第8話 ヒロイン登場ですわ

 ギルドの説明では、わたくしを襲った男カルロは特定のパーティーに入らず、危険な依頼をこなす際の傭兵のようなことをやっておりました。

 必要悪としてその傲慢な振る舞いも黙認されていたので増長したようです。

 そのような者でもいれば助かる命もあったのですから、わたくしを襲った罪だけを問うことに致しました。


 屋敷に帰ると、曾お祖父様の妹弟子だった、今の王家指南役コンスタンツァ様から使いが来ておりました。

 わたくしを襲った男が元兵士だったので、正式な謝罪をどうすればよいかの相談でした。

 お祖母様は辞めた兵の一人の行動まで責任を取る必要はないし、こちらのことはわたくしの粛正で終わっているので男を法に則って裁くだけでよいと使いを帰されました。


 拾った四人組は四色猫カルテットと名乗っておりました。

 黒猫のマリー、赤猫のエリー、青猫のリリー、白猫のノアです。

 本名はマリエッタ、エリザベッタ、リリアナ、槍持ちがエレノア。

 色黒のマリー、赤毛のエリー、色白のノアは一目で判りますが、リリーは茶髪小麦色の肌で碧眼です。

 四色猫カルテットはめんどくさいので以後猫カルテットと呼びます。

 

 お祖母様のジャムクッキー四種類を出したら、猫なのに飢えたリスのように食べます。

 お祖父様嬉しそう。若い娘なら誰でもいいと言うわけではありませんよね?

 お祖母様はちょっと深刻なお顔です。


「親父様が指南役を勝手に辞めて、コンスタンツァ様に押し付けたのも悪いの」

「なぜ辞められてしまったのですか」

「私がこの人と結婚したから、フォルドデシェバルに付いて来てしまったのよ」


 なぜか睨まれたお祖父様が防御姿勢になります。


「遅く出来た子じゃったんで手放したくなかったんじゃ」

「なぜ、お祖父様が言い訳をされるのですか」

「性格が同じなの。実は親子なんじゃないかって本気で疑ってしまったわ。アウレリアを都の士官学校に入れる時には大変だったわ。ここに住むって言い出して」


 アウレリア伯母様は今は騎士団で第三師団長をされている、お父様の上のお姉様です。


「都屋敷に住んどる領主も珍しくないわい」

「うちはよそ様より魔獣が多いのだから領にいて下さいと、十二の娘に言われるのは珍しいと思うわ」

「そんなことより、この子らのように素質があるのに学ぶ機会のない者をどうするかじゃ」


 お祖母様が更に何かおっしゃろうとしましたが、クッキーがなくなって黒猫のマリーが割って入りました。


「あっしらが生まれる前にゃ、八つ裂きのヴィンセントって出来るお人がいて、ガキに手解きをしてくれたって話があるんすが、実は結構な貴族の公認偽名で、下っ端貴族の娘とくっ付いて田舎に引っ込んじまったらしいす」


 お祖父様とお祖母様が顔を見合わせられました。お祖父様が悪いお顔をなさいます。


「田舎は田舎じゃが、引っ込んだ訳ではないわ。家督を継いで自領に戻ったんじゃ」

「お知り合いで?」


 雰囲気を感じ取って黒猫は逃げ腰になりました。


「息子じゃ。アンジーの父親でもある」


 ここは乗っからないといけませんわね。


「下っ端貴族の娘はお母様ですわ」

「ひええええええっ!」


 ジャンピング五体投地。新しいですわね。


 時間が中途半端なので、お夕食前に南にある海を見に行きました。

 十二年ぶりに見た海の感動も、立ち並ぶ枝条架に打ち消されてしまいました。

 入浜式だったらこれを導入すればお塩が安くなると思っていたのですが。

 猫カルテットとスケさんカクさんを連れてギルドにも行きましたが、特に怖がられることもなく受け入れられました。


 実力に応じた毅然とした態度はむしろ庶民に好まれるようです。公認偽名もあるので冒険者ギルドでは貴族に横暴なイメージがないのでした。

 カルロの処罰は達成可能な危険依頼十回になりました。

 北海道のヒグマが小学生の鳴らす鈴に近付かないのと同じレベルの警戒心の冒険者の日常からすれば死刑十回に近いのですが、自力で死を回避可能で社会貢献にもなるので温情と受け取られました。


 入寮まで王都の南の海岸や西北にあるミップラテリアの森で、魔獣と薬の材料になる薬草などを採取して過ごしました。

 蜂の毒袋を取った残りの身は海魚の撒き餌になるので、猟師が買ってくれるのでした。

 一般の冒険者と話をするようになって、お祖父様お父様がお酒に酔われる謎も判明致しました。

 お二人に限らず体が丈夫な酒飲みは、わざわざ毒耐性がマイナスになる装備を付けて飲んでいたのでした。

 お祖母様お母様が酔っ払い二人を冷たい目で見られるはずです。


 入学式の前日、入寮者名簿が届きました。部屋はすでにくじで決まっているのですが、他に誰がいるかは貴族は前日、それ以下の身分の者は当日にならないと判りません。

 特定の人と同級生になろうとして学科の受験者が偏らないように、誰がどこを受験したかは公表されず合格も本人にしか通知されません。

 能力に応じた適材適所でないと人類が滅びかねない世界なのですわ。

 合格後に学科を変えようとする者がいたせいで入学まで判らない様になったのですが、いつのまにか貴族だけ前日知らせが来るようになったのです。

 名簿をご覧になっていたお祖父様が「おや」とおっしゃいました。


「法薬学科の同級生の中にジュリアナがおる。統治科か錬金術科と思っておったんじゃが」

「なにか、ある人なのですか」

「トレンテエスト男爵の娘なんじゃが、母御が元第二王子殿下なんじゃ」

「なんで第二王子殿下が男爵なのですか?」


 王太子の兄姉は臣下に降るなら一代公爵が常識です。


「それが、二の殿下は男爵の嫁なんじゃ。男爵領は二の殿下の捨扶持なんじゃが。臣籍に降ったのではなく、王族から追放されたと言われておる。評判の悪い男の娘を産んだためにな。小姉ちゃんの話では殿下ご自身が望まれたそうじゃが」


 トレンテエスト男爵ジャコモ・アブ・プロフォンドフューメは元騎士長で、不実やふしだらを絵にするとその肖像画になると言われている漁色家でした。

お祖父様の下のお姉様、小姉ちゃんこと騎士団総長のフランソワーズ大伯母様によると、女が言い寄ってくるだけで本人は呪いではないかと嫌がっているそうです。

 漁色家の噂も、振られたり独占出来ない女が腹いせに広めたものだとも。

 随分重い設定の子が出て来てしまいましたわ。絶対この子がヒロインですわね。


「部屋は二階の西から二番目じゃったな。西端はスピナカステロ侯爵家の出入り商人の娘か。東隣もスピナカステロ領のアクアポルタの郡代(いくつかの村を統括する代官のことです)の娘じゃな。あそこが集めやすい上級素材があったで、仲良くしておくとよいじゃろ。二の殿下の娘とも出来たら仲良くしてくれんか。二の殿下は詠唱魔法も法薬も上の下くらいでな、ずっと王族の資格はないと悩んでおられた」

「ジュリアナ様でしたか。その方はきっと、愛し合えるお方とめぐり会い、お幸せになれると思います」

「アンジーがそう言ってくれると、嬉しいのう」


 わたくしが持つ謎の運には確証がありませんが、これだけは外れない自信がありますわ。


 上流階級の社交界入りの最初の試練と言われている、午前中いっぱい色々な方の訓示を聞かされる長い入学式が終わり、学科の教室に移りました。

 校舎は広い学園の敷地に分散した学科ごとに独立した建物で、砦風だったり塔だったり屋敷だったりします。

 法薬学科は厚い板と太い角材で出来た、高級懐かしの木造小学校です。

 一人掛けの机は実習のためにやや大きく横四列縦七列ですが、出世コースから外れて堅実な実務を選んだ法薬学科は定員二十八名に対して僅か十二名、女ばかりでした。

 わたくしが宮廷魔導師を目指すとの憶測で他所に流れたようです。


 担任のオリヴィエラ先生はお母様の二年上の先輩で、ファミリアはドブネズミサイズのモモンガ、ティラトーレです。

 家名や身分を気にせず付き合えるように、学校内では名前だけ呼ぶのが常識で先生も名前呼びですわ。

 先生はお母様の学生時代の数少ない友人の一人で、はっきり言ってしまうと「おねえさま」だった人です。

 わたくしの席は、これもくじで決まっていた窓際の前から二番目です。

 全員席に着いてから一人ずつ自己紹介になりました。

 トレンテエスト男爵令嬢ジュリアナ・アブ・プロフォンドフューメは、ゆるいウェーブの明るい栗色の髪にわたくしより少し濃い小麦色の肌、細面の小顔に大きなアーモンド型の目の、腺病質な雰囲気の暗い美少女でした。 


 自己紹介の後教科書と自習用の初級薬製作具が配布され、ハイクリスタルの撹拌棒と蜂の毒袋一人千個がお父様の寄付なのが告げられました。

 皆実力で生きて行かなくてはならない立場の娘なので、混じりけのない感謝と憧憬が押し寄せてまいりました。

 毒食わば皿まででおっ被せます。


「蜂の巣はミップラテリアの東南側低位危険区域と中位危険区域に二つ御座いますでしょう。一日で二千五百匹以上獲れますわ。蜂を獲りながら読書を致しますと知力が上がります。実技講習に入る前に、十日ほどキャンプを提案致したいのですが。入り口の砦までの送迎と蜂獲りは当家の者が致します」


 教卓の端で大人しくしていたティラトーレが、先生の肩に飛び乗ってわたくしを見ました。森に行きたいのでしょう。

 でも、先生はモモンガじゃないのでちょっと心配されました。


「ありがたいお話ですけど、砦に十日宿泊する料金もありますでしょう」

「最初の一日はお支払いしますが、残りは薬草などを採集してわたくしが買い取らせて頂くのはいかがでしょう。毒消しが作れるようになれば冒険者に相対でいくらでも売れますし」


 毒消しはほぼ万能薬的な扱いで、酔っ払い以外にもあるだけ売れるのです。

 先生は納得されたようです。


「とてもありがたいお話なのでお受けすべきだと思いますが、万一支障があるようなら、無理に行くのは良くありません。皆さん大丈夫でしょうか」


 先生が心話力で雰囲気を探られているのを感じます。普通の十二歳の女の子では低位危険区域でも命に係わります。

 孤児院から推薦された特待生ニコレッタが手を上げました。

 ウェーブのある黒い短髪に浅黒い肌、愛嬌はあるけど栄養の悪そうな顔は、すごく一生懸命な子に見えます。


「居続けが出来るほど稼げるのでしょうか」

「それは大丈夫です。中位危険域なら需要の多い霊力回復薬の材料が揃います。後はありませんか」


 他には特になかったので、ジャムクッキーを出して効能を説明しました。

 実務には体力持久力も必要なので、そちらも底上げします。

 一食でも文官系の子供にはそれなりの効果があるとお母様がおっしゃいました。

 コンテナからお茶セットとお皿を出すと、スピナカステロ家臣団のビーチェとファビアが甲斐甲斐しく手伝ってくれます。

 この二人、妙に有能ですわ。

 悪役令嬢の取り巻きって無能なイメージが漠然とあるのだけど、違ったかしら。

 悪役令嬢自体未だによく判らないし。


 郡代の娘ビーチェはわたくしと同じくらいの薄い小麦色の肌で、愛嬌のある丸顔に縁の細い丸眼鏡を掛け、この辺りでは珍しい直毛の黒髪を巫女のように腰まで伸ばして後ろで一つにまとめてあります。

 出入り商人の娘ファビアは標準のウエーブの焦げ茶の髪に小麦色の肌、三角顔に大きな丸目の、何処かで見た小動物です。

 なんでしたっけ、ペットに出来る珍獣、猫の代わりにねずみを捕る何とかキャット、ナントカする? そう、カコミスル。


 皆実務の道を選んだ者なので部屋の整理はそれほど時間を必要とせず、今日の午後を仕度に当てれば明日行けると言うので行くことになりました。

 わたくしが山遊びで拾った黒クルミの枝を練成して両端に波紋鋼の石突を着けた護身用の杖を、全員に渡しました。

 上位危険区域で拾った物なので、先生に差し上げても恥ずかしくない品です。

 軍用サンダルも一応人数分出して見せました。

 ちょっとごついのでどうかと思ったのですが、みんな喜んでくれました。

 こちらも先生にも差し上げたけど、ティラトーレは履けないのよ。

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