第15話 攻略対象ですわ
もうどうにでもなれ、と言う事でジュリアナ様にフェロモンのお話をしました。
「匂いとも違う微細な物質が出ていて、精神に影響を及ぼすのですね」
「はい、異世界の生き物のことなので、お役に立つかは判りませんが」
ダメ元ですわね。
ニコレッタにも一度孤児院に行きたいので案内して欲しいと頼みます。
寄付だけしても子供達に届くか判りませんし、何か持って行くにしても子供が欲しい物や必要な物が判りません。
ニコレッタとビアンカの言いなりで安いお菓子を大量に買って、三人で行きました。
クッキーや干しブドウ干しアンズなどの、日持ちのするお菓子が喜ばれました。
ビスケのおかげで小さな子にも怖がられませんでしたよ。
でも、八つ裂きのお姫さまと呼ばないでね。
ロクサーヌと同世代の孤児院の卒業者はみんな、自称八つ裂きのヴィンセントの舎弟なのでした。
三日後にジュリアナ様から、フェロモンの出所を特定して封呪紋で押さえ込めたとのご報告を頂きました。
封呪紋は体にする魔法の刺青なのですが、その辺りのことはまったく判りませんわ。
他人に影響を及ぼさなくなったので、ジュリアナ様のお父様ジャコモ様も護衛として『アンジーと山羊を探しに行こうツアー』に参加されることになりました。
いまさら一人増えたからって、わたくしがどうなるものでもありませんわ。
いよいよ、その先にはオーガーしか棲まないと言われている王国最西端の地、スカトララディチェ山に出発する日がやってまいりました。
こちらの自動車にはわたくしとお祖父様とエドモン様、ジュリアナ様のご両親と護衛の者が乗る予定でございました。
ところが、出発間際に王太子殿下がおっしゃったのです。
「あと二人、そちらに乗せてくれ。そなたの普段の守護兵二人の代わりに士官学校の有望なのを二人選んだ。一人は赤爺の上の姉の曾孫、もう一人は余の甥だ」
王太子殿下の甥って、宰相殿下の継嗣の方しかいないじゃありませんか。
公爵家の継嗣とみなされて、公子殿下です。
お見合いですね、わかります。わたくし正味十二の小娘ではございませんので。
そして、選ぶわけにはいかない攻略対象なのでしょう。
わたくしの横にビスケを置いておこうとしたら、お祖父様に小脇に抱えられて連れて行かれてしまいました。
大姉ちゃんことお祖父様の上のお姉様の曾孫のオディロンは、都に着いた時に親戚として引き合わされております。
分家の曾孫のくせに本家の長子のわたくしを呼び捨てにする、躾のなっていない奴ですが。
会うといつもなんだかにやにやしています。
マカロニウエスタンの用心棒が、ちょっと砂漠に居すぎて余分に日焼けした感じです。
我が一族の端っこに引っかかっているので、それなりに見られる男です。
実は家祖の第二子の男系男子の血を継いでいて、お父様の子が全員女だったら婿候補なのです。そうなっても弟になるだけですが。
その隣に立たれたギュスターヴ殿下は、貴公子と言う言葉を立体化した方でした。
お父様より一回り小さい感じですが、まだお若いからでしょう。
ウェーブの掛かった黒髪と赤銅色の肌は王都の標準なのですが、雰囲気が高貴なのです。
霊気の質が違うのではないかしら。大柄で筋肉質なのに知的です。
エリートでミドルヘビー級のアスリートですわ。
おヘソの下がドキドキして、思わず押さえてしまいました。
子宮があるのを意識したのは初めてです。
この世界の人間は生理がなく、一種の刺激性排卵で、好きな人と長く一緒にいると妊娠可能なるのです。
霊的なバイオリズムの一致も必要なので簡単には妊娠しないのですが。
わたくしの体が、この方を配偶者として選んでしまったようです。
絶対に結ばれないのですが。
ついでですが、白爺こと王室顧問団長エドモン様は、足首までの白いトーガをお召しになり、生まれ付きの白髪に琥珀色の瞳、お母様と同じくらい白い肌のいかにも正義側の大魔導師なのですが、現在はペットロスで、魔王に負けてしまったみたいに萎びています。
ビスケをお祖父様に取られてしまったので、当然わたくしの隣はギュスターヴ殿下です。
「アンジェリーヌ殿は、将来どうなさいますか。ご自分で領地を開拓されるのでしょうか」
真面目な方なのでしょうけど、初対面の十二歳の女の子相手の話題ではありませんね。
「いえ、まだなにも決めておりません。今は山遊びの続きのような気持ちでおります。『姉』として領に残れますし、法薬師の仕事もございます。家名を捨てて冒険者にもなりたいと思うこともございます」
「フォレスティエの家名には、拘られないのですね」
はっきり判るように喜ばれます。
「はい。殿下はもう将来をお決めになっていらっしゃるのですか」
「身はフォルドデシェバルを拓かれたフランチェスコ殿下を尊敬しております。出来うればオーモコルポリ山の麓、マロニエアルブルを開拓いたしたいと思っております」
「あそこは、家祖が耕作地が少ないので諦めた場所だと聞いておりますが」
「ええ、過去にはそうでしたが、アンジェリーヌ殿のお知恵を拝借出来れば、子爵領にはなるでしょう」
開拓出来ればギュスターヴ殿下はお母様が王子なので、領地の取れ高に関係なく一代侯爵なのですけど。
「あれは、すべての土地に当てはまるとは限らないものなのです。異世界の知恵ですから」
「それも承知の上です。やってみなければ是非も判らないでしょう。マロニエアルブルは何度か開拓の試みがなされていて、道もありますし、魔獣を蹴散らせれば住むなら比較的簡単なのです」
この方、王族の中に生まれた戦士系、つまりご先祖様と同類なのですね。
お父様もお祖父様も大好きなので、優しい脳筋はいやじゃありません。
でも、最初が肝心です。脈がないと思って頂かないと。
「魔獣討伐でお手伝いが出来ますようなら、お手伝いさせて頂きたいと存じますが、あそこに住みたいとは思いません。上位の薬の材料を集めるためにも、国中を歩きたいのです」
「左様、ですか」
黙ってしまって嫌われるのもいやですわ。いきなり嫌われなくてもよいと思います。
しかし、何をお話してよいやら。
対等以上の血族以外の男の方と話す機会がこれまでなかったのも、我ながら感心しますわ。
お金を使ったことがなかったのと同じ、本物の御令嬢ですわね。
「殿下は、武器は何をお好みですか」
こちらも、十二歳の女の子が聞くことではありませんが、何も言わないよりはましだと思いまして。
「はい! 槍です。この旅の間、老子爵に直接ご教授頂けるのを楽しみにしております。貴女は何をお使いになられます?」
この話題がお好きなのではなく、話を続けられたいのでしょう。
「刃物はプッシュダガーです。衝打と同じ感覚で使えますから。百間突きが出来れば、刃物の長さはあまり関係ありませんでしょ」
「百間突きを習得するのが大変なのですが」
「わたくし、異世界の武技の知識もございまして、四歳で衝打が出来たのです」
「左様、ですか」
また話が止まってしまいましたわ。
ずっと車に乗っているのも疲れますので、時々止まって外で体を伸ばします。
ギュスターヴ殿下がお祖父様に一手ご教授下さいとおっしゃっていますね。
お祖父様、ビスケを小脇に抱えたままで片手でお相手は失礼じゃありませんか?
懐に入れられますか。放して下さいませんね。
王太子殿下がお二人をお呼びになられましたね。
わたくしは車に戻って大人しくします。
王太子殿下、お気付きになりませんね。
お祖父様の懐に幼児サイズが入っていても、違和感がないのです。
「ギュスターヴ、アンジェリーヌはそなたの嫁になってくれそうか」
「いえ、開拓は手伝って下さっても、一つ所に縛られるのはお嫌のようです」
「まあ、まだ子供だからな」
「それが、子供だからとも言えませんで。ガラハットも本気で家督を姉の子に押し付けて、冒険者になろうとしましてな」
「どうやって腰を落ち着かさせたのだ」
「一度嫁を見せに来いと呼びましてな、マリカが城を気に入ってくれて、ここに住みたいと言ってくれたので諦めましたんじゃ」
「まったく参考にならん話だな。今日会ったばかりだ。ゆるりといこう」
解散ですね。
お祖父様が懐からビスケ(わたくし)を出して、小脇に抱えられました。
「赤爺、そのウサギ、ずっと持っていたか?」
「途中から取りには行けませんわい」
王太子殿下がビスケ(わたくし)を見詰められます。
「ぴゅい?」
「まあ、よい。聞かれて困る話はしておらん。ギュスターヴについては最初から判っておるだろう」
お祖父様の頭の上にハテナマークが出ていますが、ほっておきましょう。
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