第6話 急成長して上京ですわ

 壁の穴が塞がるかそのままか確かめるために、しばらく洞窟に居ることになりました。じっとしていても仕方がないので奥の地底湖まで行きます。

 水分のせいなのか地底湖の周りの壁にはヒカリゴケがなくて、向こう岸は見えません。

 守護兵が網を打って底に沈んだ宝石を取ります。

 地底湖から敵が出て来るのを見張るように、お祖父様が上がってくる網を見ていらっしゃいます。


「緋水晶ばかりじゃな。マリちゃんや、良いのを選り分けておくれ」


 緋水晶は霊気を通すと発熱する、電熱線のような使われ方をしている材料です。いらないものではないのですが、安いですね。

 選り分けていらしたお母様が「あら」と声を出されました。


「何か、あったのかい」

「青真珠です」


 お母様は大人の親指の頭ほどの青黒い真珠光沢の、サッカーボールのような多面体結晶を差し出されました。


「おや、まあ。大きいわね」


 お祖母様も驚かれました。自分の霊気を溜めておける魔導具になるそうです。充電式電池型のMPポーションですわね。

 上位貴族の贈答品にも使える上物でしたが、わたくし用になりました。

 良過ぎるものが出たので終わりにしようと、最後にお祖父様が思い切り遠くに網を投げられましたが、出て来たのは普通の水晶ばかりのようです。


「さすがに、外れか」


 仕分けをしているお母様の背中にお祖父様がおっしゃいましたが、お母様は手を止めて「いいえ」とお返事をされました。

 お母様の手には八角形の太さ三センチ長さ二十センチほどの結晶がありました。


「輝水晶か!」

 

