末に実家のお義父様の元に戻り嫌がっていた霊能者として働くようになるなんて……普通に一般人のように暮らしたいなんて、高望みに挫折してしまった可哀そうで可愛い義兄さま。義兄妹たるわたし、藤沢マリカが面倒を見てあげますから義兄さまは寝ていればいいのですよ」

 女──マリカの手には、赤いハンコの跡があった。これによって七億不思議の影響下に置かれた彼女は『義兄を世話したい』という欲求に従い義兄に膝枕を貸しているようだった。

 しかし、七億不思議の影響下に置かれた人間がそのまま欲求に従っていれば生気を失っていってしまう。実際、夜中に外出して化粧していないマリカの頬はだんだん土気色に変色していっていた。

 それを知っているのか、親戚の無事を知りたいだけなのか。焦燥感を伝えるような、追い詰められている様子の彼に、マリカは小さくため息をつく。

「……そんなに気になるのでしたら、わたしが二人を探しましょうか? なーんて」

「……」

 流そうとした女の膝の上で、フードの奥に隠れたリキ義兄さま──藤沢リキカズの目がきらりと光る。突如として学園内で七億不思議が発生して、助けを求める特待生や非常勤講師の同僚たちを見捨てたリキカズにとって今も、姪であるカナエは心を砕く対象であるようだった。

 マリカはそれを、心底不思議そうな顔で見つめる。

「……でも、それでは義兄さまは一人ぼっちになってしまいますよ。知らない人がここにどんどん詰め込まれますよ──いいんですか?」

 マリカがそこまで言葉を尽くしても、リキカズの目の光は変わらない。マリカが押さえつけようとした頭を持ち上げ、震える口の端から呟いた。

 ──それは誰にも聞こえなかった、音にもならない声ではあったがマリカはそれで分かったようだ。

「……では、行ってきますね義兄さま。知らない人ばかり詰め込まれて、他人に対するアレルギー、いえ効きすぎてアナフィラキシーショックを発症しても知りませんからね」

 捨て台詞を吐いてマリカはリキカズを置いて、双子を探しに外に出た。

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