魔力を操る
「目的は蝶を飛ばすことではないよ、ドロシー。そのための魔力の流し方を体得することだ」
一日目の努力は、賢者様の笑みで帳消しになった。
とりあえず自分に魔力があることだけはわかったので、安心して努力を続けられるのは良いことだ。
セリカの見立ては完璧で、私室はたった一日で申し分のない住み心地になっていた。
思う存分ソーラーチャージャーを開いて、予備バッテリーに充電できるのは嬉しい。バネがない分少し硬いが、ベッドの寝心地も悪くなかった。
朝食を共にした後、賢者様はお城へ、レオンは騎士団の訓練日ということで出かけた。
仕方なく、今日も魔導機と格闘することになる。
「まったく、どうやって飛ばしたんだか……」
「あまり力んでも飛ばせませんよ」
朝食の後片付けを終えたのだろう。セリカがエプロンで手を拭きながら笑った。
まったく、独り言……それも泣き言に反應しないで欲しい。
今度は部屋の掃除にかかるらしい。よく働く娘だ。
「あなたも、これを飛ばせるんでしょ? どんな感じで魔力を伝えてるの?」
「やり方は、人それぞれです。あの物臭騎士は、気合で押し出すみたいですけど……」
「セリカ式はどうなの? 参考までに」
「静かに風を送る感じで……」
はたきをかける手を止めずに、呟く。
なるほどと思って試してみたが、ドロシーには合わないようだ。
昨日の話では、魔法の才能を見込まれて、魔法学校に入学したという。それがなぜ側仕えなどをやっているのだろう?
「良くある話です。下級貴族……男爵家の領地なんて、不作が二年続けば消し飛んじゃいますから。家は爵位を売って、何とか生き存えて……娘は学費の援助がなくて、退学。お情けで知識の塔の側仕えとして、雇ってもらって暮らしてます」
「ごめんなさい、変なことを訊いちゃったわね」
「知っておいてもらった方が楽です。ドロシー様と一緒に、賢者様から魔法を教われると聞いて、浮かれてるんですよ、私」
「浮かれている?」
「ええ、だって諦めていた魔法に、もう一度触れられるのだもの。基礎さえ身につけば、後は独学でも上を目指せる。魔導士認定のC級にでも合格できれば、正式に魔導士としてこの塔の一員になれるのですから」
「ごめん……私は全然詳しくないのだけれど、正式に魔導士になると違ってくるの?」
「ええ……まず、協会より給与が出て、収入が安定します。得意分野でお金を稼ぐことも許されますし、協会より指定の依頼をこなせば、格付けも上がる。魔導士として生きてゆくことができるのは何より嬉しいことです」
煌めくばかりの憧れを瞳に宿して、セリカが夢を語る。
成り行きでこの塔にいるドロシーには、とても眩しいものに思え、申し訳ない気持ちになってしまう。
あ……魔動機の蝶が飛んでる。
まったく、どうして意識していない時にばかり飛ぶのだろう?
意識を向けたら、はらりと落ちた。
「この蝶と来たら、本当に憎らしい!」
なんだか馬鹿にされているようで、つい睨みつけてしまう。
いやいや、落ち着けドロシー。
スピリチュアルにハマってた友達が、良く言ってた『禅』の心という奴だ。気にしないと飛ぶってことは、心を無にすれば良いということではなかろうか?
行儀は悪いけど、椅子の上で胡座を掻いて、お臍の下で手を組みつつケーブルを握る。
こんなポーズで良かったはず。
後は邪念を追い出して、じっと白い蝶を見つめる。自分自身がその白い蝶になったかのように……。
じっとガラス越しの天井を、蝶の視線で見上げる。
(飛びたいよね? 蝶なんだもの)
ふわりと蝶が浮き上がる。
小さな羽根で精一杯はばたいて……狭いドームの中を飛び回る。
いつの間にか、ケーブルから手が離れていた。それでも蝶は自在に飛び回る。
自分の魔力の流し方がわかった気がする。
私は心を移すことで、魔力を流すことができるのだと。
椅子から立ち上がり、窓辺へと歩く。そんなに離れて見つめていても、蝶は嬉しげに飛び回っていた。
「ドロシー様、凄い……。どうして、ケーブルから手を離してるのに蝶が飛んでるの?」
「離れていても、ちゃんと魔力が流れているから……だと思うわ」
「こんなの、初めて見ました……。やはり賢者様が見込むだけの能力です」
「まさか。私は魔力を見込まれたわけじゃないもの」
「これほどの力があるのに……」
「なんだい、もう諦めちゃったのか? ……うぉっ!」
ノックもせずにドアを開いたレオンが、大笑いしかけて、セリカの指差すドームを舞う蝶に息を呑んだ。
礼儀を失した態度に、またセリカの眉が吊り上がる。
「なんで、ケーブルも持たずに蝶が飛んでるんだよ……」
「どこかの物臭騎士と、賢者様に見込まれた人物との差でしょう?」
「何となくコツが掴めたら、こんな事も出来ちゃった。これでするべき事が無くなっちゃったんだけど……午後はどうしよう?」
戯けてドロシーが尋ねる。
賢者様が戻るのは夜だし、この魔導機で魔力の流し方を覚える以上のことは指示されていない。教科書一つ渡されていないのでは、予習も出来ないだろう。
「ドロシー様は、この地の常識に詳しくないと伺っていますが、その物臭騎士が教師役になるのでしょうか?」
「どうだろう? 私は五歳の時から別の国で暮らしていて、この国の教育を全く受けていないの。ましてや、村の鍛冶屋の娘だから、貴族の習慣もまるでわからないし……」
「それで、何で賢者様の補佐なんて申しつかってるんだ?」
当然の疑問をレオンが投げかける。
肩を竦めて、ドロシーはその答を投げ返した。
「その代わりに、私の頭の中にある、別の国の知識やそこで受けた教育に価値を見出してくださっているのでしょう?」
「それほどの知識なのかい?」
「どうだろう? 両方を存じいていらっしゃる賢者様がそう判断したのなら、そうなのでしょうね」
「あやふやだなぁ……」
「仕方ないじゃない。私はこの国の教育を知らないもの。比べられないわ」
「だったら、その知識ってやつを先にご披露願いたいね。算術が得意というのなら、まずはそ俺を教えてくれよ」
「良いわよ。私も、この国の貴族教育の程度を知っておかないと」
「お待ち下さい。……間もなく昼食の時間になります。全ては午後にいたしましょう」
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