第19話 おうちに帰りたいのですわ
大角鷲の肝臓は、エドモン様に差し上げました。
一部の食通の間では珍味とされているのだそうです。
猛禽類の肝臓って、ゲテモノとしか思えませんが。
上機嫌で法眼珠のティアラを造って下さいました。
誰にでも使えるので試着してみたら、遠近両用双眼鏡でした。
単眼なのにちゃんと立体視です。
どのくらいとは言えませんが、かなり遠くまで見えます。
近くは最大倍率五倍の虫眼鏡でしょうか。
耳も集中すると食堂の端にいる人の話が聞こえてしまいます。
視力聴力の強度も意識で調節できるので、常時見えすぎ聞こえすぎで違和感があったりはしません。
茜の短剣は、王宮の御用鍛冶に造らせて欲しいと王太子殿下にお願いされました。
鍛冶屋の経験値になるそうです。
また、鍛冶屋はこの鳥の心臓を食べたがるそうなので、差し上げました。
鷲は先に王都に送り、帰ったら外壁の門で受け取れるようにして下さるそうです。
難なく今日も三匹のワイバーンが獲れ、麓の砦に戻ってまいりました。
一度に六匹ものワイバーンを持ち込まれて、かなり迷惑しているようです。
普通の肉は辛いので処理して干し肉にするのですが、心臓は血抜きだけで食べられます。
ドラゴンの心臓で戦士系が盛り上がっています。
王太子殿下のテンションがお祖父様といっしょです。
まだ四日でございます。帰るのに一日使うにしても、後五日何かしなければなりません。
「余の望みは叶った。残る日はアンジェリーヌ、そなたの望むことをしよう」
丸投げでございますか。わたくし、なにかしたくてお供している訳ではございません。
二番目に偉い方にパスしてしまうのが安全ですわ。
「特にございませんのですが、クリスティーナ様はいかがでございますか」
フェロモンの問題が解決した後、お二人から直接お礼を言われ、お名前でお呼びするようになったのです。
「ありがとう、アンジェリーヌ。わたくし、セッテピエラの洞窟に行きたい。一緒に、来てくれるのね」
やってしまいましたわ。あそこの事を知らないはずのないわたくしが、承知でお話を振ったと思われてしまうのでしょう。
「はい、お供いたします」
「おお、姉上、霊晶水の抽出をなさいますか」
セッテピエラの洞窟の奥の霊水晶と呼ばれている鍾乳石状の石から、液化した霊気を抽出出来るのが大法薬師の条件の一つなのです。
全ての薬を実際に作らないと大法薬師は名乗れませんが、霊晶水の抽出が出来れば能力的には大法薬師とみなされます。
「カモミッラが来てくれ、六匹ものワイバーンの生命力を浴び、アンジェリーヌが共に行ってくれる。これ以上の条件が揃う事はないでしょう」
「姉上が大法薬師の実力をお示しになれば、公共の場でも姉上とお呼びして憚る事がなくなります。礼を言うぞアンジェリーヌ」
「あの、わたくし、なにもしておりませんが」
「うむ。礼は姉上が霊晶水を抽出されてから改めてしよう」
これ、どこかで逆転して、なにやっても悪く取られて、どう動いても事態が悪化するのでしょうね。
しっかり準備をして、未踏破域に近いセッテピエラの洞窟に向かいます。
一泊野宿をしなければなりませんが、エドモン様が防護結界を張って下さるので、安心して眠れます。
普段からエドモン様を連れて歩けばよさそうなものですが、今回はジェルソミーナがいるのでこんな奥地まで連れて来れたのです。
今回は少数精鋭で、山羊のいない取り巻きは最初から連れて来ておりません。
こちらの最弱のカルロータ様と叔母様をこっそり持って行こうとする、五メートルくらいの大イタチを中心とした中型の魔獣もおりますが、トロペディニフォロメスとノイチェエグアに蹄で蹴られて、ギュスターヴ殿下やオディロンに槍でザクザクされてしまいます。
ワイバーン六匹で二人とも急に強くなりました。
毛皮がそれなりに売れるらしいので、オディロンが持って帰るようです。
セッテピエラの洞窟の中にも魔獣はおりますが、横から襲われる心配がないので、お祖父様が先頭で蹴散らされ、粛々と進みます。
入学の際にお母様から頂いた物の中にここの地図があったので、迷うことなく霊水晶の間に到着致しました。
天井から長く垂れ下がった霊水晶は石灰岩ではなく、正体不明の半透明の白い岩です。
水は滴っておりません。
座った姿勢で触れるように、階段の付いた椅子が設置してあります。
クリスティーナ様が座られ、霊水晶の先端の下に硫酸瓶サイズのガラス瓶が置かれました。
両手で霊水晶を持たれて、意識を集中するために俯かれます。
