陽光照らす大山脈

 シーフィルの海岸沿い、まだ人が少ない桟橋手前の広場。

 三つ並んだ転移装置の内、中央の装置の前にラグロス達は居た。


「入らないの?」


 円形の台座、四つ角に立つ柱に囲まれ光の球体が浮かんでいる。

 いつも通りこれに入るだけかと思っていたセレンは首を傾げた。


「俺が毎回やってるの見てないだろ……」

「何かしてた?」

「言われてみれば、上層の時は帰りに使った転移装置と同じ所に跳んでたか……」

「……?」


 首を傾げたままのセレンの目の前で、ラグロスが四つ角の柱の内の一つに添え付けらえた手形の金属板に手のひらを合わせる。


 迷宮内の転移装置にはついていないその板に触れると、ラグロスの体を光の粒子が包んだ。

 それからしばらくして、金属板からホログラムの画面が浮かび上がる。


「転移装置は一つと一つの──座標? しか結んでねぇ。迷宮内の奴は全部シーフィル行きになってる」

「あぁ、なるほど。そうよね、転移なのだから座標を決める必要があるわけ」

「そういうこと。基本的に迷宮内にある転移装置を一度使わなきゃ、シーフィルからは跳べねぇ」

「……それなら、私達は中層に飛べないわよ? あの後、上層の装置で帰ったもの」


 ラグロスを病院に連れ帰ってくれた探索者たちに付き添って、セレンは黒門より前にある転移装置で帰還している。その理屈であれば中層には行けない。


「門番ってのはそれの代わり。倒せば次の層の転移する権利? ってのが貰えんだよ」

「……だから門番ってこと?」

「不思議な仕組みだけどそうらしいぜ?」


(あの光はその権限でも与えているのかしら)


 門番を倒した際に漏れ出た光。それは宙を漂って二人の中に入っていった。

 それがラグロスの言う権利かどうかは分からないが、この話を聞けばらしいと感じられる。


「俺も詳しいことは知んねぇけど、そんな感じで覚えてくれ」


 ラグロスがホログラム上の画面を操作して、何かを指で押すと転移装置内の光が一瞬強く輝いた。

 始めて仲間たちとこの輝きを見た時の感動は今でも思い出せる。感慨深い気持ちを味わいつつ、ラグロスは振り向き、


「よしっと。さ、行こうぜ」

「──ええ」


 ローブの少女に一声かけて先に消えていった。

 まだ見ぬ新天地へ導く光球をじっと凝視していたセレンは、意を決して光へ足を踏み入れた。



 *



(眩し……)


