第18話 わたくしのせいではありませんわ

 初日で山羊が余分に見付かってしまったため、夕食後、明日からどうするかの相談になりました。

 誰に聞かれても困らないので食堂で行われました。


「今日一日ワイバーンに襲われなかったのは幸いではあるが、妙でもあるな」


 大物狩りの専門家のお祖父様に視線が集まります。


「エドモンの心話の叫びのせいではありませんかな。一晩経てば忘れて、明日は狩れましょう」


 この世界のワイバーンは鳥の一種なのでしょうか。鴨のことがありますから、そうなのかもしれません。


「では、明日はワイバーン狩りでよいな。白爺は先に帰るか?」

「狩りのお役には立ちませんが、十日お休みを頂いておりますで、まだ本調子ではございませんので、魔獣の霊気を浴びさせて下され」

「うむ。早く元通り元気になってくれ。 カルロータはどうする。赤爺なら狩りの危険はない。乗騎があればワイバーンの巣近くまで行くのは容易い」

「お供させて頂きたいと存じます。ワイバーン一匹の生命力は、一年分の修行にも匹敵する由に御座いますので」


 魔導師は基礎能力が高くて困ることはないので、パワーレベリングでかまわないのですね。

 分裂解散した『チーム山羊が欲しい』は『チーム山羊のマスター』となって再結成されたようです。


 登山口から自動車で行ける西側限界の真ん中辺りで南に向かい、行ける所まで行きます。

 その後、岩がむき出しで人が二人並べる幅の山道を登るのですが、道幅は安全でも遮蔽物が何もないので飛行型の魔獣が襲ってまいります。

 取り巻き組に戦闘力がないのが判るらしく、ハゲタカのようにわたくしたちの周りを舞って隙をみてお持ち帰りしようと狙っていますよ。


「赤爺、あの青い鷹が欲しい」


 王太子殿下が指差された鳥に向かって、お祖父様が百間突きをされます。

 直撃しなくとも、お祖父様の百間突きは超音速で衝撃波が出るのです。

 煽られて落ちて来た鷹を、エンテュジアズモに跨られた王太子殿下が、波紋鋼の短槍で止めを差されて回収されます。

 王太子殿下、魔導師でしたわよね。


「母上に良い土産が出来た」

「陛下は青いものがお好きですからな」


 カルロータ様の領兵が何か言っています。


「ブルーガストが」

「ハエでも落とすように」


 国王陛下へのお土産になるくらいなので、そこそこの魔獣だったのでしょう。

 残りの禿げていないハゲタカ共が逃げてしまいました。

 安全になった山道を一時間近く歩いて、かなり大きな岩場の手前に造られた、狩り小屋と呼ばれている石造りの頑丈な平たい砦に到着です。

 トーチカと言った方が合いますわね。


 この世界のワイバーンは、前足がコウモリ的な羽根になったワニの胴体に、髪の毛代わりの短い角が生えたワニガメの頭を付けたものでした。

 翼じゃなくて羽根ですよ、どうみても。

 ワイバーンローブとかあると思っていたのですが、量的にビキニアーマーの材料にしかなりませんわね。

 飛竜と呼ぶには羽根が短すぎ、ワニにしては足が長いので妙にバランスが悪いです。

 山脈の南端、海に突き出た岩壁に巣を造り、森のある北や東に狩りに来るのです。

 海中の獲物も獲ります。ワニの体カメの頭なので泳げます。


 お祖父様が怒赤竜の鎧と紅蓮槍を装備されて、お一人で外に出られました。

 一番近くを飛んでいる一匹に向かって飛んで行かれます。

 自分が狙われたのに気付いた竜種最弱は、カメの口から衝撃波を吐きます。

 一応ドラゴンロアですね。

 お祖父様は紅蓮槍で打ち消されますが、やられた振りをして落ちながら岩場に誘導されます。

 海に落ちないところに来たら、急上昇して上を取り、背中に垂直落下式百間突き。

 衝撃が貫通してワニのお腹が裂け、岩場に墜落しました。

 この岩場かなり丈夫です。


「のりゃああ!」


 裂帛の気合と共に尻尾の付け根にもう一撃。これで尻尾も足も動かなくなりました。

 後は首筋に止めを差すだけです。

 岩場なのであまり虫も湧かず、みんなでぞろぞろとお祖父様を称えに出ます。

 まず、王太子殿下のお言葉です。


「見事だ、赤爺、見事としか言いようがない」

「お褒めに預かり恐縮ですが、初撃が貫通してしまいましたで革がちと痛みましたわ。最近のワイバーンは図体ばかりでヤワですわい」


 お祖父様、毎日わたくしを上位危険区域にお連れ下さったのをお忘れですか。

 スケさんカクさんが倒した分もお祖父様の経験値になっていますし、たまにお祖父様に向かってきた無鉄砲な魔獣もおりましたでしょう。

 エドモン様が王太子殿下の横に並ばれます。


「なに言うておる。ドラゴンは大きければ強いのは承知じゃろうが。アルが以前より強くなったんじゃ。ま、話は後でよい、頭割ってみんか」


 エドモン様完全復活されたようです。でも、なんですか頭を割るって。

 お祖父様がワイバーンのカメ頭に穂先を当てて、小さく気合を入れられて滑らせました。

 頭蓋骨が割れたようです。椰子の実を素手で割る人的にメリメリと引き裂かれます。


「お、あった」


 脳ミソの中から、ウズラの卵より一回り大きな翡翠色の玉を取り出されました。


「身はわしのコンテナにしまってよいか? 内臓取り出しの指示があるで」

「おう、頼む」


 ワイバーンがエドモン様のコンテナにしまわれると、王太子殿下がお祖父様が太い指で摘まれている翡翠色の卵をご覧になられます。


「アンジェリーヌがおると、これも出るか」


 これ、わたくし関係ないでしょ。


「なにでございましょう?」

「錬金術系の知識はないのか。竜珠だ。稀に竜の脳内に宝石様の寄生生物が生まれてしまうのだ。心話力があり、いずれ竜の意識を乗っ取ると言われている。自意識を封印してジュエルゴーレム化し、装備品に仕立て視力と聴力の補いにする。法眼珠と呼ばれておる。白爺ならわけなく造れるであろう」


