第20話 ちょっと留守にしたら色々変わってしまいましたわ

 外壁の北門で茜の短剣を受け取ると、エドモン様に渡す相手が決まっているか聞かれました。

 スピナカステロのオルトレディエトロ商会の娘でございますとお答えすると、風属性に親和性があるかとさらにおっしゃいます。

 魔導師にしては動きが敏捷ですが、得意な属性は判りません。

 判りませんとお答えすると、ならわしもいっしょに行くとおっしゃいました。


 萎びていた時からごいっしょして、お祖父様のお友だちで似たような生き物、みたいに思ってしまっていたのですが、王室顧問団長閣下なのです。

 白の大賢者様ですよ。魔導学園の初等科なんか連れて行ったらダメです。


 ジュリアナ様のご両親、お祖父様エドモン様も乗っている蒸気自動車が学園に着きました。

 門の外でみんなが出迎えてくれます。お祖母様、スケさんカクさん、猫カルテット、ロクサーヌパーティーもいます。

 入学式に一度だけ拝見した、学園長先生もいらっしゃいます。エドモン様の次子なのでした。

 車を下りた途端に、ジュリアナ様に抱きつかれました。


「なんと、お礼を、申し上げてよいやら」

「ええ、ええ」


 二人とも言葉が出なくなって泣いてしまいます。

 級友のみんなも、もらい泣きです。女の子ですもの。


「さあ、中で、ゆっくり話しましょう」


 お祖母様に促されて中央校舎に入ります。

 学園長先生が、お祖父様の後ろに隠れていたエドモン様を見付けられました。


「お父様、お城にお帰りになられなくてよいのですか」

「わし、することがあるで。それに、今日まで休みじゃもん」


 お祖父様の古いお友達で似たような生き物、と言う見方は間違っていないようです。

 入学式が行われた講堂で、学園長先生がクリスティーナ様に霊晶水抽出成功のお祝いを述べられ、クリスティーナ様から級友に霊晶水とワイバーンの胆汁入り霊晶水が送られました。

