第4話 実力強化ですわ

 翌日穴を見に行くと、穴が大きくなって深くした部分の周りは歩けるくらいの縁が残してありました。

 階段の幅も周囲の三分の一くらいまで広がっていました。肥料が出来たら運び出さないといけませんからね。

 穴が出来てから三日後、いつものようにブルーベリーを収穫しながら時々生食をしていると、庭師の親方が走ってきました。


「何事か」


 お祖父様が「大殿様」モードになりました。


「姫様の穴に虫が湧いたでがす」


 もうちょっと言い方がないのかしら。

 この親方は領の西端に近いエルブポートの出です。

 領地を拡張するときに移民を募集したら、あちこちから来た人の言葉が混ざって、独特の方言が出来てしまったのだそうです。

 勤勉な者が多い土地柄なのでお城にも何人か勤めています。

 お祖父様はわたくしを呼んで小脇に抱えると走り出されました。お急ぎですね。

 お祖母様は「先に行きます」とおっしゃって飛んで行かれました。ずいぶん大変なことが起きてしまったみたい。


 穴に着くと、守備兵と庭師が縁から長い柄杓で土をすくい出していました。荒い篩に掛けると、腕くらいの大きな白いイモムシが残ります。

 なにか、思っていたのと違います。


「ヘラクレスオオカブトムシの幼虫?」


 とりあえず知っている一番大きなイモムシを言ってみました。


「では、なさそうじゃな。わしは知らんが。これも、へらくれす、おおかぶとむし、も」


 流石にお祖父様も困っていらっしゃいます。

 掘り出されたイモムシは大きな水桶に入れられてギチギチ鳴いています。


「イモムシって、鳴きました?」

「これは魔獣だから、鳴くようじゃな」

「魔獣なのですか」

「うむ。ここが小さなダンジョンになったのじゃよ。あれに毒がなければ肥料が無限湧きするのじゃね」


 濃い霊気が特定の魔獣になる地域をダンジョンと呼びます。

 一度湧く魔獣が決まると地脈が移動して霊気が枯れない限り一定数湧き続けるそうです。

 死体が光になって消えたりはしません。

 お祖父様は肥料になりそうか聞くために親方を呼ばれました。


「潰したのを水桶に入れて草を入れたでがす。だめならじきに判るでがしょう」


 毒はありませんでした。

 お母様によれば、ゴミムシの卵が枯葉に混ざっていたのではないかということです。魔獣化したミルワームだったのですね。特有の魔獣なので、ギチギチとわたくしが名付けました。


 それからわたくしは自家用の六輪蒸気自動車に乗って領内のあちこちに行って地脈の漏れを見つけたのですが、最初の以外はダンジョンにはならず緩い湧き口になっただけでした。

 でもそこに生きているギチギチを入れると、風船を膨らませるみたいに見ている間に二メートルくらいまで大きくなるのです。

 その大ギチギチも肥料になります。倒せば生命力が開放されて「経験値」になります。

 数値化は出来ないのですが、なんとなく能力が上がるのは判るので吸収される生命力が経験値と呼ばれています。


 動きの鈍いイモムシを穴の上から長い槍でつっつくだけで倒せます。兵隊や村人が安全に強くなれますわ。

 ギチギチを入れなくとも霊気の湧き口では良質の肥料が出来ます。ミミズも大きく育ちます。

 時々咬まれると怪我をするくらいにゴミムシなどが育ってしまうのですけれど。

 豊かさが「不自由しない」くらいから「余裕がある」辺りまで上がったのですが、最初の小さなダンジョンは「姫様の虫湧き穴」と呼ばれるようになってしまいました。

 いやだと思っても、こうしたものは変えるともっと悪くなるのですよね。


 五歳からはお勉強が始まりました。文字は横書きでサンスクリット語と言うかペルシャ語と言うか、ともかく読めないクネクネしたものでしたが、お母様が読んで下さった途端に日本語に変換されました。

 クネクネ文字は見えるのですが、日本語の翻訳も見えるのですわ。わたくしが書いてもクネクネ文字になります。

 見たことのない単語はクネクネ文字ですが、誰かに読んでもらうと日本語訳が付きます。

 字が読めるようになってお祖父様のお名前がアルフォンス、お祖母様がジュスティーヌなのを知りました。

 だって、誰もお二人を名前で呼ばないのですもの。


 心話力で転写されているようなので、あまり難しい本は子供の脳に入りきらなくなるといけないから読まないようにしましょう、ということになりました。

 お勉強の時間がそれほどいらないので、今までとさほど変わらない時間舞闘術のお稽古や、外遊びをします。


 このまま平和な時間が過ぎて行くと思っていたら、家令の爺が引退してしまいました。爺の一族は代々家令を勤めた後メザルナ村の村長になるのが慣例でした。

 引き止めても困らせるだけなのは判っているのでそんなことはしませんでしたが、どうしても泣いてしまいます。

 お別れの時は我慢出来ずに抱き付いてしまいました。


「姫様、爺はいなくなるわけでは御座いません。メザルナ村にお越し下さい。舞闘術の使い手なら一時間程の道のりですから」

「きっと、村まで行くお許しが出るようにお稽古します。爺も村長の勤めに励んで下さい」


 泣きながらも自分から爺を離したわたくしを、後で爺が「主の器にお生まれになった御方だ」と言ったとか。

 中身が一応分別のあるおっさんだっただけなのですけれどね。

 その日から執事だった爺の継嗣がフォレスティエ家家令フォレボサージになりました。

 

