第9話 第一の試練ですわ

 手袋や採集用の小鎌や根堀など探索に必要なものをあげて、長袖長ズボンの動き易い作務衣や厚底のサンダルなどは森の入り口の砦でも買えるなどの説明もします。

 コンテナを持っていない子は百キロ入る採集用のポーチを学校が貸してくれます。

 ちょっと気になるニコレッタに声を掛けておきます。もしかしたらダブルヒロインかも。


「わたくしが急に勝手を申しまして。お困りでしたら、少しご用立ていたします」


 ニコレッタは胸の前で手を握り締めました。わたくしには出来ない女の子っぽい仕草に思われます。


「あ、ありがとうございます、助かります」


 遠慮しませんね。このためにお祖父様から頂いた皮袋を開けたら、一枚銀貨百枚相当の金貨が十枚入っていました。

 お祖父様雑。もらった時に袋の大きさを気にしなかったわたくしも悪いのですけど。

 考えてみれば今日までお金を使ったことがありません。

 ファビアが両替に行ってくれると言ったので十枚全部頼みました。半分は銀貨十枚分の大銀貨にしてもらいました。

 益々ファビアが小回りの利く役に立つ小動物に見えてしまいます。


 細かくなったので一人あたり大銀貨一枚銀貨十枚配りました。

 キャンプで何があるか判らないので全部は配りません。

 ティラトーレがやってきて手を出したので大銀貨を二枚あげると、ちゃんと持って落とさずにオリヴィエラ先生のところに行きました。えらいえらい。


 校舎と同じ木造の寮の部屋は入り口付近に作業台と本棚、人が来た時の為に四人掛けのテーブルがあり、奥の右半分は壁代わりの向こう側からも開くクローゼット、窓側半分はカーテンで仕切られ、その中にベッドとトイレ兼用のシャワーがあります。

 体が子供な上にお城に住んでいたので部屋の大きさの感覚がずれているかもしれませんが、八畳間を二つ繋げたくらいありそうです。

 作業台の向かいの壁際に小物入れ用にローチェストをコンテナから出したところで、ビーチェとファビアが手伝うことはないかとやって来ました。


 特に手伝わせることはないのですが、この二人は優秀な取り巻きになってくれそうなので招き入れました。

 お祖父様が心配されているので、さり気なくジュリアナ様に近付きたいと話し、残りの同級生の様子を見てくれるように頼みました。

 ファビアにはニコレッタに特に気をかけておいて欲しいと頼みました。

 孤児のニコレッタからみれば金持ちのお嬢様かもしれませんが、わたくしよりは話し易い相手でしょう。

 情報を小出しにせずに、今後のことを話しておきます。


「三ヵ月後の教科移動解禁までに全員法薬士になってもらいたいのです。クラス全体を中等科にしてしまえば、今年の者とは同級にはなりません。最初から法薬師の道を選ばなかった者とは同級生になりたくないのですよ」

「「はい!」」


 二人とも体育会系の顔で返事をします。


「いずれ法薬師資格試験に受かれば上法薬師になるための素材集めが必要になります。スピナカステロ候にもお世話になるでしょう。わたくし、深い地脈の漏れを見つけられますの。湧き口にすれば良い肥料を作れますわ。三ヶ月以内に法薬士試験をお願いして受かれば、時間的に余裕が出来ますので一度スピナカステロに伺いたいと思っておりますわ。よしなにお伝え下さい」


 これを主家に伝えれば二人の手柄になるはずです。

 二人とも両手を股の前に付けて頭を下げました。武器を握れない位置に手を出してみせる、常識的には家臣の礼です。

 ビーチェが顔を上げずに話します。


「お言葉、頂戴いたしました。これよりはアンジェリーヌ様を主としてお仕えするつもりで、御用を承らせて頂きます」

 

 二人ともまだ十二歳なのですよね。継嗣ではない小貴族や御用商人の子はこのくらいから将来のために必死にならなければならないのです。

 知識としては知ってはいましたが、目の前に突き付けられると領地で周囲から愛されまくってのほほんと姫様をしていたのが申し訳なくなります。

 二人が望んでいるはずの主従関係を確定するために、姫様モードになります。


「仕えるならお父様に仕えてちょうだい。知っているかもしれないけど次の諸侯会議で我が領の伯爵領昇格が内定しています。信用できる人材が必要なのね。増える文官系がお母様の身内や知り合いばかりだと少し拙いの」


 二人とも決意に満ちた顔を上げました。

 やはりビーチェだけが答えます。


「必ずや! お役に立ちましょう!」

「では、他の方達、特にニコレッタさんをお願い。わたくしはジュリアナ様のところに伺います。何かあればまた来て頂戴。わたくしがいなくても入れるように内鍵に登録しておいて」


 二人は扉の内鍵の魔方陣を押し頂いて触り、出て行きました。

 

 一通り自分の部屋を片付けてから、わたくしはジュリアナ様の部屋の扉のノッカーに手を当てて名乗りました。

 扉に描かれた模様に手を当てると、部屋の中にチャイムが鳴り名乗りが聞こえるのですよ。魔法ですね。

 昔は地球と同じノッカーが付いていたので、この模様がノッカーと呼ばれています。

 模様の色や形の変化で中に部屋の主人がいるか、他人がいるかなども判るように設定もできます。


 模様から「どうぞ、お入り下さい」と声がして扉が開きました。

 二人きりのファーストコンタクトですわ。わたくしでも緊張致します。

 招き入れられて向かい合って座り、こちらから切り出しました。


「突然、勝手なことを申しまして、ご迷惑ではありませんでしょうか。他に誰もおりませんところで、お気持ちをお聞かせ願いたいと存じまして、伺いましたの」


 言葉遣いだいじょぶかしら。相手は第二王子殿下の娘です。

 ジュリアナ様はなぜか涙目。


「とんでもございません。実力を付けて頂けるのは、有り難い限りでございます。わたしは、母の血が、劣っていないのを示したいのです」

「それでは、これからもよしなにお付き合い下さい」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」


 最初の難関を切り抜けましたわ。

 男爵様のはフェロモンだと思うのですが、もう少し仲良くなってからにしましょう。

 精神的に余裕が出たので、部屋の中を失礼のないように見回しました。

 きちんと揃えられた本が納まった本棚の前の机には、小型蒸留器と抽出器。

 壁には植物の精密画の額が幾つか掛けられ、干したハーブの束が吊るされていて、作り付けのクローゼットにはドライフラワーのリースが飾られています。いかにも法薬師の住まいです。

 

「女の子のお部屋ですわね。わたくし、子供の頃から祖父と山の中を飛び回って遊んでおりまして、女の子らしさが微塵もないのです」

「そんなことは、ございませんでしょ。とてもお美しいのに」

 

 それは自覚しているのですけれどね。


「見た目が祖父に似ているとは思ってはおりませんが、周りに手本になるような女人がいなかったのです」

「お母様が、いらっしゃるではありませんか?」

「大法薬師として尊敬はしておりますが、家に居て本を読んでいるのが好きな人で、身なりはあまり気遣わないのです。後の趣味はハーブティーのブレンドとポプリ作りです。休みの日に釣りに行く猟師のようで、一般的な女性とは、少し違うのです」


 お母様は横着ではないのですが歩く事自体お好きではなくて、今でも時々お城の階段をお父様に負ぶさって登っています。

 お祖父様もお祖母様も魔導師は変な性格で普通とお考えのようで、マリエは魔導師だから、で済んでしまっています。

 性格は似ないでくれとこっそりお父様に言われていますよ。

 ジュリアナ様言葉の接ぎ穂を失われてしまいました。

 わたくしも間が持てなくなったので話を逸らしました。

 

「よろしければ、わたくしの部屋も見ていただけますか」


 窓に上が縄模様の生成りのカーテンを吊って、本棚に調薬関係と魔物図鑑を入れ、調薬器具を作業台に乗せてあるだけのわたくしの部屋にご案内しました。

 ジュリアナ様は本棚の前で止まります。


「この教本は、お母様のご直筆ですか?」

「はい、四種混合と五種混合の手引きです。よろしければご覧下さい」


 普通の教本には材料の分量と使用する溶液の種類と量しか書かれておらず、調薬の詳細は習わなければいけないのですが、お母様の本にはそれが書いてあるのです。

 これを覚えて作れれば、法薬師になれます。

 ジュリアナ様のお母様も上法薬師なのですが、大法薬師の書いた物は別物のようです。


 椅子をお勧めすると座って一心不乱に読み始められたので、わたくしは特にする事もなく、ローチェストの上に鹿の角で出来た刀置きを出してあまり使わない短剣を乗せ、あまっている投げナイフなどを並べてみます。

 マテ茶でも入れようかと思ったところに、ビーチェとファビアが戻って来てくれました。

 色々と役に立ってくれる二人です。


 二人が報告を始めたのでジュリアナ様は読書を止められましたが、報告の後二人が教本に興味を示しました。

 読んでいるだけでは頭に入りにくいので書き写したのが五冊あります。

 そちらを二人に貸したら、ジュリアナ様も借りたいとおっしゃいました。

 お母様の直筆は借り辛かったのですね。


 三人ともいそいそ帰って行きましたが、森の入り口の砦でも四人部屋でこの面子になる予定です。

 ジュリアナ様はこれでよかったとして、怖いのはニコレッタですわ。

 どうやって直接親しくなればよいのやら。

 今のところ良好のようですが、あまり押し付けがましいことをして嫌われたら破滅フラグが立ってしまいますわ。

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