 セレンが最初に感じたのは眩さ。

 暗雲に覆われたシーフィルが暗かったせいで余計だろうか。


 若干と苛立ちを覚えつつ、徐々に光に目を慣らせる。


「……──」


 定まる焦点。捉えたのは滑らかに上下する地平線の消点。


 少女はそれを見下ろせる場所に居た。

 隆起した山岳地帯の頂点。崖から真下を見下ろせば妙に大きな窪みが見える。


 緑の薄い岩肌がどこまでも続き、その先には彼女が立っている岩山の同じ高さのものが見える。

 植物の息遣いは岩肌にしがみ付くが如く生える苔のみ。


 これだけ暖かく力強い陽光が降り注ぐにも拘わらず、動植物はまるきり見かけなかった。


「上層の視界はあんまよくねぇけど、ここは良いだろ?」


 上層では出鼻をくじかれたラグロスが今度こそ自慢げに笑った。

 翼をもつ少女は空から見下ろすことに慣れている。


 地平線だって見慣れていた。

 だが、壮麗な世界でありながら自然の息遣いを感じさせない光景は不思議と哀愁を誘ってくる。


 絶景ではない。けれど、心は不思議と落ち着く。

 彼女の瞳は地平線を捉えて離さない。


「そうね。邪魔なものが少ないもの。強いて言えば……あれ、邪魔じゃない?」

「……そのうちそんなことも言えなくなるぜ?」

「はい?」

「とりあえずいこーぜ。明日までにあっちの登り坂に着いておきたいからな」


 舗装もされておらず、探索者たちによって何度も踏みつけられ、ならされた地面を歩き出す。

 急な斜面を一歩ずつ、確実に踏みしめる。


 先を行くラグロスの足がずいぶんと重い音を響かせている。

 妙に響く足音にセレンが彼の足元を注視すると、上層の時に使っていた靴とデザインが少し違っていた。


 単なる鉄板仕込みのシンプルな革靴だった上層とは違い、踝まで覆い隠す丈の長い靴を履いていた。


「……?」


 ラグロスの足元を注視していたのもあり、セレンが歩いている道がやけに削れていることに疑問を抱いた。

 所々とっかかりが存在し、斜面での足場としては便利だが、何かが通った跡にも見える。


 しかし、はっきりとした足跡はない。何かが這いずった後もない。

 彼らが歩いている場所だけ妙にへこんでいて、まさしく干上がった川跡のような──


「ねぇ」

「ん、どうかしたか?」

「この道、何かいるの?」

「……迷宮生物の話、でいいんだよな?」

「ええ」


 何かを確認したラグロスが突然立ち止まって周囲を見渡す。

 細められた彼の目が散見する岩を念入りに観察していた。


「例えば……」


 そう言いながら転がっている岩の一つに狙いをつけ、ベルトポーチに挿していたナイフを投げる。

 さりげない動作だったが、滑らかかつ的確なナイフ投げはかなりの練度だった。


 その練度に見合う精度でナイフがしっかり岩肌に突き刺さる。


 ──メェェェ!


「……!?」


 瞬間、羊の悲鳴が岩から聞こえた。

 突如声を上げた岩は飛び上がり、四肢を伸ばす。

 まるで羊の羊毛部分を岩と入れ替えたような姿を晒した。


 中層に出現する迷宮生物──岩羊ロックシープ

 不思議な生態が見せる理解からほど遠い光景にセレンが困惑する。


 それを他所に、岩羊ロックシープはラグロスの姿を見つけて突進を仕掛けてくる。


「これくらいなら俺で十分だから手ぇだすなよ?」


 ラグロスが背中の大剣を抜き取り、正面に構えた。

 猛烈な勢いで迫る岩羊ロックシープをギリギリまで引き寄せる。


「“チャージ”!」


 ラグロスと岩羊ロックシープとの距離が五メートルを切った瞬間、ラグロスがスキルを起動。

 魔力が流動し、彼の肉体を強化する。


 一方岩羊ロックシープはラグロス達よりも上に位置取り、再び四肢を岩の体に収納。

 体を丸くさせて転がって来る。


 気を抜けば滑り落ちかねない斜面と、岩の体を武器にした攻撃だ。

 大抵の武器の攻撃は防ぐせいで、組合からは正面切っての戦闘は避けることを推奨されている。


 特に、シーフィルの探索者は取り回しの良い軽い武器を好むせいで、岩羊ロックシープの岩の体の相性は最悪だ。


 だが、皮肉にもラグロスが戦うにはもってこいの相手である。


 彼の体中に満ちる力が鉄の塊を軽々と担ぎ上げる。

 肩に担いだ大剣を握りなおし、距離を計る。


 そして、岩羊ロックシープが間合いに入った。


「──はぁぁっ!!」


 雄叫びのような気迫を乗せた一撃が振るわれる。

 それに構わず、岩羊ロックシープが自身も止められない特攻を仕掛ける。


 激突。


 大上段の一撃が岩の体を地面に叩きつける。

 岩羊ロックシープの体に凄まじい勢いで亀裂が走り、その衝撃は斜面のひびへと変わった。


 岩羊ロックシープだった岩の破片が霧散した魔力と共に飛び散り、ラグロスの頬を掠めた。

 それが岩羊ロックシープの最後の抵抗だった。


「──おっし」


 残された魔石が斜面を転がる前にさっと拾い上げ、袋に突っ込みながら満足げに頷く。

 まがりなりにも中層で一年活動した探索者の姿がそこにあった。


 探索者と迷宮生物の戦いをただ見ているだけだったセレンも最後の衝撃音を聞いて我に返った。

 やや早歩きで歩み寄って来たローブの少女にラグロスは片手をあげて応える。


「今のが岩羊ロックシープ。今のはわざとだけど、基本的には襲ってこねぇ性質だから放置で良いぞ」

「じゃあ、なんで攻撃したのよ」

「この辺ならこいつ以外の迷宮生物は居ないから戦闘音で連戦にならないんだよ。小遣い稼ぎってこった」

「そ。大体分かったし、早くいきましょ」

「へいへい」


 自慢げなラグロスの顔に若干の苛立ちを覚えたセレンはぷいとそっぽを向き、颯爽と歩き出す。

 調子に乗りすぎたと反省したラグロスは彼女の後を早歩きで追いかけた。

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