第10話 野外活動ですわ
翌朝早く、スケさんカクさんと猫カルテットを乗せた四十人乗り蒸気自動車が参りました。
先ず、わたくしが乗ってお祖父様が隠れていないのを確認します。あの体では隠れようもないのですが。
猫カルテットにも実戦経験を積まそうと連れて行くことになり、お祖父様が付いて来ようとされてお祖母様に阻止されたのです。
異常なしだったので、作務衣に軍用サンダルの少女の群れが乗り込んで、無事に出発いたしました。
わたくしだけビキニアーマーにチュニック、波紋鋼のガントレッドです。
千匹ばかりの蜂ではスケさんカクさんどちらか一人だけでも過剰戦力なのですが、万が一にも級友を傷つけさせる訳には行きませんから。
オリヴィエラ先生も波紋鋼のガントレッドをされています。
お母様がお父様と付き合われるようになって、採集時に身を守れるように舞闘術を学ばれたのです。
お母様はその辺りもドンブロヤージ任せなのですが。
ミップラテリアの森の砦までは歩いていくと一日仕事ですが、車なら二時間弱です。
みんな教本を読んでいます。十二歳でも遠足気分の子はいません。
わたくしは自動車の揺れの中で本を読むのは苦手なので、手掌を合わせて霊気を出して消し合う修行をしました。
霊力的なアイソメトリック運動です。普段なら飛んで行くのがそのまま修行になっているのですが。
砦は地下一階上四階の強固な石造りです。
校舎並みに大きいのですが魔獣が暴走した時に備えて出入り口は南側に二つ、北側に二つしかありません。
砦の南側入り口右の総合受付で先生が予定と人数を申告します。
右側の壁沿い全体が受付なのですが、すいています。
泊まっていた者はすでに出かけて、朝一番の乗り合いバスで来た者が予定の申告を済ませたころに合わせて着いたのです。
一階の三分の二以上を占めている食堂兼酒場で、出発前の点検などをしている冒険者がちらちらこちらを見ていますが、何か言ってくる無礼者はおりませんでした。
普通ならこれだけの数の子供がぞろぞろ入ってくれば冷やかされるのですが、入学式前に狩りや採集をしていたので、わたくしの顔を知っている者が少なくないのです。
知り合いの内から、女ばかり六人のパーティーのリーダーロクサーヌにこちらから声を掛けます。
ロクサーヌはお父様から手解きを受けていたのですが、めんどくさい事になりそうなので八つ裂きのヴィンセントの正体は明かしておりません。
「なにか、依頼を受けてしまいました?」
「や、ただ、とば口辺りに狩りに行くつもりでさ」
「今日は、蜂獲りの後中位危険区域で採集をしたいのです。蜂を出来るだけゆっくり獲りたいので、一緒に来てもらえると護衛が増えて助かりますわ」
「願ってもねえこって」
ロクサーヌのパーティーが付いて来てくれることになりました。
採集をするにも戦える者が多いと安心です。
ハゲタカがライオンの獲物をつつくように、わたくしやスケさんカクさんの隙を突いて級友を齧ろうとする小型の魔獣がいるのです。
出発前の注意の後、先生が指揮をわたくしに任せて下さり、ティラトーレにもわたくしの指示に従うようにおっしゃって下さいました。
ティラトーレは索敵能力が優れていて、とても頼りになるのです。
「お願いね」と言うと「チッ」と片手を上げて答えます。
本人はきりっとしているつもりのようですが、可愛いだけです。
森を歩き始めてほどなくしてわたくしも黒クルミの杖を使いました。
文学少女的な級友の歩調に合わせると結構かったるいのです。
ロクサーヌのパーティーの薬箱担当の魔導師の子、ビアンカが欲しそうに見るのであげました。
ニコレッタの孤児院の先輩でした。
まだ若くて入れてくれるパーティーがなくて困っていたところをロクサーヌに拾われたのだそうです。
スケさんカクさんを先頭に、わたくしとロクサーヌが殿です。
小型の魔獣ではこの人数を襲っては来ず、ティラトーレがいてくれるので世間話が出来ます。
「八つ裂きの旦那が、恩を感じるなら余裕が出来たら二人若いもんを面倒見ろと言ったんで」
「力ある者の勤めですわ。恩を本人に返したらそれで終わりです」
お父様の娘なのが誇らしいですわ。
「やっぱ、貴族様は、みんなそうなんすね」
「人間全体が発展しなくては、力があっても生き残れないのです。強い魔獣の肉だけ食べていては体調がおかしくなります。畑を耕してくれる者がいなくては。誰もが助け合っているのです」
「なんか、旦那と話してるみてえだ。アンジェリーヌ様は旦那が誰だか、ご存知じゃねえですか。あれだけの使い手は何人もいねえでしょう」
「存じてはおりますが、公認偽名の正体を明かすのは礼儀に反します」
「さいですか。もいちど会って礼が言いてえんす。どっかの領主様なんすよね。家督を継がねえといけなくなったって、白の才女様と一緒に消えちまった」
「誰?」
