第5話 ご都合主義大盤振る舞いですわ

 七歳の誕生日に、お祖父様が「水晶窟に連れて行ってもいいじゃろ」とおっしゃいました。


「アンジーなら何か良いものが見つかると思うんじゃが」


 山歩きで再生薬の材料の貴重な薬草を二本、ダンジョン化した蜂の巣を一つ見つけていて、英知のコンテナ以外にも特殊な能力があると思われています。


「十歳になったらと思っていたのですが」


 珍しくお父様がお祖父様に反対されました。


「この子の強さはいつも一緒にいるわしが判っておるつもりじゃが、焦ってはいかんな。どうも、アンジーは何でも出来てしまう気がするでな」


 お祖父様が少しへこまれてしまいました。フォローしましょう。


「水晶窟って、どのようなところなのですか」

「ルージュシャトー山の中腹に水晶が壁から生えておるダンジョンがあるんじゃ。たまに宝石の良いのが落ちとるんじゃよ。奥の地底湖まで行けば何かしらあるんじゃ」

「わ、行きたいです」

「また余計なことを。洞窟の中には魔獣は出ませんが、途中が危険なのです」


 お祖母様に怒られました。でも、幼女のわたくしの頭の中は、行きたい行きたいが100%になってしまいました。

 では、切り札を出しましょう。


「お父様のお得意の八つ裂き打ちが出来たら、連れて行ってもらえますか?」


 貴族の子弟が実力を試すために偽名で冒険者登録が出来る「公認偽名」という制度があるのです。

 お父様は都で冒険者をされていた頃は魔獣の関節を壊して手足をもいでしまう技で有名で、八つ裂きのヴィンセントと呼ばれていました。

 お父様がずるそうなお顔をなさいました。


「あれが出来れば、良いよ」


 いくらなんでも出来ないと思っていらっしゃいますね。候補は二つあるのですが。

 翌日鍛錬所でやってみることになりました。

 お父様と二人で下げ藁の前に立ちます。お祖父様お祖母様は他の者と一緒に少しはなれてご覧になっています。


「アンジーは八つ裂き打ちをどのような技だと思っているのかな」


 中二病的なものは論外にしても、もう少し良い名前はなかったのでしょうか。


「ネジ、でしょうか」


 お父様余裕の笑顔ですね。これは外れのようです。でも試しましょう。


「思った通りにやってごらん。だが、あまり強い力を出してはいけないよ。思わぬ怪我をするかもしれない」


「はい」とお答えして、お腹に力を起こします。伸ばした手の平を藁に当て、漫画的なコークスクリューブローのイメージで闘気を撃ち出します。

 藁束が回転しながら千切れ飛びました。最初の日に下げ藁を壊した時のように皆が引きました。

 お父様、笑顔が強張っています。


「いや、ああ、ちょっと違うね。それは螺旋撃だよ。怪我は、ないかな」

「少し、手が痛いです」


 お祖父様とお祖母様が慌てて寄って来られました。まだ体がついて行けないようです。

 腕立て伏せや闘気を使わずに下げ藁を打って腕を鍛えました。


 螺旋撃を使っても痛くならないようになってから、もう一度挑戦です。

 今度は他の者が見て真似ると危ないので、お父様お母様お祖父様お祖母様ドンブロヤージだけです。

 お母様も見たいとおっしゃって来られました。なのでドンブロヤージもいます。


 掌から力が出る寸前にドーム型になるように指を揃えて曲げ、掌も窪めます。

 藁束の後ろが弾け飛びました。

 お父様がちょっと下を向かれます。これ編み出すのにどのくらいお稽古されたのでしょう。

 打つと考えるとこの形に手をするのが思い付きませんわね。お父様が出来る方が謎です。


「どうやったのかな」

「力が出る時に、握って小さく固めればよいのかと」


 わたくし、嘘を吐きました。モンロー効果だと思います。手で作ったドームでそんな効果が起きるか判りませんが。

 違っててもいいです。出来たのですから。


「アンジーは凄いのう。水晶窟行ったら何が拾えるか楽しみじゃ」


 お祖父様すっかり祖父馬鹿です。お祖母様がお祖父様を横目で見られます。


「あなた一人では心許ないので、私も行きます」


 当然守護兵が何人か付くはずですよね、お祖母様。


「お二人がご一緒なら安全ですから、わたしも連れて行って下さいませんか。あの近辺には貴重な薬草などもございますから。ドンブロヤージならわたしを乗せて坂を上がれます。ね」


 お母様がドンブロヤージをよしよしされます。

 普段は外出そのものがお嫌いなはずですが。


「留守はどうするのだ」


 お父様が墓穴を掘ってしまわれました。みんなで無言でお父様を見たら、観念されました。

 領主様はお城に居て下さらないと。


 水晶窟の近辺はとても危険なのでスケさんカクさんでも戦力外で、大人の守護兵六人が付く事になりました。

 お祖母様はワイバーンの鱗のガントレッドに翼製のビキニアーマー、その上に脱ぎ易いサリーのような一枚布。お祖父様は怒赤竜の革と鱗で造った赤い鎧を着て、魔王軍四天王夫婦な雰囲気です。

 赤くてもお祖父様はだるまには見えません。赤いので大魔なんとかにも見えません。


 お母様も一緒なので蒸気自動車でアバンポンの北のカルマーヴォワールまで行きました。水晶窟に行くための補給基地のような村です。

 途中のお昼ご飯も最初はいつもの真ん中のへこみにジャムを入れてあるジャムクッキーでした。食べ飽きないのですけどね。


「お陰さまでわたしも随分丈夫になりました」


 野イチゴのクッキーを召し上がりながらお母様がおっしゃいました。

 なんででしょう。聞いてしまった方が早いですね。


「なにか、特別なものが入っているのですか?」

「話してなかったかしら?」

「うかがっていません。普通に体に良い食べ物だと思っていました」


 我が家のクッキーやジャムには魔法薬製作の応用でお祖父様とお祖母様の闘気が練り込んであったのです。

 アンズを他領から買っていたのも、材料によって作れるものが違うからでした。

クッキーは体力、ブルーベリーは敏捷性、野イチゴや木苺は耐久力、アンズは回復力、リンゴは筋力が上がるのです。

 どれも数字で量れるようなものではないのですけどね。

 今のところお祖父様とお祖母様しかお出来にならず、あまり量が作れない物なので話さないようにしていて、わたくしにもはっきりとは言い忘れていたと言う。

 スケさんカクさんがいつも有り難がっていたのも、お二人のお手製というだけではないのでした。


 いくらお父様の子でも山育ちの領民の子に比べても強すぎると思ったら、能力値強化アイテムをお昼ご飯にパワーレべリング風廃人プレイをしていたのですわ。

 毎日蜂数百匹とか、牛より大きいイノシシとかそれより大きな鹿とか。

 最近は蜂を獲るだけではなく、イノシシや鹿の止めを刺させてもらっています。


 最強幼女の謎も解け、目出度く水晶窟に到着いたしました。

 途中で三メートルくらいの猿とか、一抱えもある大蛇とか、同じくらいの大ムカデとか出たのですが、紅蓮槍装備のお祖父様に勝てるはずもなく、各種材料や食料になりました。

 お祖父様でも立って歩くのに十分な高さがある水晶窟の中は、濃い霊気で育つヒカリゴケで覆われていて明かりは必要ありませんでした。

 一本道の洞窟をしばらく歩くと壁に水晶が生えています。それが少しずつ大きくなって行くのでした。


「もうそろそろ、宝石が落ちていてもよさそうな」


 壁から生えた水晶が剣の柄くらいになった辺りでお祖父様がおっしゃいました。

 わたくしはなんとなく壁が気になります。


「宝石は壁に埋まってはいないのですか」

「下に落ちているというか、生えてくるんじゃが、壁や天井にはないんじゃ。壁はただの水晶が生え、床には宝石が生える、そういうダンジョンとしか説明のしようがないんじゃよ」


 左右の壁をぺたぺた触ってみます。左側の壁がなんとなく気になります。地脈とは違いますが、右と霊気の流れが違うような。


「お祖父様、ここは一本道なのでしょうか」

「そうじゃが、何かあるかな」

「左側にもう一つ洞窟があるように思えます。壁を壊しては、いけませんか。天井が落ちて来るでしょうか」

「この辺りは頑丈じゃから、大丈夫じゃが。ここに入ると下ばかり見ておったな。どの辺が良いかな」


 誰でもやりたいでしょ、ダンジョンの壁壊し。

 向こうの霊気を強く感じるところが壁が薄いかもしれません。良さそうなところを探してお教えしました。

 お祖父様は洞窟に入いる時に一度仕舞われた紅蓮槍をお出しになります。

 残りの皆が下り守護兵が前に立とうとしましたが、お祖母様が制されました。


「ちょっと本気だから、私の後ろでマリカとアンジーを守って」


 お祖父様が闘気を溜めれられると風が起きました。闘気に煽られて髪が逆立ちスサノオノミコトのようです。

「ふむっ!」と短い気合で壁を突かれると轟音と衝撃波が起きます。衝撃波のこちらに来た分はお祖母様が打ち消されました。

 お祖父様は壁を見ていらっしゃいます。


「厚みは二メートル程じゃな。一応通ったが向こうにも生き物の気配はないようじゃ。通れるようにするで、もう一度守れ」


 一度に穴を開けて何か出て来たらいけませんよね。さすがお祖父様。

 通れる広さの穴が開くと守護兵が二人入って行って、銀色の塊を持ってきました。精錬したような輝きです。ダンジョンなので純度100%なのかもしれません。

 クロムかしら。モリブデンだといいですわね。 ここに居ったか森武伝、探したぞ森武伝。


「アンジー、なんだか判るかな」

「モリブデンだと思います、お祖父様」

「誰じゃ、それは」


 あら、いけない。えーと、水兵リーベ僕の船、えーと何番だっけ? ともかく金属です。


「金属ですわ、鉄に少しだけ混ぜるとよい鋼になるのです」

「金属じゃよな、どう見ても。なぜ人と思ったんじゃろ」


 しょうもないことを考えていたわたくしのせいです。ごめんなさいお祖父様。

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