第3話 快進撃は続くのですわ

 当然のことながらその年は豊作で、主食の収穫高が増えると気持ちも豊かになるようで、お城から貧乏臭さがなくなりました。

 小麦は大半が領民が大好きなフォッカッチャのような平たいパンになる予定です。

 お祖父様とお父様がビール造りを提案されましたが、うまく出来る保証がないので却下されました。

 うどんは水と粉の配分すら判らないので言い出すことも出来ませんでしたわ。

 貴重な小麦粉で実験など出来ないのです。


 わたくしは生まれて初めて、収穫の喜びで賑わう城下町に連れて行ってもらうことになりました。

 石造りのお城の中にいると森に囲まれた小山の上に住んでいるようですけど、お城のある小山の下には領都の城下町がありますのよ。

 お父様の領地フォルドデシェバルは太ったプテラノドンが東向きに翼を広げた形をしていて、領都シャトーフォレスティエはプテラノドンの目玉辺りにありますの。


 お祖父様とお祖母様は淡い草木染のちょっと良い古墳時代、わたくしは生成りの甚平みたいな子供服に長めの桃色のベスト。

 人ごみで逸れるといけないのでずっとお祖父様に抱かれていました。

 編み上げの革の紐の付いたサンダルを履いているので、足をぶらぶらさせても脱げません。

お供が二人付いてどこかの村長夫婦と孫娘の設定です。でも、お祖父様の背丈は隠しようがないのですけど。


 身なりの良い人が時々軽く会釈をされて行きます。声を掛けてくるような無粋な人はいませんでした。

 身分のある者でも浴衣地のような薄い布で仕立てた緩い服、庶民は袖なしの浴衣や甚平に似た服装で、秋祭りよりは七夕に近い雰囲気です。


 城下町は広い中央通の両側に太い角材や磨いた丸太で出来た二階建てか三階建ての大きなログハウスが並んでいました。豪快な宿場町、といった感じです。

 ログハウスが途切れた所に広場があって、一角で高く跳び上がっている人が何人かいました。

 男の人はヒモパン、女の人はヒモビキニです。トランポリンかなと思ったら、空中で更に跳び上がりました。

「え?」っと声を出してしまったわたくしにお祖母様がおっしゃいました。


「あれが舞闘術よ。足の裏から発した闘気の反動で跳んでいるの」


 お祖母様が舞闘術の大師範なのは知っていたのですが、危ないのでわたくしはまだ修練所には入れてもらえず、お城の領兵の舞闘術のお稽古も見たことがなかったのでした。


「足の裏なら、あのような姿でなくともよいでしょう。芸人だからでしょうか」

「上達すると掌や足の裏だけではなく、体中から闘気を出せるのよ。それで空中で向きを変えたりとても速く動けるの。そのためには裸に近い格好の方がよいのね。あの者達はそこまで出来るとは思えませんけどね。あの程度ならあのような格好をする必要もありません」


