第14話 大人ってずるいのですわ

 王太子殿下はわざわざ王宮からお出でになったのではなく、魔導学園の学生です。

 十七歳の女性ですわ。

 ビスケは知識をわたくしと共有しているので、王太子殿下がどのような地位の方かは判っているはずです。

 ちょっと失礼があってもウサギですから。


 問題はわたくしですわ。中位貴族としてのまともな礼儀作法の教育を受けていませんものね。

 下手にわたくしに礼儀作法を教え込んで、英知のコンテナが消えるのを恐れたのです。

 実力のある者はちょっとしたことは許される上に、わたくしのなんちゃって貴族でも通用するようなのです。


 大体我が家のトップ集団、お祖父様お祖母様お父様お母様が宮廷作法とは無縁ですわ。

 みやこではとてもとてもな田舎貴族です。

 逃げようもないので、応接室の扉を開けます。


「アンジェリーヌ・アブ・フォレスティエ、お招きにより参上いたしました」


 左右に二人ずつ取り巻きが立っている間に王太子殿下がお座りになっていらっしゃいます。

 取り巻きの内、右側のお側近くにいるのはお母様の妹、シルヴァーナ叔母様です。

 王太子殿下はウェーブの掛かった黒髪に黒い瞳、わたくしと同じくらいの小麦色の肌の、お父様をティーンエージャーの女の子にしたような方でした。

 背格好はお母様くらいです。お父様に似ていても若い大女じゃありません。

 お召し物はビキニアーマーにサリーです。王族は魔導師のはずなのですが。我が家の家祖が例外なのです。


「呼び立てて済まなかった。カルロータからそなたがスカトララディチェへの同行を承知してくれたと聞いてな、余も連れて行ってくれぬか。山羊が欲しいのだ」


 王太子殿下もビスケがご覧になりたいのではなかったのですね。

 まったくビスケを気にされていません。

 シルヴァーナ叔母様が祈るように胸の前で手を会わせていらっしゃいます。

 叔母様はこのまま王太子殿下の取り巻きを続けられたら、いずれは国王陛下付きの内務官になれます。


 この世界の王は絶対者ではありません。我が国に限れば我が一族は王国の主戦力です。

 王太子殿下だけなら、断ろうと思えば断れるのですが、すでにカルロータ様のお話を受けてしまった訳で。

『チーム山羊が欲しい』に嵌められましたわね。


「小臣でお役に立てますのなら、お供させていただきたいと存じます」


 微笑まれた雰囲気はお祖父様ですわ。


「やあ、無理を言ってすまん。これでエンテュジアズモに会える」


 もう、名前をお決めになっていらっしゃるのですね。しかも呼び難い名前。

 ちょっとだけ仕返ししましょう。


「ファミリアは、山羊とは限らないかもしれません」

「うむ、それは余も覚悟しておる。エンテュジアズモがどのような姿であろうと、余のファミリアとして一生愛するつもりだ」

 

 名前は変わらないのですね。エンテュジアズモ、言い難いです。

 昼休み終了のチャイムが鳴りました。


「では、日程などはまた午後の授業が終わってからにしよう。大儀であった」


 今日決めるのですか。


 午後の授業の後、わたくしとオリヴィエラ先生は会議室に呼ばれました。

 すでに他の関係者は揃っておりました。

 王太子殿下の取り巻きとカルロータ様の取り巻きだけでも応接室では狭いのですが、お祖父様お祖母様が居れば狭いに決まっています。

 スカトララディチェに行くなら、戦力としてお祖父様お祖母様が必要ですね。

 ビスケはお祖母様に呼ばれて、逆らえないので抱かれました。

 直ぐに王太子殿下のご下問です。


「早速だが、オリヴィエラ先生、次に十日ほど野外実習になるのはいつになろうか」

「あと八日製薬実習をいたしまして、それから十日を予定しておりました」

「では、アンジェリーヌ、其の時で良いかな。そなたの代わりはお婆がする」


 わたくしと先生が来る前に、欠席裁判で決まっていたのでしょう。

 でも、お祖母様は別行動なのですね。


「わたくしはお供出来ますが、祖母は一緒ではございませんのですか」

「この夫婦を両方連れて行ったら、ワイバーンが寄って来ないぞ。あそこまで行くならあれも狩った方が良いだろ」

「いつも一緒におりましたので、そこまで強いとは感じておりませんでした」

「そなたが強過ぎるのだ。大刀鹿は士官学校の卒業試験で六人掛かりで倒させるものだ。その歳で一人で倒すなど考えられん」

「そう、なのですか?」


 だれか、返事をして下さい。カルロータ様、固まってないで。

 お昼の時はあんなに元気だったじゃありませんか。


「そうじゃ、倍脚カマキリの鎌と後足の礼を言っとらんかった」


 お祖父様、また余計な事を!


「なんだ、それは」


 ほら、王太子殿下が食い付かれたじゃありませんか。


「昨日獲って来てくれましてな。なかなかの大物でしたわ」

「あれを、倒したのか!」

「一人ではございません。守護兵が二人おりました」

「たった三人でか! 赤爺の身内はどうなっておるのだ」

「その二人はアンジェリーヌと一緒にずっとわしが領内を連れ回しましたで。騎士長でも勝てるのはそうはおりますまい」


 お祖父様、声を出さずにふっふっふって笑うのはよしましょう。悪人みたいですよ。

 カルロータ様、化け物を見るような目でわたくしを見ないで。

 あなたが罠に嵌めた相手は、怒らせたら命のない存在とかじゃありません。

 お祖母様、知らん顔してビスケをよしよししていないで下さい。先ほどはわたくしが悪うございました。


「そうだ、そなたのウサギ、飛べるそうだな」


 王太子殿下が沈黙に耐えられなくなったようです。


「はい、飛びます」


 無理に興味を示して下さらなくてもよろしいのですけど。

 ティラトーレが「チッ」と鳴いて手を上げました。


「モモンガは飛べて当然だろ」


 王太子殿下、常識人ですね。

 ティラトーレは先生の肩から跳ぶと、王太子殿下の前で飛膜を広げてホバリングしました。

 ちょっとふら付きますね。やっぱり飛ばし慣れてないドローンみたい。


「なんだ、これは?」


 ドローンモモンガは部屋の中をゆっくり飛び回ります。

 午後の授業中に外でビスケと二人で練習していたのです。

 さんざん飛ばしてから先生が止めました。


「ティラトーレ、お止めなさい。王太子殿下の御前ですよ」

「どう言う事だ」

「アンジェリーヌさんが舞闘術を転写してくれました」


 もしかして、わたくしだけ蚊帳の外だったのでしょうか。

 一緒にいても先生は心話力がありますから。


「そんなことが出来るのか、アンジェリーヌ」

「条件が、判りませんが。ビスケは小臣のファミリアだからかも知れませんし、ティラトーレは仰せの通り滑空が出来る生き物です。ただ、マスターが先生と同じくらいに舞闘術が使えるのが最低条件にあるように思えます」

「お婆、余とオリヴィエラ先生を比べて、どうだ?」

「お世継ぎの殿下のご修行は、自信をお持ちになられてよろしいかと存じます」

「そうか、エンテュジアズモは飛べるようになるかもしれんのか」


 獲っていない狸の皮がどんどん増えて行きますわ。

 でもこれでファミリアが出て来なければ、わたくしと行けばファミリアが手に入るみたいな根拠のない思い込みが消えてくれます。


「のう、アンジー、もう一人増えてもよいかな」

 

 やだと言える状況ではありませんよ、お祖父様。


「どなたですか」

「古い知り合いで最近乗騎の山羊が死んでしまったのがおってな。そやつはまだ五十年ほど生きそうなんじゃが、普通の山羊では寿命は三、四十年じゃから、また先に死なれたら悲惨じゃ。ファミリアなら種類に関係なくマスターと寿命が同じになるんじゃろ」

「そう聞いております。どなたですか」

「エドモンじゃ」


 じいっと見ましょうね。


「王室顧問団長エドモン・アブ・ギザードアロースじゃよ」

「わたくしは王太子殿下のお供をするだけです。王太子殿下がお許しになれば従いますが、王室顧問団長閣下は十日もお城を空けてよいのですか」


 王太子殿下がお答え下さいました。


「そちらは心配はいらん、今の白爺は居ても使い物にならんから。余が決めてよいなら、もう一人頼みたい」

「はい、御心のままに」


 どうにでもなりやがれですわ。


「おお、そうか、すまんな。姉上だ」

「宰相殿下、ですか?」


 第一王子殿下は王族のご身分のまま宰相をなさっています。


「いや、一の姉上はそれこそ時間が取れない。二の姉上だ」

「ジュリアナ様のお母様?」

「そうだ、そなたにはジュリアナの母だな。ファミリアがいれば、二の姉上も今よりは自信を持ってくれよう。法薬師では優れた者の象徴とされているからな」


 これ、だめじゃないですか。

 四人中二人はファミリアが出て来なかったら酷い事になってしまいます。

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