第7話 デビュー戦ですわ
大陸の南端にある王都は完全に熱帯で、街並みは主な建物は石造りです。
上級市民の服装はパルテノン風か良い目のサリー、兵士はローマ風、庶民は薄手の貫頭衣か古代エジプト風でした。
冒険者ギルドは人の出入りの多い北口付近にあり、石造りの三階建てです。
入り口の前に何人か若い者がたむろしていて、その中からローティーンくらいの女の子が四人近付いてまいりました。
十二歳のわたくしはローティーンでもないのですけどね。
お待ちかねのからまれイベントですわ。
都の案内役に雇って欲しいと言って用心棒代をたかり、断れば腕を見て欲しいと言って来るのです。
大人がやるとただの暴力なので、同じくらいの歳の子にやらせるのですわ。
こちらも家臣とは違う相手との腕試しのつもりで承知で来るもので、勝っても負けても幾許かの祝儀をやる慣例になっています。
四人の服装は全員膝上の薄手の胸の開いた貫頭衣、色白の子一人だけ細身の短槍を持ち、後は短剣を腰に吊るして指のない革の手袋をしているだけです。
わたくしは軟らかい鹿革のビキニアーマーの上にリネンのワンピース、両手に波紋鋼のガントレッド、足には厚い甲革に波紋鋼の鋲を打った軍用サンダル。
ちなみにサンダルは装備なので底から闘気が出せます。
いかにも田舎者の腕自慢のお嬢様ですわ。
手袋だけの中で一番黒い子が前に出ました。
「どちらかの名家のお嬢様とお見受けしやす。マリエッタと申しやす。黒猫のマリーと呼ばれておりやす。よろしけりゃ、都での案内役を勤めさせて頂きてえと存じやす」
定型の口上ですわね。こちらも定型で返します。
「わたくしより弱い者を供にしても意味がないわ。案内なら都勤めの者がしてくれます」
「力をお見せすりゃ、よろしいんで」
「そうね、弱くてもそれなりなら、連れて歩くのに家臣より気が楽だわ」
「では、やらせてもらいやす」
剣帯を別の子に渡すといきなり全部脱ぎましたわ。貫頭衣の下何も着てないのね。
スレンダーな上に焦げ茶色の肌で更に細く見えるけど、筋肉質で胸は少しだけ膨らんでいて、これはこれでありでしょう。
パフォーマンスとしては良いけど、でも自意識がすっかり女の子になってしまっていて全然嬉しくない。
「瞬動が使えるのね。でも、そこまで脱がなくとも宜しいんじゃない」
「混じりっ気なしの実力を見て下せえ」
気に入ればそのまま配下にすることもあるので、本気で来るようです。
「良いでしょう、手加減は必要ありませんわよ」
わたくしの言葉が終わるのに合わせて跳び掛かってまいりました。
背中から闘気を出して加速する瞬動で右の中段突きですが、普通の人間の瞬動はこんなに遅いのね。
我が領の兵はみなお祖母様の直門だから、比べるのが酷だけど。
それにしても、これはいけませんわ。瞬動に霊気を回し過ぎて腕に闘気が来ていません。
普段短剣を持って使っているのかしら。わたくしが闘気で受けたら、この子の指が折れてしまうでしょう。
左足を引き半身になって躱し、左手で突いて来た手首を捉えて引き、右手で相手の左肩を打ち、回し投げます。
一人だけ覚えている名前「戸塚大観」それはおそらく自分ではなく、この技を教えてくれた師匠。
天女が薄衣の袖を振るが如くに 【天舞無拍子流 羽衣】
闘気を出している背中から落ちたので怪我はないはず。
魔獣を倒すために発達した舞闘術には投げ技がないのです。対人戦闘の癖が付いて技が小さくなるといけないので組み手のようなこともあまりしません。
「何をしているのっ、受け当てをしなければだめでしょ」
「なんすか、そりゃ」
黒い女の子は、のそっと四つん這いになります。
「瞬動が出来るのに知らないの? 同じ舞闘術の使い手を素手で攻撃するなら闘気を拳に纏わせて突かないと鎧を打ったのと同じことになるわよ。防御の積もりで攻撃するのが受け当てよ。それに、この短距離なら足の裏から衝打を出して跳ぶべきよ。いったい、誰に習ってるの」
女の子は立たずに座り込んでしまいました。
「半ちくな兵隊崩れの野郎で」
「その者は師範免許は持っているの」
「持ってるわきゃねえっす」
それは、許されないのです。
「その者に恩はある?」
「ねえっすよ。授業料を体で払わせる野郎で」
「躊躇なく粛正出来るわね。どこにいるの」
四人の中で一番色が白い槍持ちの子が話に割り込みました。
