必要は、発明の母
前回に味を占めて、図書館で優先的に賢者様執筆の魔導書を探すようになった。
ドロシーにとっては、非常に論理的な魔法認識がありがたく、セリカたちが呆れるペースで魔法を習得している。
所詮は科学実験なので、特に属性による得手不得手はない。
それに、必要な効果とその発生原理を考えれば、魔導書に無い魔法を使う事さえ、さほど難しくはないのだから。
面倒くさいのは、原理を知らない現象を起こす時だ。まだ内緒にしている浮遊魔法のように、SF的な発想で実現できてしまう事もあるし、そうでない時もある。
その違いは、今のドロシーには、まるで解らない。
「どうして、その説明でドロシー様は理解できるのでしょう?」
先に成功した、着火魔法のコツを知りたがった、セリカに伝えても、どうにもピンと来ない様子だ。
空気中の酸素の存在を知らない者には、理解できないのも当然か。
要は賢者様とドロシーだけは、基本の教育が違うのだ。
その賢者様からのアドバイスもあって、今は魔法陣の入門書を読み始めている。
なるほど、今使われている魔法を知る上で、参考になること、この上ない。
魔法を発動させる手順を、記号化したものが魔法陣だ。という認識で合ってるようだ。
「どうもその魔法陣ってやつは、胡散臭くてな……」
などと首を傾げるレオンだが、セリカに
「あら? でしたら騎士様、魔法陣を使わずにこの部屋まで階段で上り下りなさいます?」
などと言われて、凹まされていたりする。
ドロシーとしては、魔法陣を読み解く練習のおかげで、セリカたちにアドバイスもし易くなったという、余録もある。
魔法で熱を発生させ、その周囲に酸素を集めれば良い。
それが賢者様とドロシーの手順であるのだが、この世界の一般的ではこうなる。
炎をイメージして、魔法で発生させる。炎の大きさ、熱さをどれだけ正確にイメージするかで、結果が変わるようだ。
術者にイメージできなくとも、記述された魔法陣は、魔力を与えれば安定して起動し、炎を発生させることができる。
この差は、何なのだろう?
そう思いながら、ノートに新しく出てきた魔法陣の、記号と意味を書き込んでゆく。
賢者様なら、すでに文法に則って書き出し、整理したものを持ってるのかも知れない。でも、こればかりは自分の手で作った方が良い。そうドロシーの勘が告げている。
学ぶ上で、必要な回り道はあるのだ。
そこを近道するよりは、きちんと道を辿った方が、最終的には早く行き着くはず。
(この不可思議な記号に、何の意味があるのだろう?)
魔法陣の肝は、そこだと思う。
この記号を誰が決めたのかは知らないが、この記号で魔力を操れるのだ。
実際に、魔石で魔力を通して発動させて、ドロシーは楽に、塔のこの階まで移動できていた。
それは、なぜだろう?
人間の術者は、イメージの不足で魔法が発動しなかったりするのに。
イメージとは違う何かで、この記号が魔力を発動できてしまうのは何故?
(この記号がプログラム言語であるとするなら、コンパイラはどこ? どんな方法で、魔力に直接作用してるの?)
コンピュータープログラミングの言語は、結局人間が命令の流れを確認し易いように、様々な書式の言語で記述されるが、最終的にはマシン語に変換されて、直接CPUなどに命令を飛ばして動作をさせている。
魔法陣がプログラムであるなら、それをどこで、直接魔力に指示する命令に変えているのだろうか?
きっとそれを知る事で、この世界の魔法の本質に触れることができるはず。
だからこそ、見落としが無いように、慎重に学んでゆく。
「確かな規則性もないのよね……」
まだ基礎とはいえ、一通り書き出して、ドロシーはため息をつく。
単語、動作……と分類してみても共通点は見えず、困惑するだけだ。誰がこの魔法陣記号を見つけ出し、纏めたのか、確かめたい。
記号の意味すらつかめないほど、共通項を見いだせないのは、むしろ天晴だろう。
それでいて、しっかり魔法は発動するのだから、驚いてしまう。
適当に決めたわけではないのに、なぜ意味が掴めないのだろう?
「だめね……記号の意味は後回しにして、魔法陣の書き方から攻めてみようか」
教科書の内容そのままに、【着火】の魔法陣を羊皮紙に刻む。……ちゃんと火がつく。
同じく【
では、両方の魔法陣を一つに編集してみよう。
まず、火をつけて旋風を起こす。炎の竜巻ができれば成功……あれ? 動かない。
どこが悪いのか、文法チェックが必要だ。
記号の規則性が解れば、計算で記述のミスを見参できるチェックサムも作れるんだろうけど、現状は指差し確認で、処理を追いかけていくしか無い。
効率が悪いなぁ……。
確かめながら、今後必要になるもの……というか、作りたいと思うものを書き出す。
手慣れてきて、サラサラと魔法陣を描けるようになれば、また見えてくる世界が違うのだろうか?
「あ……ここが違うのか……」
【着火】から【旋風】へと繋ぐ接続のコマンドが違うから、どちらも中途半端で発動しないのだろう。
修正してやれば、ガラスの箱の中で炎の竜巻が巻き起こる。
うーん、先にエラーチェック用の魔法陣でも作った方が早い? プログラミングに慣れたドロシーは、ついそんな考えに至ってしまう。
えーっと……これは起動用魔法陣と考えて、本来作りたい魔法陣はサブルーチン……じゃなく、別魔法陣として独立させた方が汎用性が高い。
エラーコードは、どうやって出力させよう?
これが良いかな。様々な色の光を作る魔法陣。単に記号の記述のミスが有る場合は赤く、文法が違う場合は黄色に。処理がかち合ってる場合は青の光を灯せば良いかも。
条件分岐の記述は? 起動しない理由の自動判断は、どう記述すれば?
パラパラとノートを捲りながら、使えそうな記述を探してゆく。
(あぁ……こういうの、やっぱり、私に向いている……)
書き慣れたフローチャートに、所々、分岐や判断などのコマンドに当たる魔法陣記号を付記してゆく。
そこまで出来てしまえば、あとは記号を拾って繋げてゆくだけ。
まだ単純なものとはいえ、夕方には初歩的なチェック用魔法陣が動作していた。
「これは……」
業務を終え、塔に戻ってきた賢者様は、ドロシーの今日の成果を見て、呆気にとられていた。
「何か、おかしな事でも?」
「い、いや……まさか、魔法陣の記述をチェックするのに、魔法陣を使うとは。そういう発想を誰もしたことがなかったから、驚いただけだよ」
「でも、何も解らずに魔法陣のチェックをするよりは、エラーの内容を分類表示して、判断できた上で対処した方が早いと思ったので……」
「まさに、その通りだろう。その発想はどこから来るものなのか……」
「あちらの世界で、コンピューターの命令文を書いていたので、そのやり方を持ち込んだだけです」
「そう言う事か……」
微笑みながら、賢者様が手を挙げる。短い呪文を唱えると、机の上に二冊の本が重ねられていた。どこから取り寄せたのだか。
「これは、もう少し後で渡すつもりだったが、もう渡しておいた方が良かろう。弟子たちに写本させておいた中級と上級の魔法陣の指南書だ」
「この世界の魔法陣の全て?」
「個人で隠匿しているものを除けば……という注釈付きだがな」
ちなみに、魔法陣記号を完成させたのは五世代前の宮廷魔道士であるらしい。
当然生きているはずももなく、研究資料は王宮図書館の特別室にあるかどうかという代物らしい。
閲覧申請は出してみるが、あまり期待しない方が良いだろうと言われた。
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