 メザルナ村へ行けるようにたくさんお稽古をして、一月後には手から出す闘気も使って空中に百数える間いられるようになりました。

 これが出来ると「舞闘士」のお免許がもらえるのですが、中級魔導師並みの霊気量で体が軽いための特異例なので、お免許がもらえたのは更に一月後でした。

 ちょっと我慢させる、みたいな。


 お免許をもらえたのでメザルナ村に行けるようになりました。長く勤められるように十五、六の若い有望な領兵の中からわたくしの守護兵を二人選びました。

 守護兵は近衛兵の領兵版で普通の兵隊より偉いのです。

 わたくしの守護兵はスケリーとカークランドに決まりました。はい、名前で選びましたわ。黄門様の幼女化は珍しくありませんわね。


 メザルナ村に行くのはただ遊びではなく鍛錬なので、軽く足の裏から闘気を出して跳ぶように走ります。スケさんカクさんの他にお祖父様も一緒です。

 領都からメザルナ村を通ってルージュシャトー山の麓のアバンポンまで巡回バスがあるのですが、それを追い抜くのが楽しみの一つになりました。蒸気バスより速い五歳児。

 最近精神年齢が実年齢と今の性別に引っ張られている気がしますわ。


 村には爺に会いに行くのですが、爺も村長なのでわたくしの相手ばかりしてはいられません。一休みしたら村の周りの森に行きます。

 木苺と薬草を採って、お祖母様とお母様のお土産にします。

 少し慣れてきたら、お祖父様はスケさんとカクさんに蜂を獲るようにとおっしゃいました。


 地脈の湧き口に地蜂の巣があると、巣がダンジョンになって地蜂は魔獣化することがあるのです。

 人の背丈ほどの蟻塚のような巣に石をぶつけると、人間の一歳児くらいの大きさの蜂がわらわらと出て来ます。

 羽ばたかずに飛行力で飛んでいるので静かな上に速いのです。羽ばたく必要がないので筋肉はほとんどなく、外骨格の中は謎消化器官と毒袋くらいで、死骸は肥料にもなりません。


 ダンジョンなので一度に出てくる数は決まっていて、メザルナ村の側の巣は七百匹前後です。

 最初はお祖父様が半分以上倒されていましたが、一月もするとスケさんカクさんで全部倒せるようになりました。

 側でみているだけでわたくしにも経験値が入ります。でも退屈です。


「お祖父様がいてくださればなにもあぶなくないので、ご本を読んでいてもよいでしょうか」

「それは、良い考えじゃな」


 生命力を浴びながら薬草図鑑や魔獣図鑑を見ていたら、なんだか賢くなれた気がします。

 お母様に申し上げたら、毒消しの作り方を教えて下さいました。

 蜂の毒袋を湯煎して、クリスタルの棒で霊気を流し入れながらかき混ぜるのです。

 水が黄緑色になったら完成です。

 ほとんど万能の毒消しです。魔法で作った物なので。

 失敗するか作れる

 お祖父様もお父様も欲しがったので、もう一つ作りました。酔っ払いは二日酔いにならないように寝る前に毒消しを飲むのです。

 お二人がお酒に酔うのは未だに謎です。アルコール自体は血行促進の薬扱いなのでしょうか。


 一つの薬を造り続けても技術は上がるので、毒消しをたくさん作りました。作るそばからなくなって行きます。我が領の酔っ払いは二人だけじゃありません。

 半年後には材料が単品の薬が全部作れるようになりました。

 蒸留器での抽出や、二種類の薬品の合成も教えて頂きました。

 法薬師の下の法薬士なら合格出来ます。


 スケさんカクさんもどんどん強くなります。わたくしが六歳になるころには、森を抜けて領の中央にあるルージュシャトー山の麓の大きな村アバンポンまで行けるようになりました。

 時々地球の牛より一回り大きい四本牙のイノシシや、それより大きな角が刀になっている鹿に会います。

 大きな魔獣もお祖父様は槍の先から闘気を伸ばして一撃で倒されます。

 凶悪顔のドードー風やダチョウサイズのヒクイドリ風などの魔獣もいますが、その程度の魔獣はお祖父様を見ただけで逃げてしまいます。

 美味しいので逃がしません。


「スケさんカクさん、やっておしまいなさい」

「「はっ!」」


 最初はわたくしに「さん」付けされて途惑っていた二人も、すっかり慣れました。

 子供用の魔硬化銀のガントレッドと小さなプッシュダガーをお城付きの鍛冶屋に造ってもらって、わたくしも蜂を獲れるようになりました。

 実戦もしなければパワーレべリングになってしまいますものね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る