大変!!よくできま死た自宅編1

 その日の日中はいつも通りの平和な日で、カナエやサトルもクラスメイトと会話を楽しんだ。

 そして、クラスメイトたちは場所は違えど同時に双子に誘いをかける。

「ねー名和屋さん。今日の放課後、暇? カラオケ行こうよ」

「なーサトル、お前の父ちゃんが出した課題が終わらないんだ、手伝えよ」

 一般生徒と特待生、そしてブカツ道とヤサ愚連。それでもただ放課後を学友と過ごしたい学生であることは変わらない。

 ──それに対して、双子は同時に首を振る。

「ごめんね、アタシ放課後はいつもの用事があるんだ」

「今日も、その父さん母さんと一緒にドッ祓いしなくちゃいけないからね!」

 カナエが何も知らないクラスメイトに言葉を濁すのも、サトルが同じ霊能者である同級生に直球で断るのもいつものことで、それに対してクラスメイトがちょっと悲しそうな顔をするのもいつものことだった。


「サトくんもカナちゃんも遅いスよー!」

「まぁまぁ、十分程度の遅刻くらい許容範囲でしょう」

 両親に迎えられて双子がちまちまとした七億不思議をドッ祓いする──ここまでもいつものことだった。

 いつもどおりが崩れだしたのは、ドッ祓いを始めてしばらくしていたころだった。

「なんだろ、これ……」

 ぴゅんぴゅんと飛び回る虫──いや、ハンコ。先頭に立っているカナエが見慣れないその七億不思議に、思わず手を伸ばしかけると背後で大きな声が聞こえる。

「うわー甘やかされたいッ!! 好きなだけ抱き着いて抱きしめられて気が済んだらカレー作ってほしいしそのカレーは二日目の濃厚な旨味があるやつであってほしいし食べ終わるまでニコニコして横に座ってほしいしお風呂入れて寝かしつけてほしいし寝つくまで抱きしめてほしいッ!! とりあえず手始めに抱きしめてほしいッ!! いま! すぐにッ!!」

「うわわわわわなんっ……ここ子供の前スよ! 落ち着いてレイさっ──あっ」

 奇妙に大声を出す母親が、父親を強引に押し倒している。抗おうとしている父親の頬に、カナエの横から飛んで行ったハンコがべたりと印をつけるとその瞬間に。

「うわー甘やかしたいッ!! 好きなだけワガママ聞いて要求を叶えて『ありがとう、さすがはレイさんあたくしの吾が背の君!』と頼りにされたいしできなかった時には『なんでできないんですか!』と怒られたいしたまには『それじゃ子供のためにならんス、レイさんの願いと言えどもできないス』と言って『確かにワガママが過ぎましたね……よく言ってくれました』と褒められたいッ!! とりあえず今は夜中だし抱きしめるだけならセーフッス! ばちこい!!」

 相手の行動を止めようとしていた言を翻し、自分から母親──いや、妻を受け入れる。奇妙なハンコが七億不思議で、両親の不可思議な行動はその影響であることは明白だった。

 相罠として先頭に立つ──だから、七億不思議に侵されている親とカナエは距離が離れている。──しかし、だからどうしたというのだろうか。

 「甘やかしたい」「甘やかされたい」と正気を失った親が子供であるカナエの方向に向かってくるのも時間の問題だろう。

 それに、カナエは家族間で唯一ドッ祓いができない。親から逃げても七億不思議に襲われたらどうしようもない。

(……どうしたらいいか、わかんないや)

 諦め半分で目をつぶると、カナエの手をぐっと引く誰かがいた。

 驚いて目を開けると、目の前にいる相手はカナエの双子の片割れ、サトルだった。

「サトル、だいじょ……?」

 声をかけると、サトルは聞こえていない様子でぶつぶつとなにかを呟いていた。

「ぼくはできるんだぼくはできるぼくはカナエを七億不思議から守って母さんや父さんから守って全部から守ってヒーローになれる」

「……大丈夫じゃ、ないね」

 よくよく見ると、サトルの頬には大きくハンコが押されていた。


『たいへんよくできました』


 さくらの花の外枠をディフォルメした枠に囲まれたひらがなを見て、家族のうちで商機を保っているのは自分だけだと自覚したカナエはため息をついた。

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