第16話 破滅フラグはいくらでもあるのですわ
夕暮れになる前に探索ツアー一行を乗せた車列は、シニストラカペロ侯爵領内の高級宿泊施設エテルニータに到着致しました。
長年の悩みが消えたジュリアナ様のお母様クリスティーナ様は、ジュリアナ様のお母様とは思えない明るい方でした。
王太子殿下のお姉様ですものね。
「カモミッラに舞闘術を転写して頂ければ、わたくしも戦力になれます。夫と二人でも上位危険区域で採集も出来ましょう、有り難いことですわ」
山羊の名前は、覚え易くてよろしいかと存じます。
来なかったら、どうしましょう。山より大きな狸は出ないのです。
なにか、違いますかしら。
でもまだ、明るい方は救いがあります。
エドモン様は車を降りるなり、スカトララディチェ山に向かって叫ばれました。
「ジェルソミーナ~、待ってておくれよ~、明日迎えに行くでな~」
言い易い名前ですが、なぜか海岸で泣き伏してしまいそうに思えます。
ジェルソミーナは香りの良い白い花の名ですが。山羊が茶色かったらどうするんでしょう。
何色でも山羊が出てくればいいのですけど。
夕食の後は特にすることもないので、子供は寝ます。
お祖父様が素直にビスケを返して下さいました。
王太子殿下に怒られたようです。
何か、悪い相談をするのでしょう。幽体分離で立ち聞きです。
触っていれば、ビスケの幽体とも感覚共有が出来るのですよ。
多分お母様でもビスケの気配は感じ取れないでしょう。
お祖父様の後をつけます。集合場所は王太子殿下のロイヤルスイートです。
呼ばれた面子はお祖父様、シルヴァーナ叔母様、ギュスターヴ殿下、オディロンでした。
引き合わされた時に、叔母様は心話力を買われて王太子殿下の取り巻きになれたと伺いました。
盗聴防止装置ですわね。ビスケの隠密力と勝負ですわ。
頭突きウサギは能力で霊気を小さく見せられるのです。
「心話での盗聴はシルヴァーナが防げるが、ウサギが、扉の外で立ち聞きしていないだろうな」
「廊下は近衛兵が見張っておりますじゃろ。いくらビスケの耳でも階段の下からこの中の音は聞こえますまい」
「赤爺の孫はなにをするか判らん」
「なにもこそこそせんでも、あの子は物分りの悪い子ではありませんで、普通に話下せば判ってくれますじゃ」
「しかし、今でも無理に同道させているのだ。未開発地の調査資料は家督を継げない子の財産だからな。くれとは言い辛い」
「わしがついギュスターヴ殿下に、マロニエアルブルの調査資料があると余計なことを言いましたで」
「や、むしろ、これを口実に二人を娶わせてしまえんかな」
「それこそ、そんな無理をしてヘソを曲げられたらどうにもなりませんわい。ビスケがおれば歩いて他国にも行けましょう」
「それは、困るな」
実質王太子殿下とお祖父様の話し合いですね。
領地開発の利権とか、思い切り危ない話ですわね。お祖父様が味方なのが救いです。
発端もお祖父様の余計な一言のようですが。
調査資料の事はお母様から伺っていました。
ローキクール城の書庫からその資料を見つけ出されたのは、お母様なのです。
ご先祖様がいくつか領地の候補地を調査された資料がある、と伝わっていただけだったのです。
未開発地も銅イオン入りの水を撒けば開拓可能になるかもしれないので、資料の価値が変わってしまったのですね。
明日聞かれたらさっさと放棄しましょう。
翌朝、朝食の後お祖父様がギュスターヴ殿下を連れて、すまなそうに事後承諾にいらっしゃいました。
まったく無償だと子孫の代でもめる可能性もあるので、永代採集権と引き換えに放棄しました。
お祖父様がしょげてしまわれたので、車に乗るまでのつもりでビスケをお貸ししたら、そのまま持って乗られてしまい、わたくしの隣はギュスターヴ殿下になりました。
オーモコルポリ山中にある洞窟に棲むエリクサーの材料ギルタブルルを、いつか獲りに行きたいと申し上げると、前のめりに乗り気になられたのですが、異様なほどの敏捷性を持ち、ティラトーレの索敵に掛かった途端にお父様が刃翼乱舞で洞窟内を満たして仕留めたとお話しすると、また会話が途切れてしまいました。
殿下もお祖父様やお父様と同じ種類の生き物のはずですよ。いつかは槍から衝撃波をお出しになれますでしょう。
時間が惜しいので侯爵へのご挨拶は事前に済ませてあり、直接山に向かいます。
登山口はエテルニータから更に半日近く掛かりますが、スカトララディチェは頻繁に人が登るので、中腹まで車が入れる道があります。
襲ってくる魔獣を倒せればですが。
今回は戦力的には何の問題もありません。
こちらはお祖父様お一人で過剰ですし、王太子殿下は近衛兵、カルロータ様はこの山に慣れた領兵をお連れです。
蒸気自動車の音に集まってくる魔獣を、お祖父様からビスケを取り返すために殲滅しますよ。
二人で車外に出ると、横幅のあるごつい見たことのないイノシシが来ました。四本の牙も長目です。
大きさが丁度蒸気自動車と同じなので、縄張りへの侵入者とみなされましたか。
いつものようにわたくしが正面で囮になり、横に回ったビスケがイノシシの前足の上の、頚椎がありそうな部分に頭突きです。
横にずれただけでしたが、突進の勢いは殺げました。
立てなおそうとしたところにわたくしが鼻面に螺旋撃を撃ち込みます。
やるんじゃありませんでした。
たいしたダメージもなく、鼻面の上面が飛び散ってグロくなっただけでした。
ビスケの攻撃に期待しましょう。
ウサギのモコモコの棒の先には、巣穴を掘るための頑丈な爪があるのです。
穴を掘る動作を応用した高速の連続突きを、後頭部らしき所に叩き込みます。
「ぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅ!」
切れ目のない脳へのダメージで動きの止まった大きな頭を抱えるように両手で挟んで、双風貫耳っぽく八つ裂き打ち。
これでも倒れませんか。ビスケ、止めを。
「ぴゅいっ!」
高速回転フロントフリップからの足底蹴り。
踵落としではありません。ウサギの踵はこうした蹴りには向いていない位置にあります。
倒れましたね。
「ぴゅい」
イノシシの上でモコモコの棒を揚げて勝利ポーズです。
しまうから、降りて。
王太子殿下が車から降りて来られました。
「ちょっと待て。そなたが強いのは判っている、が、十日前に拾ったウサギが、なぜこれほど強い。岩イノシシだぞ」
かなり強い魔獣だったようですが、どうでもいいです。
「ファミリアが舞闘術を使えるようになった前例がございませんので、判りかねます」
「そうだ、舞闘術を使うのだな。飛べるようになると思い込んでしまっていた。そなたほどではなくとも、近いところまで行くのだろうな」
勝手に納得して下さって助かりました。
「ご明察、恐れ入ります。虫が湧きますのでお車にお戻り下さい」
王太子殿下が戻られようとしたら、今度はエドモン様がふらふら彷徨い出て来ました。
山頂を向くと、お祖父様が本気で技を使われる時のように体から風が吹きます。
近衛兵が王太子殿下の周りを固め、こちらの車からお祖父様を先頭にぞろぞろ下りてきます。
魔導師なので発動が遅いのですね。全員下り終わるまで風が吹き続け、湧いた虫が逃げて行きました。
「ジェルソミ~ナ~」
声は普通に話す程度だったのですが、頭の中に圧力が押し寄せて来ました。
凄まじい心話力です。大型レーダーの側を通って焼け死ぬ事故があるそうですが、前に居たら死んでたんじゃないでしょうか。
お祖父様がエドモン様に近付かれます。
「いきなりやるでない。お世継ぎの殿下になにかあったらどうするんじゃ」
「あ?」
今ので力を出し切ってボケちゃったんじゃないでしょうね。
ビスケの耳がぴくぴく動いています。
「なにか、聞こえるの?」
「ぴゅい」
モコモコの棒が二時の方向を指します。
お祖父様がこちらに反応されました。
「行ってみるか。アンジー、ビスケを連れて付いて来ておくれ」
お祖父様が紅蓮槍を右手に、エドモン様を左脇に抱えられます。
ビスケはまだ長くは飛べないのでわたくしが前に抱えます。
低い稜線の上で待っていたジェルソミーナは、曲がりのないねじれた象牙色の角の、長い真っ白い毛並みの山羊でした。
エドモン様は接触の後、コンテナから鞍を出されると馴れた手つきでジェルソミーナに付けられましたが、ここから乗っては戻れません。
飛行型の敵が居ないのを確認してからお祖父様は紅蓮槍を仕舞われ、ジェルソミーナを右に、エドモン様を左に抱えて飛んで車まで戻られました。
王太子殿下の御前では騎乗は出来ないので、エドモン様はジェルソミーナの首に抱きついてよしよしされ続けます。
次はご自分の番だと思っていらっしゃるのでしょう、王太子殿下ご満悦です。
「やったなアンジェリーヌ、ファミリアが増えたぞ」
王太子殿下、それ、とてもいやです。
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