第11話 やらかしましたわ
山分けが終わると、スケさんカクさん猫カルテットには先に休んでもらい、食堂が空いていたのでそのまま製薬の実技練習です。
相対で安く買える薬作りに文句を言う冒険者もいません。
使う以上の毒袋が手に入っているので、みな失敗を恐れずにひたすら毒消しを作ります。
獲った蜂から毒袋を出すのはロクサーヌ達がやってくれました。身はお駄賃にあげました。
法薬士の資格があるロクサーヌのパーティーの薬箱ビアンカには、三種混合用の薬草の抽出をしてもらいました。
わたくし達が法薬師の試験を受ける時に一緒に受けさせるつもりです。
名称独占の資格ですが、持っていれば一目置かれます。
街中のギルドと違い、騒いで飲んでいるような冒険者はおらず、明日早出の者が引き上げるのに合わせて、わたくし達も部屋に移りました。
ジュリアナ様から改めて御礼を言われました。予定と違ってあまり読書も採集も出来なかったのですが。
明日もがんばりましょうと言い合って消灯です。
コイバナとか枕投げなどを期待していたのはわたくし一人でした。この面子で枕投げは最初から無理があるけど。
翌日からは計画変更で、朝一で中位危険区域の北西奥の蜂の巣まで採集をしながら向かい、蜂を速攻で獲ったらドードー狩り、手前の巣でも狩りと採集、時間があれば低位危険区域の巣で読書にしました。
中位危険区域に行くと、昨日あれだけ仲間がしまわれたのに、凶悪顔がこちらを伺っています。
一晩寝て忘れたのですね。鳥頭だから。
百匹くらい獲ってもまったく減らないようです。
今日も獲ってはコンテナにどんどんしまいます。
奥の巣の周りは仔牛サイズのイノシシも来るので、ご飯は焼き鳥ばかりにはなりませんでした。
わたくしが予定したほどは読書が出来なかったのですが、経験値が入るおかげで能力が上がるようで、四日目には全員が法薬士に必要な単品の抽出が出来るようになりました。
分け前は毎回ファビアに計算してもらうのも悪いので、収入が金貨百枚以上なら一人に四枚、残りはわたくしがもらうドンブリ勘定です。
あまりにも順調に行き過ぎて、気の緩みが起きてしまったのですよ。
蜂の巣の周りの目ぼしい薬草は採ってしまったので、五日目は森の西にあるポルトパロ湖方面に行くことにしました。
読書が出来なければ蜂の巣にこだわる必要はありません。
ポルトパロ湖近辺は上位危険区域で、その途中の中位危険区域でも少し大き目の魔獣が出ます。
大イノシシが中心で、大蛇やオオトカゲも出ますが、みな単体なので守り易いです。
経験値と売却代金は凶悪鳥が効率が良いのですが、こちらに来ると良い薬草があるので採集実務能力が伸びます。
元々学習能力を伸ばす為の合宿だったのですから、収入はおまけです。
砦に近い巣でドードーも獲るので収入も初日よりは下りません。
夕飯は獲れた肉を調理してもらいます。
冒険者にも砦の職員にも振る舞います。
砦の定食に付くのはタコスですが、稼いでいるので遠慮なくフォッカッチャを食べます。
成金モモンガは高級おつまみのアーモンドとカシューナッツを齧っています。
「リスってのは、ファミリアにゃ、多いんでやすか」
ロクサーヌがティラトーレを見ながら聞いたので、ティラトーレが「チッ」と鳴いて抗議しました。
モモンガ的には飛膜がある分リスより偉いようです。
「おめえさんをリスだとは思ってねえ。前にでかいリスを連れたお人を見たんで」
ティラトーレはアーモンドとカシューナッツを交互に齧る作業に戻ります。
オートプリンシペのリスは、小型で敏捷性の高いものが生き残りました。
「リスはあまりいないのではないかしら」
「さいで。丁度旦那がいなくなった時にみなさんと同じくれえでした。旦那がいた頃の事を色々思い出しちまうんで。一度だけ見た、白の才女様がお姉様と呼んでいたお人がそうなんでやす。そのお人の顔は良く見えなかったんでやすが、ずいぶんでけえリスだなと思ったんで」
これ以上隠しておくのはちょっと心苦しいです。
「八つ裂きのヴィンセントの本名、お話ししましょうか」
「いいんすか」
「言ってはいけないとは言われていませんが、騒がれるのがいやだったので。自分が話した事を話すなとも言えません。でも、出来るだけ言わないで下さい」
「そりゃ、口が堅くねえもんは信用もありあせん」
「母は赤毛で色白の大法薬師ですが、わたくしは祖母似なのですよ」
「あ、舞闘術の総元締めの一人娘! なんでこんなことに気付かなかったんだか!」
「父は祖父の跡継のイメージが強過ぎますから。それを隠れ蓑にしていたのですけどね。次の諸侯会議に二人で来る予定ですが、伯爵領昇格の事があって、スケジュールが判りません。あなたが会いたがっているのは伝えておきます」
「かたじけねえ」
こんなことで逆上せあがって、翌日大失敗をしたのでした。
級友の体力が上がっているので、もう少しだけポルトパロ湖の近くに行きました。
良い薬草が手に入り、引き返そうとした時、ティラトーレが警戒音を発しました。
「十四時方向、大きな気配が来ます!」
先生のお言葉を受けてスケさんが跳び上がり、直ぐに戻って来ました。
「大刀鹿です」
「二人は衝撃波からみんなを守って。わたくしが倒します」
「「はっ!」」
バリアのようなものがある訳ではなく、地続きなのでたまに上位危険区域の魔獣もやって来ます。
大刀鹿は枝分かれした刀様の角から、どうやるんだか衝撃波を出すのです。
わが領では見慣れた魔獣です。
普段はわたくしが飛び上がり、躊躇した隙にスケさんカクさんが左右に分かれて首に百間突き、わたくしも後ろに回って百間突きで倒しているのですが、万が一衝撃波を放たれたら猫カルテットでは守りきれません。
木の間にアジア象くらいの鹿を確認して、低空で飛びます。衝撃波の予備動作で首を上げたところで上空を確認しながら直角に上昇。
衝撃波を打ち消せるように手を構えて鹿の頭を飛び越し、ロンダートの要領で半ひねりで鹿の腰に手をあて八つ裂き打ち。
動けないようですが立っています。
お父様なら大概これで倒れるのですが、本気で打てばお腹が破裂して革の価値が下るので手加減していたので、倒れない事もあったのです。
そんな時は鹿の後ろに着地したらプッシュダガーを抜き、股間に百間突き。
八つ裂き打ちで倒れなくてもこれで倒れます。
後は断末魔の一撃を食わないように、離れた所から三人で頭に死ぬまで百間突きです。
お祖父様なら出合い頭に正面から眉間に一撃で終わるのですけどね。
お父様曰く、倒し易くてお金になって肉も美味しい良い獲物です。
しかし、今日はそんな呑気な事を言ってはいられません。
鹿をコンテナにしまうとみんなの許に飛び帰ります。
「直ぐにこの場を離れて下さい。アリなどが魔獣化するかもしれません」
大型の魔獣を倒すと周辺の昆虫や地中微生物も一度に多量の生命力を吸収します。
カブトムシくらいになったダニとかが怖いのです。
みんなかなり丈夫になっていて、早足で止まることなく砦側の蜂の巣の近辺まで戻りました。
蜂を瞬殺して疲労回復したら、ドードーが寄って来るのを待ちます。
ロクサーヌのパーティーもドードーの牽制が出来るようになって、級友達は読書です。
みんな度胸も鍛えられましたね。
砦に帰って来て、ドードーだけでも金貨百枚以上になるので、鹿は食べてしまいましょうと言う事で先に解体してもらいました。
お茶を飲んで待っていると、解体所の主任が来て、受付に誰が鹿を獲ったか聞いています。
当然、わたくしのところにやって来ます。
「旦那が、あの大刀鹿を獲られたんすね」
「ええ、なにかありまして」
「腰骨を砕いて股座を切り裂いて、頭に止めをさしたんすよね」
「そうですが」
親がそうしろと言ったのです。
「どうやって、大刀鹿の腰骨を砕いたんで。ありゃ、ふつうに折ったんじゃねえっしょ」
「なんで、そんなことを聞くのです」
「あんな砕き方が出来るのは、ヴィンセントの旦那だけでぇ」
やってしまいましたわ。百間突きだけで倒していれば、ちょっと革に穴が余分に開いてしまうけどバレなかったのに。
そして、お父様の娘らしく墓穴を掘りました。
「八つ裂き打ちが出来るのは、お父様だけじゃありませんわ」
なんとも間抜けな話ですが、こうしたピンチに立たされた事がなかったのでテンパってしまいましたわ。
世界中から見詰められている気がいたします。
誰か助けてくれないかしら。マリーもロクサーヌもわたくしと目が合うと小さく首を横に振るのはなに?
この沈黙を破るのはわたくしの勤めのようです。
一番近くでわたくしを見詰めている解体所の主任に声を掛けます。
「鹿は、捌いてもらえました? 肉はわたくし達の分以外はすべて差し上げて定食にもサービスでつけていただくので、みんなに待ってもらっているのですけど」
「調理場のケツ叩いて来まさあ!」
解体所の主任は特に何かしたかった訳ではなく、八つ裂き打ちの跡を見て脊髄反射しただけだったのでした。
八つ裂きのヴィンセントは砦で働く者にとっても、懐かしいだけの名前ではないのでした。
大物を獲れる冒険者がいれば森が安全になるだけでなく、騎士団による掃討では獲物を城に持ち帰ってしまうので砦の者の収入にはならないのです。
普通は親しい者だけがする呼び方なのですが、顔見知りの冒険者全員から姫様と呼ばれるようになりました。
そして、八つ裂きのヴィンセントの娘であることが露見した場合に最も恐れていた事態が、起きてしまいました。
わたくしの通り名が「八つ裂き姫」になってしまったのです。
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