第26話 出て来るときには出て来るものですわ

 地脈の漏れについて、お城近くから少しずつ探してみましょうと申し上げたのですが、お祖母様が大きな流れを把握する為に一度奥に行きましょうとおっしゃいました。

 ただ戦いたいだけなのは判ってはおりますが、逆らえる訳がありません。

 ジュリエッタ様警護のスピナカステロ勢も大喜びです。

 普段の掃討作戦では恐怖の対象の亜竜クラスが、今日は見ているだけで経験値になる獲物です。

 大きいのが来たらジュリエッタ様の護りに専念しろと、お祖父様がおっしゃいました。


「ここの虫は、食えんが、まあまあ面白いで」


 お祖父様、紅蓮槍を扱きながらのふっふっふっはお止め下さい。魔王軍四天王最強みたいじゃないですか。

 お祖母様も出発前からサリーを脱いでしまわれています。行ける所まで車で行くのですが。

 東の海岸沿いを北上し、森に入れば直ぐに中位危険区域という場所から入って、今日は北の未踏破域までまいります。

 北西に向かって進み未踏破域近辺で東に行き、帰ってくれば少しは面積を稼げるのではないかと。


 虫が逃げずに襲ってくるので、お祖父様もお祖母様もご機嫌です。

 時々一メートルくらいのクモが平伏して潜んでいるのですが、ビスケは騙せません、

 モコモコの棒で突いて持って来てくれます。このクモのお腹の中のうにょうにょが、傷薬より上の修復薬の主原料なので、イヤシグモと呼ばれています。

 スピナカステロの法薬師の方が欲しそうですが、あげません。お土産に一人三匹は欲しいのです。

 ジュリエッタ様はご自分のファミリアの活躍のように喜ばれています。


 良質の薬草の産地なので同行されている法薬師の方も多く、安全になった場所で採集も致します。わたくし、ビーチェ、ファビア、ニコレッタも遠慮なく採集させて頂きます。

 採り尽くしたあと、魔導師系が順番にファミリアを呼びます。来ませんよ。

 虚しい呼び声が消え、また魔獣と薬草を求めて進みます。


「ぴゅ?」


 ビーチェの三度目の呼びかけのあとに、ビスケが鳴きました。感覚を繋げます。


「何かが、向かってくるけど」


 ビスケの耳には微かな足音が聞こえるのですが、見えません。


「フォラータ、姿を見せて」


 ビーチェの呼びかけで木の陰から灰色の中型犬が現れました。

 ビスケ以上の隠密力があるのでしょうか。

 黒い毛と白い毛で灰色に見えるのではなく、毛自体が灰色です。


「ビーチェ、法眼珠を外して」


 法眼珠の心話力が干渉するかもしれないので、接触の際は外すようにエドモン様に言われました。

 ビーチェの素肌の額に自分の額を押し付けてきたそれは、犬にしては口吻の細い動物でした。

 ジュリエッタ様、胸の前で手を握ってお嬢様っぽくハイテンションです。 


「シノビギツネですね。銀色は珍しいですわ」


 狐なのですね。ファビアがふさふさの尻尾を涎を垂らしそうに見ています。

 接触が済んだら舞闘術を転写します。衝打を試しましょう。

 フォラータが少し離れてこちらを向き、落ち葉が舞い上がりました。

 いませんよ。忍法木の葉隠れの術?


「フォラータ、そう言う事しなくていいから」

「きゅん」


 ビーチェに言われて木の陰からフォラータがすごすご出て来ました。

 じゃ、飛べるようにしますよ。


「けーん!」


 喜んで森の中を飛び回ります。ビスケの力技っぽい飛び方に比べてしなやかです。

 忍者っぽい狐が飛べるようになったら、さぞ嬉しいでしょう。

 いきなり地面に落ちました。


「あ」

「どうしたの、ビーチェ?」

「何してるのか、感覚共有したんです。イヤシグモ捕まえました」

「それ、いきなりだと、ちょっとあれね」

 

 フォラータが持って来てくれますね。ビーチェ、それあなたのだから、そっちにしまって。

 

 四度目の呼びかけで現われたファビアのフルミネは、薄茶色の毛の長いイタチでした。

 ケナガイタチ? フェレットですね。

 全身ふさふさです。よかったわねファビア。でも、いつまでも撫ぜてないの。転写しますよ。

 こちらも個性的な飛び方です。空中をくねくね飛びます。高速蛇踊り?