 お祖父様満面の笑み。

 青真珠ほど珍しいものではありませんが、練成すると純水のように透明なのに表面が虹色に煌く、製薬の撹拌棒の最高級品になります。

 上法薬師なら持っていたい一品で、大法薬師のお母様は当然お持ちです。

 お祖父様がわたくしを小脇に抱えて直ぐに帰ろうとして、お祖母様に叱られました。

 崩した壁の穴がとりあえずは変わっていないのを確認してから、一度モリブデン鋼を造りに帰ります。

 カルマーヴォワールに泊まって翌朝早くに出発、メザルナ村の爺のところでお昼を食べて夕暮れ前にローキクール城に帰り着きました。


 先に連絡が行っていたので、お父様が鍛冶屋の親方と城門前でお待ちになっていました。

 鍛冶屋の親方は、火花避けの革の前掛けの下はヨガの行者みたいなふんどしっぽい布を巻いただけです。

 仕事などで理由があるなら裸でもかまわないのです。

 お祖父様からモリブデン(だといいな)と輝水晶を受け取ると、親方はさっさと行ってしまいました。忠誠心は出来た物の質で示す人です。

 モリブデンならほんの少し(割合までは知りませんわ)混ぜればいいと昨日のうちに言ってあります。

 鍛冶屋は錬金術師の一種なので、魔法で何とかしてくれるはずですわ。


 お夕食が終わる頃には輝水晶の撹拌棒は出来るはずなので、寝ないで待っていて欲しいとお祖父様に言われました。

 もうご飯を食べたら直ぐおねむにはならないのですけどね。

 お祖父様のおっしゃった通り、お夕食が終わるのを待ってわたくしの名前が刻まれた撹拌棒が届けられました。

 一生どころか、子孫にもずっと伝えられる物です。お祖父様ありがとう。


 三日後のお昼寝の後、新しく造られた剣を持ってお父様がいらっしゃいました。

 ご機嫌が良いのとちょっと違う雰囲気です。


「アンジーは少し強い鋼になると言ったけど、少しじゃなかったよ」


 お父様が抜かれた剣を見て「ええっ!」と声を上げてしまいました。

 それは刀身と一体の柄に縄を模した滑り止めの縄巻き模様があるだけの、大きなペーパーナイフのような鍔の無いシンプルな剣だったのですが、とても美しいものでした。

 わたくしが子供っぽく驚いたのでお父様嬉しそう。


「なんでダマスカス鋼」


 わたくしが言うとお父様のテンションが下ります。


「こうなるとは思わなかったけど、これは知っているのだね」

「いえ、ダマスカス鋼は、模様はありますが緑色じゃありません」


 暗い波紋も明るい地の部分も緑色掛かっていて、蛇紋石で造ったようです。

 お父様復活。


「これは波紋鋼と呼ばれているよ。品質は魔硬化銀より上で何度か造られてはいるが、造った者は皆誰にも材料を教えずに死んでしまっていたのだ」


 鍛冶屋の霊気と混ぜるので緑色の波紋が出るようですわ。銀が炭素鋼以上の装備になるのですから、この程度の予想外は驚かなくても良かったのかも。

 鋼と呼ばれている物だって、炭素鋼じゃないのかもしれませんわ。

 鍛冶屋も色々試してはいるはずなので、モリブデンの産出量が少ないのではないかしら。

 モリブデンではない、この世界特有の金属なのかもしれませんわ。

 その辺はもう終わったことにして、あの金属が波紋鋼になればそれでよいのです。


 ともかく我が領の特産品が増えました。財政は余裕があるから、押しも押されもしない富裕層になりましたわ。

 当然皆大喜びなのですが、わたくしには落とすための高い高いにしか思えません。

 絶対に破滅などするものですか。

 恋人をヒロインに取られる最小限の被害で切り抜けてやりますわ。


 山歩きが出来るようになってから、わたくしは六晶華を年に一つか二つ見つけました。

 再生薬の材料の六晶華は花ではありません。花弁に見える白い葉の集まりの中心に透明な結晶状の実がなっているのです。

 再生薬は四肢の欠損さえ治せるのですが、無傷で飲めば年齢を五年戻せます。

 いきなり五歳若返るのではなく、五年間じわじわ若返るのです。本来歳を取っているのですから若返り効果は十年分ですわね。

 お祖父様ほどの実力があれば見た目など気にされないのですが、高能力者は老化が遅い傾向にあるので貴族の間で高値で取引されます。


 わたくしの容姿はお父様とお母様の子が醜くなるはずもなく、やや薄い小麦色の肌に緩いウェーブの焦げ茶の髪のエキゾチックな美少女です。

 お祖母様に一番似ています。遺伝子があるなら、お祖母様半分お母様半分ですから祖母似は普通ですね。

 十歳の時にお祖母様から舞闘術の師範の免許を頂き、文武両道に秀でた完璧な令嬢に育ちましたわ。

 英知のコンテナ以外に特異な運も持ち合わせた者として、わたくしの評判は王都トレンテポルタに広まったのでした。


 しかし、わたくしも万能ではありませんでした。詠唱魔法が使えないのです。

 魔法理論がまるっきり理解出来ないのでした。

 前世の魔法理論が机上の空論だっだせいでしょう。疑いようのない魔法が使える人間が誰もいなかったのですから。

 法薬師は材料に霊気を流して抽出合成するだけなので、霊気が出せれば調理感覚で出来ます。

 なにか一つ人より優れていれば社会の役に立つので、わたくしが詠唱魔法を使えないのはただの個性扱いでした。

 十二歳になったわたくしは法薬師を目指して、王都トレンテポルタにあるお母様の母校王立魔導学園法薬師科に入学いたしました。


 生まれ育ったローキクール城を後にして、お母様とお祖母様に無駄遣いだとお父様が叱られた、三台目の四十人乗りの大型蒸気自動車は走ります。

 お父様もお祖父様よりは若干小さいけど大男なので、できるだけ大きな自動車が欲しかったのですが、お金に余裕があると新しい自動車が欲しくなる人でもありました。


 車高の高い兵員輸送車風の車内でお祖父様も楽しそうに座っていらっしゃいます。ええ、スケさんカクさんの他にお祖父様とお祖母様も一緒なのです。

 隠居はどこに居ても良いと、わたくしが卒業するまで都屋敷(大名の江戸屋敷のようなものですね)にお住まいになられるそうです。

 山育ちのわたくしが都の子に苛められないか、心配して下さっているのです。


 お母様は都では子供の頃は友だちがほとんどいなかったのです。

 目立つくらい色白だからとおっしゃいますが、どうもお母様の性格に問題があったような。

 それで宮廷魔導師団や内務官にならずに実力で生きて行ける法薬師になられたのでした。

 わたくしでもこの国では白い方なので、アンジーを苛める奴がいたらただでは置かんとお祖父様は息巻いていらっしゃいますが、今のわたくしをどうやって苛めるのでしょう。


 都に慣れるように、入学式より十日早く都入り致しました。寮が開くまで都屋敷に泊まります。

 着いた翌日、冒険者ギルドに行きました。登録は領で済ませてあるのですが、どのような依頼があるか見たかったのです。

 この時期のおのぼりさん専用のイベントもあるのです。

 お祖父様がついて来ようとされましたが、さすがにお断りしました。

 目立ち度合いは熊を連れて歩くのと変わりませんわ。折角のからまれイベントが逃げてしまいます。

 人間同士で争っていられないほど魔獣が強く、治安側の他に強い善良な一般人も多いので王都は十二歳の女の子が一人歩き出来るくらいに安全です。

 でもちょっとわくわくしますわ。善人が多くとも個人的にクズはいるので。

 領都で冒険者登録した時はお祖父様スケさんカクさん付きだったので、からまれイベントが起きようもなかったのです。

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