第22話 おうちに居たくない人もいるのですわ
この世界に生まれて初めての合コンは、上々の首尾にて翌朝を迎えたのでございます。
この世界、朝にカーと鳴く無粋な鳥はおりません。
だからと言ってだらけていてはいけません。ちゃんと定時に教室に集まって、三種混合の練習をいたしましょう。
指先から流す気の乱れもなく、中級体力回復薬などが作られて行きます。
全員の能力が上がっているので、予想以上に材料の消費が早いです。
普通は材料を買うか自分で採集するので、そちらにお金や時間が掛かるのです。
合同懇親会から五日目の授業後に、オリヴィエラ先生がおっしゃいました。
「また、採集キャンプをお願いできるとよいのですが」
「実は、祖父が来たがっております」
ワイバーンをねだる親戚は五月蝿いわ、お祖母様は冷たいわで、家に居たくないのです。
「それは、好都合ですね。いつからお願い出来ますか」
「こちらの都合次第だと思います」
みんなも明日でも行けるとの返事です。
基礎能力が上がれば製薬が安定しますし、体力が上がっているので森の探索も苦ではなく、美味しい物が食べられるので、一日中座って製薬をしているより連れ回しの方が楽しいようです。
夕食後に製薬もするので、法薬師になる修行もしないわけでもありません。
今から都屋敷に行くと向こうで夕食になって、泊まって行きなさいとビスケを取られてしまうので、明日の朝に行くことにしました。
ビスケは大きなカゴに柔らかい敷物をして寝かせています。
朝起きて二足立ちして、モコモコの棒を差し出し「ぴゅう」と鳴かれると、抱き上げずにはいられません。
ご飯の時は膝の上に乗せます。飛ぶのもわたくしの方が速いので、前に抱き抱えてしまいます。
改めて考えると、両手を使わなければならない時以外は抱いていますね。
こうなったのも、お祖母様とお祖父様が隙あらば連れて行こうとするからです。
問題の都屋敷に到着です。お祖父様にお願いだけしてさっさと帰りたいのですが、門前に騎士がたくさんいます。
振り向いた騎士に声を掛けられました。
「おう、アンジー、よいところに」
第三師団副長の、お父様の下のお姉様フロリアーナ伯母様です。
「なにでございましょう」
「父上にワイバーンを分けて下さるようにお願いしてくれ。毎日姉上と交代でねだりに来ているのだが、なかなかに下さらない。そなたの頼みなら聞いて下さるだろう。この頃は見ての通り入れても下さらない」
たしか、漢字で書くとねだるとゆするは同じだったと思います。
「わたくしも、お願いに来たのです」
「そなたとそのウサギは囮をして、分け前が余分にあるのではないか?」
「この子の名はビスケです。覚えて下さい。わたくしはワイバーンジャーキーをねだりに来たわけではありません。騎士団はそんなことをしていてよいのですか」
「母上がポルトパロ湖周辺の掃討をして下さったから、取り敢えずは危険な魔獣がおらん。団員の士気を高めるドラゴンの心臓と肉、上位の装備の材料の革を手に入れるのは重要な仕事だ」
お祖母様の連れ回しが妙な形でお祖父様を追い詰めていますね。
わたくしが一匹頂いたのを知られると何されるか判りませんわ。
いらないところは売ったのですが、革と角、爪、心臓、レバーペースト、肉は全部ジャーキーにしてコンテナに入っています。
一番大きいのを頂いたので三トン弱ありますわ。大刀鹿二匹獲ったら入りません。
「お仕事ご苦労様にございます。わたくしも学園のことでお願いにまいりました。通して頂けますか」
騎士団がざざっと割れて、わたくしは顔パスで入ります。
なにか言っていますね。ビスケの耳を借りましょう。
「どなたでございますか」
「ガラハッドの長子アンジェリーヌだ。顔は覚えたな。出会ったらともかく声は掛けろ。大刀鹿を一人で倒す子だ、損にはならん。まったく、フォレスティエを名乗ると金を持っていると思われて叶わん。裕福なのは本家だけなのだが」
お父様の代になって伯母様も本家の娘から分家の家長になられて、ご苦労されておられるのですね。
しかし、わたくしの顔が第三師団員に知られてしまいましたわ。うざいことになりそうで、いや。
騎士は貧乏貴族の子弟が実力で一代爵位を得ようとする者が多いので、大概貧乏なのですわ。
とりあえずお祖父様にお願いしてさっさと帰りましょう。
さっさと帰りたいのでビスケをお祖母様にお渡ししたくなかったのですが、お祖父様が「頼むわ」としか見えない情けないお顔をされたので、仕方なくお渡ししました。
お願いに来たわけですし。
「わしなら今からでもええぞ、行くか。夕餉までに着いて、明日朝出ればオートプリンシペまで行けるわい。ポルトパロ湖の周りは婆さんが獲り尽くしてしもうたじゃろ」
お祖父様、よほどおうちに居たくないのですね。
「オートプリンシペなら、私も行きますよ。もう森の中で勉強は必要なくて、出来るだけ強い魔獣の気を浴びさせて、良い薬草が採れればいいのでしょ」
「そうじゃな、婆さんが一緒ならかなり奥まで行けるじゃろ。車を帰さずに、街道を登ってトレファルコの曲がりから入った方がよいか」
「ええ、それがいいでしょ」
お祖母様と居たくないのではなくて、ご機嫌を取る必要があるのですね。
なんとかお祖母様からビスケを取り返して帰ろうとしたら、門前にお祖父様がいらゃっしゃいました。
騎士団がざざっと並んでご挨拶です。
「まだおったのか。みっともないから入れ」
「はっ」
お祖父様にお答えになったあと、フロリアーナ伯母様がわたくしに頷かれます。いえ、わたくしなにもしておりません。
「婆さんに言うてあるで、心臓とジャーキーを受け取って帰れ。わしら二人ともしばらく留守にするで。わし、小姉ちゃんの処に行くで。お前らにやって小姉ちゃんにやらなかったら、何されるか判らんで」
騎士団大盛り上がりです。
この時は、なんだかんだ言っても娘が可愛いのでしょうとしか思わなかったのです。
お祖父様と深謀遠慮を結び付けるのは、難しいでしょ。
オートプリンシペの奥まで行くので、ジュリアナ様のご両親もお誘いしました。
街道から直ぐに中位危険区域になるトレファルコの曲がりと呼ばれている西に大きくカーブしている所まで車で行って、足早に上位危険区域に入りました。
お祖母様がビスケを抱えて大刀鹿を追い回し、半殺しにしてわたくし達の側まで追い立てて来てから止めを差されます。
断末魔の衝撃波すら、ビスケを抱えたまま片手で打ち消されます。
後頭部に衝打を受けた鹿の目玉が血飛沫に押し出されるように飛び出したり、耳や鼻、口からも血が吹き出すのですが、大きくて美味しそうですねなどの感想しか聞こえません。
製薬の材料にはもっとグロいのや気持ちの悪いのがたくさんあるので、こんなものに怯んでいたら一人前の法薬師にはなれないのです。
倍脚カマキリは後ろからだと追い付けないので、お祖父様が追い役でお祖母様が倒されます。
逃げようとするカマキリを、ホーミングウサギミサイルが阻止します。
接待ハンティングですね。
美味しい上位魔獣は獲れるわ、上級素材は手に入るわでみんな満足のはずなのですが、夕食後にビスケをよしよししていらっしゃるお祖母様を横目で見ながら、お祖父様が済まなそうにおっしゃいました。
「のう、アンジー、けして危険な目には遭わさんから、子供達を帰したらもう少し奥の魔獣を獲るのにビスケを貸してくれんか。やはり、ドラゴン一匹倒させんと、婆さんの機嫌が直らんのじゃ」
「この辺りで獲れそうなドラゴンと言えば、グランドロックでございますか」
王都近辺の魔獣は学園の図書館で調べられるので知っております。
オーバーキリンサイズの凶悪ドードーですが、羽根は申し訳程度で、全身堅い鱗に覆われたドラゴンなのです。
「そうじゃ。わしや婆さんだと、一撃で動けんように出来んと逃げてしまうんじゃ」
逃げられる心配なのですか。
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