第27話 当初の目的などいくらでも変更されるのですわ

 未踏破域の縁を東に行くと、東の海岸の山塊の南端に出るのです。

 ジュリエッタ様のお望みでまっすぐ東を目指しました。

 魔導師系も体力が上がっているので、強引に森の中を踏破出来ます。

 森が切れて谷になっている向こう側が高い岩山です。


 上空を小さな影が数羽舞っています。

 小型で戦闘力の高い、苦労して倒しても食べ出のない猛禽類が上位危険区域で生き残ったのです。


「ブラスカー!」


 ジュリエッタ様が眼前に差し出されたワイバーン革のガントレッドに、ハトよりは大きな、猛禽類とは思えない優しい瞳の鳥が止まりました。

 接触が終わると、わたくしの番です。小さなおでこにぐりぐりしましょう。


「鳥飛べるようにしてなんになるんじゃ」

「舞闘術を移すんですよ」

「冗談じゃ」


 なんになるかお祖父様に見て頂きましょう。

 翼を先だけ開いて、わたくしの腕から浮き上がります。

 脚を後方に畳んで飛行モード。


「ピィー!」


 ジェット戦闘機みたいです。常時急降下姿勢で速度もそのくらいです。

 速いだけで曲がれないわけではありません。曲芸飛行もしますよ。


「ぴっ!」


 見とれていたらビスケが警戒音を発しました。

 人間の倍くらいあるナナフシがお持ち帰りを狙って接近していました。新人のファミリアが一斉に飛び掛ってバラバラになりました。

 迷い込んで生還した者はいても、実質未踏破域です。海岸に抜ければ比較的楽に自動車と合流できるのですが。


 全員の体力が上がっているので、このまま帰ると時間が余ります。

 ブラスカがムカデの生命力を浴びていないジュリエッタ様の、近くの未踏破域を覗いて帰る案に誰も反対しませんでした。

 逆らえないわけじゃありません。わたくしも、ドラゴン格の大ムカデの毒腺はお土産に最適だと思いました。


 二つ目の四畳半が真っ二つにされた後、湧き出るイヤシグモも獲ってから海岸沿いに自動車に戻って帰りましたが、お夕飯には十分間に合いました。

 今日のメインは人間サイズの、前足が長目で後足が太短いピンク色のカエルです。アンコウの一種らしいです。

 スピナカステロにも大法薬師の方がお一人いらっしゃるので、大ムカデの毒腺を差し上げたのですが、その方はお夕食もろくに召し上がらずに製薬をなさっていたようです。


 お夕食のあと、新薬が出来たとのご報告を頂きました。

 亜竜の大ムカデの毒は、体力霊力を回復して一時的に生命力を上げる精力剤になるのですが、体力霊力が全回復の上、多少の欠損まで治るエリクサーの下位互換になったそうです。

 全快薬と名付けられました。新しい特産品が生まれましたね。


 耕作地が割りと広く、農作物には困っていなかったので、もう地脈の漏れなどどうでもよく、強くなりたい人が可能な限りお祖父様お祖母様にぞろぞろ付いて来ることになりました。

 スピナカステロ内の力関係はこちらで口は出せませんが、一度に連れて行ける人数は限度があります。

 大人数になってお持ち帰りされる人が出たら気分が悪いですからね。


 ジュリアナ様ご一家とギュスターヴ殿下、オリヴィエラ先生と級友と護衛役のスケさんカクさん、猫カルテット、ロクサーヌパーティーはこちら枠で呼びました。

 ワイバーン以上のドラゴンレベルの生命力が毎日三匹浴びられるのです。

 エドモン様がいらっしゃれば、森で野営して六匹以上倒せるのですが、流石に王室顧問団長閣下は貸してもらえませんでした。

 領主の城に長期滞在なんかされたら大迷惑なので、王太子殿下は仲間に入れてあげません。


 開拓にはエリアボスのような魔獣を倒す必要があるので、ムカデの脚と触角の処理はジュリアナ様のご両親とギュスターヴ殿下、オディロンに任されました。


「山羊がいてくれたら、わたしも」


 カモミッラに乗って牽制の百間突きをされているお母様をご覧になりながら、ジュリアナ様が拳を握り締められます。


 大ムカデを南に誘導して倒しているうちに、ネズミだったと思われる中型の哺乳類が湧くようになりました。

 しかもこの大ネズミは雌雄があって、殲滅から生き残ると増えるタイプなのです。

 未踏破域近くの魔獣なので凶悪ドードーより美味しいです。美味ネズミと名付けられました。


「お肉! お肉なのです! 我が領に美味しいお肉が!」


 ジュリエッタ様のテンションが変です。

 そんなのはどうでもいいです。なにがいやだって、二日か三日に一匹はファミリアが見付かるのです。

 今までは年に一匹出るかどうかだったそうですが、それってただ、魔導師系が上位危険区域に行ってなかったからでしょ。

 ジュリエッタ様の取り巻き三人はリス一、フェレット二で埋まりました。

 ジュリエッタ様がジュリアナ様始め級友に変なことをおっしゃいます。


「きっと、アンジェリーヌ様が、皆様にも可愛い山羊をお授け下さいます」


 ジュリアナ様、頷かないで下さい。わたくしなにも授けていません。


『フォルドデシェバル老子爵御夫妻と竜格大ムカデを退治に行こうツアー・同時開催アンジーとファミリアを見つけに行こうツアー』は大盛況の内に終了しました。

 諸侯会議の準備があるので一ヶ月のお約束だったのです。


 帰りにアシュラガニも獲りましたよ。ただの六本腕のヤシガニでした。

 脚も六本あって無駄にキモい怪獣サイズの巨体で飛び跳ねるのですが、跳ぶ前の予備動作が判りやすいので、地元の漁師でもベテランになれば死ぬことはあまりないそうです。

 どこでも、運が悪い人は、運が悪いのです。


 月が変わり来月は諸侯会議なので、今月はどこの領の都屋敷も領主をお迎えする準備があります。

 でも、お祖父様お祖母様が常駐されている我が領の都屋敷は、お父様お母様のお部屋を掃除するだけです。

 お祖父様お祖母様に至っては何もすることがありません。

 わたくしは暇ではありません。たくさん薬草が採れましたし、クモのお腹のうにょうにょを取り出して濃縮処理しなければなりません。


「のう、アンジー、ジュリアナのためにも、手が空いたらスカトララディチェに行って欲しいんじゃが」


 判っております、お祖父様。ビスケとブラスカでどのくらいワイバーンが獲れるか早くお試しになりたいのでしょ。

 なにかすることを見付けないと、月替わりでワイバーンと大ムカデ獲りに付き合わされてしまいます。

 わたくしなら法薬師試験を今受けても受かるので勉強する必要がないと、みんなに思われているのも困ります。

 しかもドラゴン格の生命力を浴びまくって、全然疲れていないのです。級友もみんなそこそこの距離なら飛べるようになっていて、どこにでも付いて来る気です。

 だって、百匹以上ムカデ獲ったんですもの。

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