 それからわたくしがビーチェに法眼珠のティアラを、ファビアに茜の短剣をあげたのですが、お土産と言うレベルのものではなかったのです。


 法眼珠のティアラはまだ、ましでした。

 泣いていても前が見える、とか、ビーチェは眼鏡を外すと美少女に変身するタイプだった、程度です。

 茜の短剣は譲渡の儀式をして持ち主を固定すると、風系の能力を補助してくれる魔装具となるものでした。

 音も風扱いで、詠唱全般がやり易くなるのだそうです。


 大角鷲を倒したわたくしは茜の短剣が造られた時点で持ち主認定されているのですが、詠唱魔法が使えないので持っていても意味がありません。

 あげてしまうのは正解なのですが。

 白爺は当然のこと、赤爺も知っていたのですが、わたくしに錬金術系の知識がないので、知った時に驚くのが面白いから黙っていたのです。

 孫をからかいたい年頃なのですわ。しょうもない。

 最初にわたくしに茜の短剣の説明をして下さった王太子殿下も、ご存知ではないはずがございません。


 ジュリアナ様のご両親がお帰りになる時、なぜか居座ろうとした赤爺と白爺をお祖母様と学園長先生が追い返されました。

 赤爺に連れられてスケさんカクさんも帰ります。

 ファビアが残念そうです。どちらかに気があるのでしょうか。

 わたくしのいない間に話す機会があったのでしょう。


 女の子だけで法薬師科の校舎に移って、みんなに普通のお土産を渡しましょう。

 まず、モアの焼き鳥とガラスープです。

 いつものようにビーチェとファビアが先頭になって、てきぱきと仕度が整って行きます。

 でも、なにか変。そう、みんな作務衣なのですよ。

 採集に行って来たにしても、学園に帰って来たら着替えていたはず。

 顔だけは勇者パーティーの天才ロリ魔導師みたいになってしまったビーチェに聞いてみましょう。


「あなた達、それ、普段着にしてるの?」

「はい、動き易いですし、お師匠様にお稽古をして頂く時も着替える時間が無駄になりません」


 十日前まで文学少女だった級友がみんな、家でもジャージの体育会系になってしまっていました。


「お師匠様って?」

「私よ」


 お祖母様がお答えになります。


「みんなに教えているのよ。法薬師が舞闘術に向いているのはあなたが良く知っているでしょ。飛べるファミリアが欲しいのですって」


 もっと丸顔だったはずなのに、眼鏡外しただけで顔の輪郭まで変わるのはおかしいと思ったのですわ。


「たった十日で顔の形が変わっていますよ。どのような修行をさせているのですか」

「スケとカクが弱らせた蜂に止めを差させているだけだけど、実戦の緊張感に勝る修行はないわ」

「刺されたらどうするのですか」

「この子達、みんな自分で毒消し作れるでしょ」


 お祖母様はお祖父様と並べておくと常識人に見えますが、どこか天然で加減の出来ないところがおありなのです。

 ようするに中位貴族の一人娘なのです。

 娘に勝てる男しか婿にしないとおっしゃった曾お祖父様は、子離れ出来ない人みたいに言われていますが、正しかったと思います。

 お祖父様じゃなかったら、何かの拍子に死んでますよ。

 仕度が出来て座ろうとしたら、ビスケをお祖母様に連れて行かれました。

 ビスケの分のお皿も持って行かれます。


「ビスケがいればワイバーンはいくらでも来るのね」

「はい、ウサギに目の前を飛び回られると、頭に血が上って見境がつかなくなるようです。三匹以降はビスケの能力が上がり、追い付かれる心配もなくなりました」

「それなら、今度は私も連れて行ってもらえるわね」


 そんなに詰めて行く所じゃありません。


「まずは、法薬士試験を受けたいのですが」

「あなたはいつでもいいでしょ。みんなもがんばったのよ。ねえ、先生」


  オリヴィエラ先生もトーガではなく、古墳戦士風の衣装です。


「あと十日、製薬の実習をみっちりやって、来月早々に法薬士試験を受けてみたらどうかと思っているのです」

「それで大丈夫なのですか。みんな、なにしてたんですか」


 先生に伺ったのですがお祖母様がお答えになります。


「あなたの代わりが私だと、ドードーが寄って来ないのよ。だから稼がせる為にポルトパロ湖の周りで採集しただけよ。白オオサンショウウオも獲ったけど」

「亜竜ではありませんか。そんな危ない物が出るところまで連れて行ったのですか」

「ワイバーンは竜でしょ」


 かなり根に持っていらっしゃいますね。いっしょに住んでなくてよかった。


「三ヶ月以内に受けるつもりだったんでしょ。来月早々受けたら、二ヶ月近く予定が空くわね」


 最初からそれが狙いの連れ回しでしたね。


「スピナカステロ領で湧き口を見付けるお約束をしております。法薬師の試験用の材料を採集するためにも、あちらに伺いたいと思っております」

 

 都にいて二ヶ月近く暇にしていたら、誰になに頼まれるか、判ったもんじゃありませんわ。

 やる事が判っている所に逃げましょう。


 食事会のあと、ビーチェとファビアに連れられて、スピナカステロ侯爵家継嗣ジュリエッタ様に引き合わされました。

 ジュリエッタ様も王太子殿下と同じ十七歳です。

 あちらもいきなり来られても困るでしょうし、全員合格出来たらお祝いもしたいので、伺うのは再来月にお願いしました。

 これで二ヶ月が潰れます。

 ビーチェが眼鏡を掛けていないのにジュリエッタ様が気付かれて、目立たないように前髪で隠した法眼珠のティアラの事をお話しすると、過分な物を頂きまして、くらいだったのですが、ファビアが茜の短剣をお見せすると、大騒ぎになりました。

 王太子殿下が、お祖父様のように悪い笑いをなさっているのが目に浮かびます。

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