 エドモン様がお祖父様に手を差し出されて、竜珠を受け取られます。


「アル、台座を持っとるか」

「波紋鋼のティアラならあるが」


 お祖父様が真ん中に穴の開いたティアラを取り出されて、エドモン様に渡されました。


「ふむ。アンジェリーヌの知り合いに、それなりの身分で視力聴力に問題のある者はおるかの」

「同級生に、眼鏡を掛けている者がおります。アクアポルタ郡代の娘でございます」

「そのくらいの身分なら奪われはせんじゃろ。明日の朝までには造っておくで。土産にしなさい」

「奪われることがあるのですか」

「珠の自我を完全に封印せんと危険なんでな、特定の人間用には出来んのじゃ。視力聴力とも普通の人間よりだいぶ良くなるで、欲しがる者はいくらでもおるんじゃ。このティアラなら防具にしか見えんから、知らんもんには判らんじゃろうが」


 大丈夫なんでしょうか、そんなのあげて。白い象みたいなことにならないといいけど。

 ワイバーンを倒されたのも台座のティアラもお祖父様の物なのに、わたくしの物に決まってしまっていますよ。


「赤爺と白爺が一緒におったら、人攫い鷲も寄って来んな。一度入るか」


 王太子殿下のお言葉で、全員一旦狩り小屋に入ります。


「今日はもうワイバーンは寄って来んな。シルヴァーナやカルロータ達を囮にして、鷹や鷲を狩るか」


 これはいじめではなく、級友に寄って来るドードーを獲るのと一緒です。


「ビスケに囮をやらせてみてはいかがでしょうか」

「頭突きウサギは弱く見せて襲ってきた者を倒すのだったな。そなたのウサギならば、大角鷲にも負けまい」


 名前は覚えて下さらないのではなく、おっしゃりたくないのですね。

 王太子殿下はご幼少のみぎりに、ウサギに咬まれたり頭突きされたりしたのでしょうか。


 ともかく、ビスケを一人で出してみます。

 猛禽類からみれば、とても美味しそうなのではないでしょうか。

 オウギワシを三倍くらいにして頭の羽を角に変えたのが来ました。

 角が大きいのではなく、角の生えた大きな鷲です。

 こっちのほうがワイバーンでいいように思えます。


 翼をたたんで、ティラノサウルスの前足より大きそうな両足で文字通り鷲掴みに来ました。

 ビスケは垂直上昇。わたくしも出ます。

 鷲はビスケを見失って着地し、わたくしを見ます。その背中にラビットキック!

 転がったところにモコモコの棒の先で首筋に地獄突きです。


「グゲッ」

「ビスケ、離れて!」


 断末魔の一撃が怖いので、わたくしの百間突きで止めです。

 狩り小屋に戻ると、お祖父様がまた悪い笑いをなさっています。

 カルロータ様以下シニストラカペロ勢は、この暑いのに凍り付いています。

 オディロンはなに愛想笑いしてるの。

 ギュスターヴ様、いくらお望み下さっても、貴方様の妻にはなれません。

 王太子殿下がお声をお掛け下さいました。


「本当に獲りおった。ウサギだけで勝てたろう」

「はい、でも、断末魔の一撃で怪我をさせたくありませんでしたので」

「うむ。ファミリアは愛しまねばならぬ。しかし、大角鷲が来るか。来るのだろうな、アンジェリーヌならば」

 

 たまたまでございますよ。


「さほど、強くはありませんでしたが」

「うむ、ワイバーンより強くはないが、珍しいのだ。爪が茜色のトパーズのようでな、珍重されておる」


 十本の爪を一つに練成して、茜の短剣と言う飾り刀になるそうです。

 ファビアが好きな色でしたわ。お土産にしましょう。


 もうビスケを囮にしても鷲も鷹も寄って来なくなったので、ビスケを持ってワイバーンの方に飛んで行き、離れている一匹にウサギミサイルを発射してみました。

 追いかけて来るので反転して逃げましょう。

 半分落ちているような飛び方なので、追いつかれずに岩場に誘導出来ました。

 お祖父様が下から飛び掛り、わたくしたちは狩り小屋の後ろに逃げます。

 ワイバーンではなく、お祖父様の攻撃の余波を避けるためです。


 二匹目のワイバーンが獲れて、王太子殿下のテンションが上がりっぱなしです。


「時間的には、帰らなければもう一匹獲れるな。赤爺、やれるか」

「お任せ下され」

「アンジェリーヌ、そなたとウサギはどうだ」

「大丈夫でございます」

「ぴゅいっ!」

「十トンコンテナは余と爺二人、男爵とカルロータか。姉上は?」

「五トンで御座います。採集用ですので」


 お祖父様がご存知なので、隠しておく訳にもまいりません。


「小臣が十トンでございます」

「おお、アンジェリーヌ。なれば明日更に三匹獲ってから帰ろう」

 

 ワイバーン狩りは一匹獲れたら周りの鷲鷹を狩りながら帰るものだと、学園に帰ってから聞きました。

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