「攻撃が当て難いから、まあ、いいのじゃないかしら」


 お祖母様のお墨付きを頂いて、フルミネは得意そうです。


「やはり、アンジェリーヌ様のご学友から埋まって行くのかしら」


 そうおっしゃいながら、ジュリエッタ様は止まる度にブラスカを呼ばれます。

 しかし、次に出てきたのは名も無き法薬師の方の名も無きフェレットでした。

 余分な名前を覚えるだけの脳容量がありません。

 赤茶色で、標準的なイタチ色です。やはり飛び方は高速蛇踊りです。種族的な特徴だったのですね。


 フルミネも名も無きイタチもイヤシグモを捕まえられます。

 ジュリエッタ様に遠慮されていた法薬師の方々の呼び声が、叫び声になってしまいました。

 その叫びも虚しく、現れたのはニコレッタのリス、カスターニェでした。

 色はくすんだ赤茶色の普通のリスですが、大きさはビスケより一回り小さいだけの、でけえリスじゃ済まないサイズです。

 お祖父様以上にお祖母様が触りたそうに見ておられますが、孤児のファミリアを取り上げない分別はお持ちのようです。


 ここに来てジュリエッタ様の呼び声に焦りの色が見え始めました。

 かなり奥に来て、水晶窟の側に出る大ムカデも出ます。

 毒が精力剤の材料になるので、お祖父様が頭だけもいで下さいます。


「そろそろ、未踏破域で御座います」


 護衛隊長の領騎士がお祖父様に申し上げます。


「うむ。アンジー、ビスケを索敵に専念させてくれんか。もちっと北まで行こう」

「はい」

「ビスケや、グランドロックより大きな気配なら警戒音じゃ。以下なら方向指示をな」

「ぴゅい!」


 ビスケを抱えてお祖父様と並んで歩きます。どのくらい歩いたでしょうか、ビスケがやや斜め右を差しました。

 止まって感覚共有をします。


「ワイバーンより、大きいくらいでしょうか。一体でございます」

「ぴゅい」

「うむ。挑発をしてから下るか。護らねばならぬ者もおるで。追って来なければそれでよい」


 フォラータとビーチェが来ます。


「挑発を、やらせて下さい」

「やってみ」

「ケーン!」


 鋭い鳴き声が森の奥に響きました。

 ビスケの感覚でそれが動くのを感じます。


「来ます!」

「退け!」


 逸れない速度で南に下ります。


「あなた、来ましたよ」


 お祖母様の索敵範囲に入ったようです。


「よし、ここで戦うで、他の者はも少し下がれ」


 お二人が立ち止まられたようですが、生命力の開放範囲から出ないところまで走ります。

 振り向いた途端に轟音が響き渡りました。


「なにかしら?」

「ムカデ、です」


 法眼珠のティアラの端を押さえながらビーチェが答えます。そうやらなくても調節は出来るはずですけどね。


「ドラゴンクラスのムカデ?」

「哺乳類や爬虫類型の巨獣がいないのは、何か別のものが居るとは、言われていたのですが」


 龍と張り合ってるムカデの昔話があったような? ここにはいるのですわね。現実として。

 ビスケの耳を借りて、戦況を観察します。


「婆さん、上の方の足落としとくれ。片側でええ」

「はい」


 お二人とも余裕ですね。

 轟音と共に、何かが打ち上がりました。

 右側の足のないムカデの半身が落ちてまいります。

 頭の一節だけでも四畳半くらいありますよ。

 お祖母様が降って来られて繋ぎ目を踏みしだき、上三つだけにして離れた下の節を踏み砕かれます。


「スケ、カク、足とヒゲ斬っといてちょうだい。牙に気を付けてね」

「「はっ!」」


 鞭のように振り回していた触角と、残っていた足が切り落とされたところにお祖父様が来られました。


「下は全部潰したで。そっちはどうじゃ」

「頭潰すだけですよ。私だと折角の毒腺が潰れてしまうかもしれないから、あなたやって下さい」

「あいよ」


 ワイバーンの頭蓋骨を割った要領で、お祖父様が四畳半サイズの頭を真っ二つにされ、生命力が開放されました。

 湧く魔獣から逃げようとしたのですが、イヤシグモがかなりいたので殲滅しました。

 見付かったばかりのファミリアも、ドラゴンと同格の大ムカデの生命力のおかげで大活躍です。


「こんなええのおったら、言うてくれたらいいに」


 誰も知らなかったのですよ、お祖父様。


「ほんと、逃げないどころか、向こうから襲って来てくれるなんて、助かるわ」


 お祖母様、普通はこんなのに襲われたら助からないのです。

 鬼夫婦の夫婦漫才など関係なく、ジュリエッタ様がアンニュイです。


「未踏破域にも、ブラスカは、おりませんのね」


 お慰めしないと、不味そうです。


「ブラスカは、どのような意味なのですか」

「突風です」

「鳥、でしょうか」

「そうです! この東に、隼の棲む崖があるとの報告が御座います!」


 なんで、わたくしってこうなのでしょう。

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