霊水晶の先からぽたりと雫が落ち、ぽたぽたから切れ目のない細い水流になります。
瓶がいっぱいになりそうになったら、コップで受けている間に取り替えます。
霊気が結晶化するのですから液化しても何の不思議もないのですが、ここでしか液状の霊気は作れません。
「もう、だめ、眠いわ」
クリスティーナ様が霊水晶から手を離されるまでに、ガラス瓶三本半の霊晶水が溜まりました。
一日に出せる量は個人差がありますが決まっていて、霊力や体力を回復しても限界に来ると眠くなってしまいます。一度出したら三十日以上休まないと出る量が少なくなり早く眠くなると言われています。
無理をしても採れる量は同じか少なくなるようです。
眠れるように敷物を敷いたカモミッラの背中にクリスティーナ様を固定して、洞窟を出ます。
洞窟で一泊する選択肢もあるのですが、それだと砦の手前でもう一度野宿をしなければならなず、今回は早く帰る方をクリスティーナ様が選択されました。
クリスティーナ様の王族放棄にはご本人、王太子殿下、ジャコモ様、お祖父様、エドモン様、それぞれ色々な思いがおありのようで、言葉少なに麓の砦に戻りました。
夕食後に明日の相談です。
いつも通り、王太子殿下のご希望が実現可能かどうかの検討なのですが。
「一日余裕を見て明日はエテルニータに戻る訳だが、赤爺がおるのだ。飛べる者だけで森を突っ切っては不味いか。カルロータ、なにかおるか」
「麓の森には、モアがおります」
カルロータ様が、引き気味におっしゃいます。
キリンサイズの凶悪ダチョウとかでしょうか。
「ありゃ、旨いのですが、捕らえるのは無理ですな。足が速いで、婆さんでも逃げられます」
お祖父様、そこじゃないと思います。
「カルロータは、危ないと言いたかったのであろう。獲れぬのになぜ旨いと言える」
「ガラハッドが嫁とこちらに伺うと獲って来ますじゃ。マリカを囮にしてドンブロヤージの索敵能力……」
王太子殿下とお祖父様がお顔を見合わせて、悪い笑い顔をされました。
「ぴゅいっ!」
なに? ビスケ、余計なことは言わなくていいのよ。
「索敵能力はウサギの方が上か?」
「ぴゅい」
「ビスケを持って探せば後ろに回り込めましょう。仕留め損なっても、王太子殿下の方に追い込めますわい」
飛べる者だけを選んだ結果、近衛兵以外はジャコモ様を除いて全員王家の血族です。
この面子で狩りしちゃだめでしょう。止め役がジャコモ様一人です。
クリスティーナ様は王太子殿下のお姉様です。
わたくしも脳筋一族の長子の自覚はありますわ。
お祖父様はお父様より敏捷性が僅かに落ちるので、攻撃範囲に入る前にモアに気付かれて逃げられてしまいます。
二匹の山羊の索敵能力でモアを補足、前面に展開いたします。
ビスケを抱えたお祖父様に追われて、モアが逃げてまいります。真正面に立って轢き逃げされないように、全員木の上から射程に入り次第百間突きです。
怯んだところにエンテュジアズモとカモミッラの蹄からの衝打。追いついたお祖父様が後ろから突いて仕留められました。
「これなら、あと三羽は獲れるぞ。ウサギ、頼むぞ」
「ぴゅい!」
王太子殿下がビスケをよしよしされます。触られても平気なのですね。
名前を呼んで下さらないのは、なぜなのでしょう。
モアはキリンサイズの凶悪ダチョウではなく、鳥の振りをしたティラノサウルスでした。
普段は常識人でも大物が獲れたら戦士系はテンションが上がります。
ジャコモ様も止め役とはならず、日が暮れるまでに街道に出ればよいとの王太子殿下のお言葉に逆らう者はなく、結局さらに四羽のモアが獲れました。
夕食ギリギリにエテルニータに着いて、王太子殿下とお祖父様はカルロータ様とエドモン様にひどく怒られました。
お祖父様に抱えられたままのビスケもいっしょに怒られています。
わたくしたちは王太子殿下のお供をしただけです。お言葉に逆らえるわけがありません。
翌日はエテルニータ近郊の森で狩りと採集をしました。
ビスケを抱えたお祖父様が森の中を飛び回って獲物を追い立て、王太子殿下とクリスティーナ様を含めた脳筋戦士集団が虐殺します。
お供の近衛兵もカルロータ様の領兵も、元々選抜された精鋭がワイバーン六匹で底上げされて、普通の上位危険区域の魔獣はただの獲物です。
今日は護衛を労うために、獲ったら獲り得で個人収入です。
「どうせ明日は一日車に乗っているだけだ。夕餉までに宿に帰ればよい」
王太子殿下のお言葉には誰も逆らえませんわよ。
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