「結構強えんすけど」
黒い子が白い子に向かって首を横に振ります。
「いや、この旦那は別格だ。オレでも触られりゃ判る。旦那、ギルドにいるはずでさ」
黒い子が立ち上がって服を着ます。ギルドに向かおうとしたら、そこそこ大きな男が出て来ました。
薄ら笑いを浮かべて近付いてまいります。
「マリー、金づる捕まえたか」
黒い子が言い返そうとするのをわたくしは制しました。
「お前がこの子達に舞闘術を教えた者か」
「だったら、なんだってんで?」
男は少しでも大きく見せようとするかのように胸を張りますが、お父様の半分にも見えません。
「師範の免許は誰から受けた」
「誰だっていいじゃねえか」
「言わなければ粛正する」
「世の中、決まり事だけじゃ」
自分の台詞の途中で突き掛かって来ましたわ。せこい男。
貴族側が圧倒的に強ければ大人が挑んでもよいのですが、これは違いますわね。
足の裏からの闘気で跳んだのですが、動きは黒い子と同じです。しかし、今度は投げません。
左足を引き寄せつま先を外に向け、右足をすり足で沈み気味に踏み込み、斜め下から右の掌底であばら三枚を打ちます。
寄せ来る波を恐れず海中の獲物を
男が胸に防御の闘気を集めて受けたので、多少手荒にしても死にそうもないので掌底から闘気を押し込みます。
斜め下からの攻撃には体重以上の抵抗は出来ないので、男の体が浮き上がって後ろに飛びました。
三メートルほど向こうに背中から落ちて悶え苦しみます。
胸の防御に回したので背中は通常の霊障壁すら薄くなっているはずです。
呻き苦しむ男をしばらく見ていると、ギルドから職員らしき女が出てまいりました。
「その者は一応ギルド会員です。お嬢様のご身分とお名前をお聞かせ願えますか」
「フォルドデシェバル子爵家第一子アンジェリーヌ・アブ・フォレスティエで御座います。大師範ジュスティーヌ・コム・フォレスティエの弟子として不埒者を粛正いたしました」
ギルド職員の顔が引きつります。
「フォルドデシェバル子爵家の、御息女……」
決まりましたわね。おーほほほほと笑いそうになったのは懸命にこらえました。
ギルド職員はうつむいて、土下座すべきかどうしようか迷っているようですわ。
この人は悪いことしてないように思うけど、あの男をギルド会員のまま放置していたからでしょうか。
四人組を見たら土下座を通り越して五体投地しておりました。
「この者の処分はお任せしてよろしいかしら。ギルド会員なのですよね」
ギルド職員の顔から、熱帯だからとは違う汗が噴出しています。
「は、はい、こちらで対処させて頂きます。後日ご報告を致します」
「それには及びません。わたくしも冒険者としてギルドを利用させて頂きますから」
何度でも来るからな、みたいな。
泣きそうな職員の女は周りの者に声を掛けて、倒れている男をギルドに連れて行かせました。
わたくしは平伏している四人に声を掛けます。
「あなた達のことはお祖母様に頼んでみます。だめでもわたくしも師範の免許は頂いています」
四人が寝たまま手を合わせます。
「「「「ありがてえありがてえ」」」」
ここで終わっていればよかったのですが、四人を立たせてギルドに向かおうとしたら、お祖父様とお祖母様が降りていらっしゃいました。
文字通り飛んで来られたのです。一人で行きたいと申し上げて、納得して下さったはずなのですが。
「チンピラなどに絡まれていないか心配になって来てしもうた。どことなく殺気立っておるが何かあったのか」
隠す訳にもいかないので、正直にお話しします。
「師範の免許を持たない者が対価を取って舞闘術を教えていたので、成敗いたしました」
お祖父様の髪が逆立ちます。
「そんな奴は許さんわ!」
お祖母様がお祖父様のおへその辺りを押さえて「待て」をされます。
「それは私の台詞よ。と言うか、もう済んだのよね」
お二人に仔細をお話しして四人のお稽古をお祖母様にお願いしたら、スケさんカクさんでは女子寮に頻繁に入りにくいので、連絡係に丁度よいから都屋敷付きとして雇って頂きました。
このくらいは大殿様の裁量で出来ます。
ともかくギルドの依頼を見てみたかったのでぞろぞろ入っていったら、お祖父様お祖母様のお顔を知っている職員が泣き土下座してしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます