魔法と科学の整合性(コンセンサス)
C級魔道士となって戴けるものは、魔導士であることと、その等級を示すブローチ。
そして、全てが白紙のスペルブックだ。
スペルブックの表紙中央の魔石に触れ、魔力を流すことで契約し、晴れてそのスペルブックは術師のものとなる。
自分の知る幾つかの呪文が自動的に記されたスペルブックを見て、セリカは静かに涙を拭っていた。その銅色の髪を、優しく撫でてやる。
まだようやく、魔導士としてのスタートラインに立っただけだ。
この先は、教えを請い、自ら工夫をし、このスペルブックを埋めていかねばならない。
それは、付き合いで受験し、うっかり魔導士になってしまった、騎士のレオンにしても同じだ。
どのような呪文を学び、どんな構成の魔導士になるか?
スペルブック同様、ほとんど白紙の三人なのだから。
「ねえ、セリカ。この後はどうするべきかしら?」
「そんなの決まってます。ドロシー様、魔法図書館に参りましょう。その蔵書から、習得したい魔法を選び、研究室で習得。しばらくは、それの繰り返しとなります」
ウキウキと、待ちきれないようにセリカが教えてくれる。
魔導士の証のブローチを見せれば、蔵書の貸出は自由。そして、自ら考案し、公開しても構わない魔法は、魔導書を書き、寄贈することで魔法が蓄えられていく。
魔法書の書き方など、学ぶ内に必要な記載内容は習得できるだろう。記載に抜けが多い魔法は習得しづらく、至れり尽くせりのものは習得が早い。
それは、賢者様に教わったことだ。
「セリカは、どんな魔法を学んでいくつもり?」
「私には、ドロシー様のメイドとしての仕事もあります。生活に必要な家事一般の魔法を学び、それから薬草学などの看護の魔法を身に着けたいです」
「俺はどうすっかなぁ……。大して魔法量がないから、厳選して覚えないとな……」
「あなたはドロシー様の護衛騎士でしょう? ドロシー様を守る、盾の呪文を覚えずにどうするのです?」
ビシリとセリカにやられて、レオンが顔を顰める。
たしかに、それを覚えて使いこなしてもらわないと、困るだろう。
それでは、ドロシーはどんな魔導士を目指そうか?
各エレメンタル属性の魔法は一通り収めたいと思うし、何より魔法を動力として使えるようになりたい。魔動機製作を主に考えてるのだ。
まずはタブレットに原理等をファイルしてある、発電機と変圧器を製造したいと思っている。電力を得られるようになれば、ドロシーにとっては馴染みのあるものを再現するのは、難しいことではないだろう。
長い道のりになるが、ドロシーの目指す唯一の道だ。
「魔法図書館へようこそ。一階のあの辺りのフロアを探すのが良いと思います」
セリカの案内で、塔の中にある魔法図書館に入る。
目敏く新品のブローチを確認した司書が、初級の魔導書がある辺りを示してくれた。
書棚の区分を探しながら、一冊手に取って見る。
まだ初歩の初歩であるこのレベルでは、一つの魔法で一冊というのではなく、関連魔法や今後の伸ばし方の検討を含めて、一冊で複数の魔法の記されているものばかりだ。
同じ魔法を基準に探すとしても、目的や、記述の巧拙などを良く見て借りる必要がありそうだ。意外に難しい……。
(エレメント系の魔法を志すなら、それぞれの系統の向き不向きを確かめた方が良いかしら?)
ゲームや小説で、良く「炎系は得意だが水系は苦手」なんて台詞があるから、この世界の魔法も、そういう向き不向きがあるかも知れない。
ドロシーは全系統の初期魔法を広く学べるものを探し、筆者による記述の巧拙を比べる。
そんな中、ジェイナスの著書を見つけてしまったので、それを選ぶことにした。
思わぬ出会いに、つい微笑んでしまう。
カウンターに置かれた薄緑の光を放つ魔石に、魔導書の表紙の魔石と、自分のブローチを順番に接触させれば、手続きは終わる。
もう魔石に頼らなくても、塔を上がることができる。
それぞれが、魔導書を片手にドロシーの研究室に戻って、本を開いた。
今後は時間を決めて、自習で習得していくことになる。
魔導士の塔自体、魔法ダメージには強い建物であるし、魔力のコントロールを習得せずに魔導士の資格は得られない。
とはいえ、多少の魔法暴走があっても、せいぜい備品を壊す程度だ。建物に被害を出せるようなら、むしろ一流の素質と称賛されるだろう……。
(自分の魔力の色が朱だから、なんとなく炎系と愛称が良さそうな気がする)
そんな単純な理由で、まず【着火】の魔法を読んでみる。
魔法の発動に必要な媒介は無し。不安定な場合は、ルビー等の宝玉を通して発動させると良いらしい。ふむふむ……。
ちょっとした人形ケースサイズのガラス張りの箱……トレーニングボックスに蝋燭を立てる。
賢者様の記述した魔法のイメージは、ドロシーにとって理解しやすいものだ。
(燃焼の原理そのまま。熱を発生させ、その周囲に酸素を集めれば良い)
熱は魔力を変換してやれば良く、空気中に含まれる酸素の存在を知っていれば、それはもう科学だ。
ドロシーにとっては、魔法の範疇にはない。
魔力で蝋燭の芯に熱を発生させ、空気中の酸素を集める。
当たり前のように火が灯った。
酸素量の調整で、炎の強弱も思いのままだ。何の不思議もない。
ドロシーの魔導書に【着火】の魔法が加わった。
つい、口元が緩む。
続く【風】の魔法についても、魔力で気圧を操作してやれば良いだけだ。高気圧から低気圧に渦巻く空気が流れ、風となる。
魔法を学ぶと構えていた自分が、可笑しくなってしまう。
何一つ不思議なことはないのだ。
科学的な現象を、魔力によって引き起こしてやれば良い。
空気中の酸素と水素を分離し、混ぜ合わせれば水になる。滴り落ちた水が、蝋燭の炎を消した。
空気中の粒子を撹拌し、その摩擦による電荷が空気の負荷を越えれば、雷が発生する。
トレーニングボックスの中から轟いた雷鳴に、セリカとレオンが目を剥いた。
「先に一言言ってくれよ……俺は雷は苦手なんだ……」
「情けない! それよりも、ドロシー様。どうして書も読まずに次々と魔法を使えるのですか?」
セリカが首を傾げるのも道理だろう。
科学的な原理さえ解っていれば、自然現象を再現するのに手間はいらない。
トリガーが魔法であるだけで、あとは化学反応だから……と説明したところで、他の者が理解できるはずもない。
「この書は、賢者様の筆によるものなの。私にとっては、一文で百を知ることができるくらいに解りやすいのよ」
どれどれと、二人がジェイナスの魔導書を読むが、その反応はただ顔を顰めるばかりだ。
まあ、そうだろう。
申し訳無さそうに、セリカがため息を吐いた。
「本当に、ドロシー様は賢者様と同じ教育を受けているのですね。実感しました」
セリカは、同じ【着火】に苦戦しているようだし、レオンは【盾】の原理に頭を抱えてるみたいだ。新人魔導士としては、それが正しい姿なのかも知れない。
もう一つ試しておこう。
魔法は、科学を超えるか否か?
蝋燭の重さを考える。そして、その重さに反発する力を魔力で加えてみる。
ドロシーの知ってる科学ではありえない力、【反重力】。
集中して、閉じていた目を見開いてみる。
トレーニングボックスの中で、蝋燭が宙に浮いていた。
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