 見ていると空中で四回くらい跳び上がっています。


「あれではまだ、だめなのですか?」

「あれは一瞬出る強い気で跳んでいるの。持続的な気で百数える間は空中にいられないとね。それでまあ、一人前の入り口です」


 お祖母様は脱げば脱ぐほど強くなる武術の達人だったのです。本気で戦われる時にはビキニアーマーなのでした。

 能力の高い女性は老化しない傾向にあります。お祖母様は若くはないだけです。

 ヒモビキニもセーフだと思いますわ。孫の欲目ではななしに。


 四歳になると体がお稽古に耐えられるだろうということで、お祖母様が舞闘術の手解きをして下さることになりました。

 お稽古着は薄手の甚平です。いきなり脱がなくてもよいようです。

 お稽古はお祖母様とするのですが、わたくしの行くところにはもれなくお祖父様が付いて来ます。

 練習所の隅に何本か十字の柱が立っています。横木に縄で縛った藁束が吊るされていて、それに十歳前後の若い子が手を当てて時々気合を入れていました。

 腕を動かさずに「ふん!」とか「やっ!」とか言うと藁束が動いたり動かなかったりします。


「あれは、なにをしているのですか」

「衝打の練習よ。まず、自分の気の流れを感じるようになれないと。お腹の辺りに力を感じてみましょうね」


 臍下丹田とかでしょうかしら。後ろの命門ではないの? 仙骨は謎の骨でお尻のとは違うのよね。まだくっ付いてなくて仙椎のはずだし。

 オーソドックスに両手を揃えておヘソの少し下に当ててみましょう。お腹の中に暖かい塊みたいなものが出来て、それを背骨を通して手に通じさせます。


「背骨からてのひらに力が来たら、どうするのですか」


 お祖母様ちょっと目を開かれました。


「……霊気結節から掌に力を通せたのね。そのまま動けるかしら」


 お腹から手を離して手の中の力を握るようにして歩いてみます。


「だいじょうぶです」

「なら、こちらに来て」


 お祖母様はわたくしを、わたくし用の一番小さい藁束の前に呼びました。


「これを叩いてみましょう。腕に力は入れなくていいのよ。掌の力を当てるだけよ」

「はい」


 発剄ですわね。腕を動かさないから寸剄かしら。

 右手を藁束に当てて「えい!」と手掌の力を放すと、藁束が跳ね上がりました。戻ってきた藁束に左手を当てると弾けて飛び散りました。

 どうも精神年齢が肉体年齢に引っ張られているらしくて、時々幼児っぽいことをしてしまいます。出来そうと思ったら後先考えずにやってしまいました。

 周りで見ていた者ばかりか、お祖父様お祖母様まで引いています。ちょっと硬直した後お二人が駆け寄ってきました。


「何処か痛くないか、今は大丈夫でも後から痛くなってくるかもしれんし」

「ええ、今日はここまでにしましょう」


 おとなしく言うことを聞いて、十分に水分補給してから早めのお昼寝になりました。お昼ご飯まだなのですけど。

 眠くて寝ていたわけではないので、お昼には自分で起きました。あ、おねしょはしませんでしたよ。

 いつものクッキーのお昼を食べながらお祖母様とお話をします。


「練習は布を垂らしてしましょうね。気が出るのが判ればいいのよ。硬い物や動かない物を打ってはだめですよ」

「はい、お祖母様。わたくし、巻き藁突きの練習よりも飛べるようになりたいです」


 お祖父様が「ん?」というお顔をされましたが(後で知りましたが藁束は下げ藁と呼ばれていました)、お祖母様は小さく目配せをされてお話を続けられました。


「むしろ、そちらの方が安全かしら。普通は足の裏に気の流れを感じるのが難しいから後にするのだけど。今日はもうお休みにして、明日は足の裏から地脈を感じてみましょうね」


 足の裏に自分の気を伝えるのはイメージが難しく、先ず大地の気を足で感じるお稽古をするのだそうです。


 そんなわけで次の日は裸足でお庭を歩いて地脈を感じるお稽古をしました。

 意識しながら歩くと、綺麗に刈られた芝生の下を小川が流れている感じがします。

 何箇所か見つけると「こちらから、あちらですね」と指差しても、お祖母様は「また当たりだわ」と微笑まれるだけです。

 もうアンジーが何かしても驚くものですか、みたいな。なんだか悔しいので一番深いところを当てることにしました。

 歩き回って一番だと思うところに立ったら、お祖父様が驚かれました。


「前から婆さんはそこにあると言っておったんだが、わし含め他の誰も判らんかった所だよ」

「お母様も、ですか?」

「そうなんじゃよ」


 お祖父様は少し考えてからおっしゃいました。


「今日はもう疲れたかな」

「いいえ。まだ遊びたいです」

「ならば、裏の森をみておくれ。川の流れのようではなく、下から噴き出すように感じる場所があったら教えて欲しいのだよ」


 警備兵が四人呼ばれ、森まではお祖父様にだっこされて行きました。

「地脈の漏れ」と呼ばれている深い流れから少しだけ上に浮くような流れは、その内地上に湧き出して突然強い魔獣が発生する原因になるのです。

 血管や水道管に穴が開いて噴水のようになっている感じでしょうか。

 先に見付けて掘って地上に流せば、森が深くなるかもしれないのですけど魔獣は発生しません。


 お城の裏門から少し行くだけで森になりますが、去年から急に木が太くなったそうです。

 お祖母様も探されたのですが、噴き出し口になりそうな場所の特定はお出来になっていないのでした。

 この辺りが怪しいと言う場所を歩き回ってみて、なんとなくそこだけ霊気が濃いように感じる所に立ってみました。


「そこかな。離れていておくれ」


 お祖母様に連れられて離れると、お祖父様がご自分のコンテナから赤い宝石で造ったような槍を取り出されました。

 洞窟に棲んでいるドラゴン「怒赤竜」の角と牙と爪を一つに練成した、お祖父様のトレードマーク紅蓮槍です。

 お祖母様がわたくしを背中に隠し警備兵が前に立ちます。お祖父様が小さな気合と共に槍を地面に打ち込まれると、土が飛び散り三メートル近くある槍が半分くらい刺さりました。

 槍を抜いてお祖母様を呼ばれます。お祖母様は穴に入って確かめると、兵の一人にお母様を呼びにやらせました。


 お母様がファミリア兼乗騎の山羊、ドンブロヤージに乗って来られました。

 お母様がご自分の足でお城の外を歩かれているのを見たことがありません。

 ドンブロヤージは背中が焦げ茶色でお腹が栗色の、ダックスフンドの顔みたいな色合いです。

 見た目はまったく山羊ですが、上位危険区域に棲んでいた魔獣です。

 賢くてがっしりしていて、とても頼りになるのですが名前を略すと返事をしてくれません。

 ドンブリと呼ぶと横倒しの瞳孔でじっと見詰められました。

 山羊に見詰められると、とても怖いのです。


 お母様が降りられるとわたくしに寄って来たので頭をよしよしします。名前をちゃんと呼ぶようにしてからは仲良しになりました。

 お祖父様がわたくしを持ち上げて鞍に乗せて下さいました。お母様が乗っていらしたので暖かいです。


「何かあったら、アンジーを乗せて下れ」


 お祖父様のご命令にドンブロヤージが「メッ!」と答えます。

 兵隊が「はっ!」と言うのと同じですね。

 お祖父様とお母様が穴の大きさをどのくらいにするか相談されて、お祖父様を残してみんなで下り、お祖父様が槍を振り回されるとあっという間に直径五メートル深さ三メートルくらいの穴が出来てしまいました。

 お母様が降り口の階段を付けて下さいと言われ「あいよ」とお祖父様はこちらの側を崩してあぜ道くらいの幅の階段にしました。お祖父様便利。

 お母様が穴の底に下りて、もう一メートルくらい掘って枯葉やふすまを入れて肥料を作りましょうとおっしゃいました。

短時間でよい肥料になるそうです。


 この先は見ていてもつまらなそうなので、お母様にドンブロヤージをお借りしてお城に戻りました。

 時々お母様が二人乗りさせて下さいますが、出来れば一人で乗りたいのです。

 わたくしを城内に届けてメイドに任せたドンブロヤージは、とっととお母様の許に帰って行きました。

 失敗でした。誰も遊んでくれる人がいないので、お昼寝になってしまいました。

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