お母様、だとは思うのですが。
「ずっと旦那におぶさってた、赤毛で色白で、てえした美人の凄腕の法薬師様がいたんで。おぶった方が歩調合せて歩くより疲れねえそうで」
「そうなの」
「スカトララディチェから山羊連れて来た後は、ずっとそっちに乗っておいででしたがね」
今でもずっと乗っていますよ。
「その方も、尊敬されているのですか」
「勿論でさ。貴族の務めだか義務だかで、貧乏人にはただで薬くれるお方で。貧乏人の間でひでえ食中りが流行ったことがあって、ちょうどこれから行く蜂の巣から八つ裂きの旦那が毒袋獲って来て、それを才女様が毒消しにして配ってくれたんでさ。あれ金出して買わなきゃならなかったら、どんだけ子供が死んでたか」
「その話は初めて聞きました」
「そんなのは自慢しねえお人でしょうね」
話しながら歩いたので、あまり時間を感じずに蜂の巣に着きました。
蜂を獲っていると何かが蜂に襲われていると感じて小型の魔獣が集まって来ます。
お祖父様が一緒だと来ないのですが。
この辺りでは黒と灰色の斑の藪カラスや、カワウソサイズのネズミの大ヌートリアですね。
どちらも肉に癖があって湯がかないと食べられないのですが、不味くはありません。
モツ鍋的な庶民の味になります。
蜂がいなくなってもそれらを逃がさないように周りから追いながら倒して経験値と肉を稼ぎ、その後先生の指導で薬草を集めます。
索敵はティラトーレに任せておけば安心なので、わたくしも採集をしました。
寄って来る魔獣を倒すのに予定以上の時間を取られてしまい、中位危険区域の巣は三人で速く潰し、採集をメインにすることにしました。
やはり蜂獲りで中型の魔獣が寄ってきます。凶悪顔のドードーが中心です。
背丈はエミューほどでずんぐりむっくりしているので、百キロ前後あります。
ばらばらに採集すると危険なので、集団で動いて先生に有用な材料を指示して頂き、近い者が採って「山分け」にすることにしました。
凶悪ドードーは美味しいので、向こうから来てくれると助かります。
両手にプッシュダガーを持ち、切っ先から闘気の穂先を伸ばし、射程外だと思っている大きな図体の心臓を貫きます。
武器闘技の上位技百間突きですが、霊気を撹拌棒に流し続ける法薬師には習得し易い技です。
スケさんカクさんも蜂を獲り続けて常時武器に闘気を流し慣れているので使えます。
仲間意識のある集団で来ている訳ではないので、同種の者が倒されても逃げません。
それどころか、死体をほっておくと食べられてしまいます。
拾いに行き、食べに寄って来たのを倒します。
手強い三人が離れた隙に級友に近寄る魔獣は猫カルテットが牽制して、その間にわたくし達が飛び戻って仕留めます。
森のデコボコの地面を走ったのでは間に合いませんが、鳥と同じように低空飛行が出来るのです。
思ったほど採集できませんでしたが、ドードーはたくさん獲れました。
ただひたすら獲ってはコンテナに入れたのでどのくらい獲れたか判りません。
予定外の行動になったので、森の上に飛んで太陽の位置を確かめ、帰ることにしました。
ギルドで出してみると、三人のコンテナに、合わせて百羽以上のドードーが入っておりました。
だいたい一羽金貨一枚くらいです。一羽で一人の十日分の宿泊料でお釣りが来ますわ。
藪カラスとか大ネズミとか持ってくるんじゃありませんでしたわ。
ダンジョン内に湧く魔獣と違い、いくらでもいる土鳩が魔獣化したものなので多少大きい小さいがあって、査定に時間が掛かります。
職員のコンテナに移して地下の解体所に持って行き、一羽ずつ査定なのです。
何匹か潰して夕食を焼き鳥にしてもらって、冒険者にも振る舞いました。
夕食が終わるのを待って金貨銀貨の山がテーブルに置かれました。
ファビアに頭割りにしてもらおうとしたら、ロクサーヌが反対しました。
「あたいら、何もしてませんぜ。ドードーなんざこっちが逃げる方で」
「いえ、命懸けの囮をしていたのです。わたくし達三人なら森の中を追い回さなければならなくて、一日五羽も獲れません。貢献度が判りにくいので人数で割るのが一番ではないかと。はっきり言ってしまうと、わたくし、お金を使ったことがなくて、分け前の計算が判らないのです」
「まじっすか」
「ええ、山の中で育ったお姫様なんて、そんなものよ。城下町に買い物に行ったことすらありません」
あれが欲しいこれが欲しいと言う欲求がないのですね。
イノシシ殴り倒すと満足感凄いのよ。
改めてファビアに人数割りにしてもらおうとしたら、ティラトーレが「チッ」と鳴いて片手を上げました。
そうね、ティラトーレも索敵がんばってくれたから一人分よ。でも、全部クルミ買って食べたら栄養が偏るわよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます