第13話 ウサギ一匹(一羽かしら?)で大騒ぎですわ
ビスケが飛べるようになって早目に帰って来れたので、まず都屋敷に行きました。
「まあ、可愛い!」
可愛いもの大好きのお祖父様より先にお祖母様が反応されて、ビスケを抱き上げられました。
「なあ、わしにも触らせておくれよ」
「私が抱いていても触れるでしょ」
「ちっと、こう、わしも抱きたいんじゃが」
「あなたにこう言う可愛いの渡したら、返してくれないでしょ」
お祖母様、ビスケはわたくしのなのですが。
お二人によしよしされてビスケは大人しくしています。
魔獣の本能が、逆らってはいけない相手だと告げているのでしょう。
このままではビスケを取られてしまいます。
「では、わたくし、学園に戻ります」
「もう行くの。気をつけてね」
「お祖母様、ビスケを返して下さい」
「学校にペット連れて行ってはだめでしょ」
「ビスケはペットではありません。ファミリアです。ドンブロヤージと一緒です」
「山羊には見えないわよ」
ドンブロヤージのまねをして、じっと見詰めましょう。
先に目を逸らした方が負けですよ、お祖母様。
「婆さん、しょうもないボケするでないわ」
お祖父様がお祖母様から取り上げて、抱かないで下さい。パスしただけじゃないですか。
そうだ、ここに来たら伺うことがあったのです。
ビスケを取られそうになったので忘れて帰るところでしたわ。
「ビスケに舞闘術を転写出来たのですが、お腹から闘気を出して腹這いのまま飛べます。わたくしの出来ない事がなぜ出来るのでしょう」
お祖母様がこちらを見ずに、よしよししながらお答え下さいます。
「ファミリアが舞闘術を使えるようになった事自体ないのよ」
「そうですか、見て頂けますか。お祖父様、降ろして下さい」
お祖父様が渋々ビスケを下に置かれます。
香箱座りから浮き上がりますよ。
「ぴゅう~」
「なんじゃ、これは」
「これは人間は出来ないわね」
「はい、このまま普通に飛べます。ビスケ、外に行きましょう」
門まで来ました。
「では、おいとま致します」
「ちょっと、待ちなさい」
お祖母様が怖いお顔をなさいますが、待ちません。学園に帰ります。
まだ授業中だったので、先に寮母のジルベルタ女史に紹介します。
痩せぎすで平均より少し背の高い陰気な美人で、ファンタジーに出て来る司書と言った雰囲気の人です。
この人に拗ねられると色々厄介なことになります。
「あらあら可愛い」
屈んで抱き上げようとされたので注意します。
「見た目よりずっと重いです」
「あら、腰を痛めるくらい?」
「はい」
しゃがんで抱き取って、直ぐに降ろしました。
文官系だとこのくらいですね。
しゃがんだままビスケの丸いモコモコ頭をよしよしされます。
「心話力のある者が上位危険区域に行けば現れる訳ではないのですよね。お互いを認識できる距離にたまたまいないとだめらしいのですね。採集に行く機会の多い高位の法薬師でないとなかなか難しいのでしょうね」
ほとんど私的なお話をしたことのない方でしたが、ティラトーレが羨ましかったようです。
人間並みの知力があって言うことを聞いてくれるペットなんて、欲しがらない方が少ないでしょう。
上位危険区域に行く時に時間が合うようならお誘いする約束をしました。
教室に行くと、真っ先にファビアが食い付いて来ました。
十二歳の女の子の顔です。
「ビスケちゃん、ウサギィ!」
言ってる事は間違ってないけど。
「抱くなら気をつけてね。重いから」
「抱いていいんですか」と言いながらもう抱いています。
中間管理職的な立場でストレスが溜まっているのでしょうか。
他の子もピラニアのように寄って来て、ビスケを触ります。
見ていたティラトーレが「チッ」と鳴きました。鳴いたのとちょっと違う感じですね。
ビスケは幼児体型なだけじゃないのよ。
「この子、舞闘術で飛べるの。少し離れて」
香箱座りからの垂直離着陸を披露しましょう。
「ぴゅい~ん」
「うわ~」掛ける十二。わたくしを抜いても先生が入っています。
はい、着陸。また怖くないピラニアに囲まれます。
先生とティラトーレはじっとわたくしを見詰めています。
「どうやって教えたのですか」
「最初の接触で知識を移したように、舞闘術の知識だけ意識してみたのです。なぜ、誰もやらなかったのでしょう」
「ファミリアがいる者で、貴方ほどの舞闘術の使い手がいなかったのです」
わたくしが例外なのですね。
「チィ~、チィ~」
ティラトーレがわたくしの袖を引きます。
「ごめんなさい、この子、舞闘術を覚えて強くなりたいの。上位危険区域で敏捷性と索敵能力だけで生きてきたでしょ。ガラハッド様がお一人で大刀鹿を倒されるのを見てから、ずっと憧れているの」
「ビスケがわたくしのファミリアだから出来たのかもしれません。転写の失敗に危険はありますか」
「いえ、それは大丈夫です。話を聞いて覚えられるか覚えられないかと同じです。ただ、あまり強い心話をされると、頭の中に直接大声を出されたのと同じになります」
「はい、それは気を付けます。ビスケ、来てちょうだい」
何かするとき、ファミリアが側にいると成功しやすくなるのです。
ビスケを机の左に乗せ、わたくしは椅子に座って正面のティラトーレの手を取ります。
モモンガとしては大きいけど、おでこ小さい。
ビスケの時と同じように二段階に入れましょう。先ず基礎から。
「どう、判った?」
「チッ!」
試しにハンカチを垂らして打ってみましょう。
穴が開きそうな勢いで揺れました。
じゃ、飛べるようになりましょうね。
また小さなおでこにぐりぐりします。行きますよ。
「判ったかしら」
「チイッ!」
「飛んでみましょう」
ティラトーレは机の上にべたっと広がります。
ふわっと浮いて、あ、危ない! 天井にぶつかるところでした。
初心者がラジコンのヘリコプターかドローンを飛ばしているようです。一旦降りましょう。
「体が軽いから、力の加減が上手く行かないみたいね。慣れるまでは普通に足で跳んで膜を広げてから飛んだ方が、よいのではないかしら」
「ちい」
なんだかいい返事をしませんね。
「ぴゆう」
ビスケが情けない声を出しました。お腹空いたの?
「お昼でしたわね。ティラトーレ、飛行練習はお昼のあとにしましょう。大刀鹿のレバーペーストを作ってもらいました。フォッカッチャに塗って食べましょう。砦に青ブドウを持ってきた者がいたので買い取りました。みんなで食べても余る量です」
わたくしが食料を出し全員で協力して、てきぱきと配られて行きます。
いつもよりわいわいご飯を食べます。
ファビアはビスケを餌付けしようとしていますね。他人のファミリアは仲良くはなれても餌付けは出来ませんが。
デザートに巨峰サイズの青いマスカットを食べていると、十代半ばと思われる女性六人がやってまいりました。
全員校内ではあまり見ない、宮廷衣装のレースのトーガ着用です。
レースの目が粗くて露出度の高いトーガを着た、ジルベルタ女史を自信満々にしたような人が、ずいっと擬音付きの雰囲気で前に出ました。
上級貴族でずれた人、の予感がいたしますわ。
「失礼致しますわ。わたくしクイエトコリナ家継嗣、カルロータ・アブ・クイエトコリナで御座います。フォルドデシェバル小子爵はどちらに?」
クラス内は名前呼びでも、初対面なら当然名乗ります。
三侯爵家の一つ、シニストラカペロ侯爵家の方ですわ。本物の上級貴族の御令嬢、しかも跡取り。
立ち上がって軽く頭を下げます。名指しなのでこちらからは名乗りません。
「わたくしでございます。なにか、ご用でしょうか」
「御寛ぎのところ、申し訳ないのですが、どうしてもファミリアを見せて頂きたくて」
「はい、ご覧下さい」
「ぴゅい」
ビスケが立ち上がって、モコモコの棒を片方上げます。
「素晴らしいですわ。十二歳でファミリアをお持ちになるなんて」
あれ? ビスケの可愛さには反応されませんね。
「山羊のファミリアと言えば我が領のスカトララディチェ山で御座いましょう。なのにわたくし、子供だからまだ早いと、登らせてもらえなかったのです。あそこは上位危険区域の中でも別格のワイバーンの巣で御座いますから。でも、貴女がファミリアをお持ちになられたので、もう父も年齢を口実にわたくしを阻めなくなったのですわ」
他人は自分の言い分を承知している前提で話す人ですね。
「山羊が、お望みなのですか」
「ええ! 貴女のお母様のドンブロヤージもスカトララディチェの出で御座いましょう。貴女と一緒に行けば、きっとわたくしのファミリアが現れてくれるはずですわ」
そう来るとは思っておりましたが。
「いずれは御領に伺わせていただくつもりで居りました」
「ええ! 上法薬師になるにはワイバーンの胆嚢が必要で御座いましょう。お暇が出来るのを楽しみにしておりますわ。アンジェリーヌ様とお呼びして宜しいかしら」
「はい、そうお呼び下さい。わたくしもカルロータ様とお呼びしたいと存じます」
「ええ! 是非とも! では、お暇致しますわ。御寛ぎのところ、お邪魔致しました!」
侯爵令嬢が去って安らぎが戻り、もう少し休もうとしたところで、先生が難しいお顔をなさいました。
緊急の心話のようです。
「アンジェリーヌさん、王太子殿下がビスケをご覧になりたいそうです。応接室に行って下さい」
来ましたわ、破滅フラグ。
こちらは悪くないのに勘気に触れて嫌われるとか、無理難題を吹っ掛けられるとか。
ま、当たって砕きましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます