第30話 お久しぶりですわ
ちょっと北向きに未踏破域に寄って行く案は、まだ理性が残っている者で王太子殿下をじっと見詰めて取り消して頂きました。
真っ直ぐ東に行っても、休憩所がないために未踏破域になっている場所があり、行けるところまで行って、南に下りる案にまとまりました。
獲れたワイバーンの六分の一がショバ代でシニストラカペロ侯爵家に入るカルロータ様はご機嫌ですが、取り巻きは全員今回も坊主でした。
前回は参加資格もなかったのですが。
「わたくしのアラデラノーチェは、山羊ではないのでしょうか」
分家の継嗣らしい取り巻きAの方が愚痴をこぼされますが、わたくしをちらちら見ないで下さい。
「夜の翼か。なぜそれが山羊だと思ったのだ」
王太子殿下、わたくしに聞こえるようにその名前の意味をおっしゃって下さらなくて結構です。
「山羊は、翼がなくとも飛べますから、見えない翼、もしくは黒山羊の意味ではないかと」
「アンジー、どう思う?」
「はあ」
わたくしに聞かないで下さい。目を逸らしましょう。ブラスカと目が合いました。
「鳥か」
流石に、これ以上黙っている訳にもまいりません。
「はい、あの、普通に考えれば、夜行性の鳥ではないかと」
「アンジェリーヌ様、お導き、有難う御座いました」
A様泣きながら頭を下げないで下さい。導きどころか、王太子殿下の誘導尋問じゃないですか。
未踏破域で野宿をしたら何か出てきても不思議はないのですが、せめてコウモリとかにしてもらえないでしょうか。
わたくしのお願いなど聞いてもらえるはずもなく、やって来たのはビスケの耳にも風切り音が聞こえないように飛べる、大きさはブラスカと同じ、ハトよりは少し大きいサイズのミミズクでした。
パワーレベリングしたらとんでもない暗殺者になりそうですが、まず、野宿の安全性が高まってしまいました。
おそらくカルロータ様と取り巻きだけで野宿し放題です。全員ワイバーン六匹からのパワーレベリング組なのですから。
アラデラノーチェの昼間の居場所は肩パッドではなく、誰が持っていたのか抱っこ紐です。
起きているとファミリアには珍しく精悍なのですが、寝姿はお祖父様の可愛いものセンサーが反応してしまいます。
太い指で撫ぜて起こしてはいけません。
最初カエルだと思った平たい亜竜も見付かりました。
亜竜なので不味くはないのですが、モアの方が好きと言う意見が大半でした。
しかし、試食会の夜、恋人や配偶者のいない人が困る事態になりました。
ドラゴンデラノーチェと名付けられ、後に夜のジャーキーとしてシニストラカペロの名産品になったのでございます。
都に帰ると国王陛下のお招きです。
山羊探しを早目に切り上げたので、ワイバーンは四十八匹獲れました。
六分の一がショバ代、六分の一が囮の分け前で残り十六匹ずつがお祖父様とお祖母様の取り分です。
お二人とも二匹ずつ献上されたので、そのお礼、と言うのが表向きです。
「此度はジュスティーヌも付いておったゆえ、未踏破域での野営も何も案ずることなく、無事に戻りたる事、まこと僥倖なり。四匹ものワイバーンは嬉しき物なれど、何よりモルガーヌを傷一つなく連れ帰ってくれた事に礼を述べたい」
思い切り怒られました。みんなで頭を下げて、お小言が頭の上を通り過ぎるのを待ちます。
「モルガーヌよ、その豪胆さがあれば、余の名代も易かろう。諸侯会議の後、しばらく骨休めをさせてもらうぞ」
「は、ははっ」
言って判らない子にはお仕置きの現物支給ですね。
「漏れ聞くところによればアンジェリーヌ、そなた、ジュスティーヌとワイバーン狩りに行く約定があるそうな」
「帰ってまいりましたところで、ございますが」
「今日明日のことは言うておらぬ。来月じゃ」
「あの、どなたからお聞きになられたので、ございましょう」
「ジュリアナが余の孫であるのを忘れたか」
「はい、失念しておりました」
「よい。その際、余とアンリエッタも連れて行っておくれ。山羊が欲しいのだ」
まさかの、山羊が欲しい最強の『キング山羊が欲しい』の奇襲ですわ。
王太子殿下が無駄な抵抗をなさいました。
「母上、お言葉を返すようですが、一の姉上まで城を留守にされるのは如何なものかと」
「諸侯会議が終わってしまえば、何と言う事も無い。エドモンに相談して、上手くやれ。その様な時の為の王室顧問じゃ」
色々ありましたが、ようやくお父様お母様のお出でになる日がやってまいりました。
伯爵になると人が増えると言う事で、お父様が新しくお買いになった蒸気自動車が止まります。
どちらに最初に抱きつこうか悩んでいたのに、いきなり出てきたドンブロヤージに頭を押し付けられました。頭突きされたわけではありません。
こちらからはビスケがお父様に跳びついてから、お母様にモコモコの棒を差し出して抱いてもらっています。
抱きなれていないと腱鞘炎になりますよ。お母様は飲むだけで治せるお薬をお作りになれますけど。
やはり重いので返却されてしまいました。今度はお父様を登って肩車です。
「お父様お母様、お帰りなさいませ。ドンブロヤージはどうしたのですか」
「飛べるようにして欲しいの。ちゃんと、教えてもらったから」
はい、ぐりぐりします。飛べるのを確認したら、直ぐにお母様がお乗りになられます。
自動車から下りて六歩くらい歩かれましたね。
ビスケもお父様の肩から下りて、お母様と相乗りです。
積もる話をしながらのお夕食の後、お父様とお母様のお部屋に呼ばれました。
「すまなかったな、もっと一緒にいて欲しかったのだろう。ビスケが飛びついて来た時に感じたのだ。母上が子供をお好きなのを好い事に、すべてお任せしてしまって」
「いいえ、とても愛して頂きました。都に来てもお二人の娘なのがどれだけ誇らしかったか。冒険者ギルドでも孤児院でも、みながよくしてくれるのは、わたくしが八つ裂きのヴィンセントと白の才女の娘だからです」
もう、前世のことは記憶だけで、わたくしはお父様とお母様の娘なのです。
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