人ならざる者への鉄槌

「──とにかく、減らすわよ! “ファイアボール”!」

「分かってるさ! “サイドワインダー”!」


 魔法使いが杖を構え、スキルを唱えると杖先から炎の球体が生まれて飛び出した。

 リーダーの槍使いも我に返って槍を握りなおし、蛇のように蛇行して近くの再現体を攻撃する。


「ら、“ラピッドスラッシュ”!!」

「──“兜割り”」

「──っ!」


 セレンや他の探索者もすぐさま攻撃に映った。

 四人で上層の奥まで来ただけあって、彼らの実力は相応に高い。

 危なげなく再現体を撃破していく。


 セレンも新たな光の槍を生み出し、一気に数匹吹き飛ばす。


「これなら──」


 セレンの活躍もあって、再現体の撃破は順調だ。

 一瞬で本来の上限である十匹以上を水飛沫に還している。


「“ペネトレ──あがっ!?」


 意気を上げ、リーダーの男性も次なるスキルを放とうと厄介な水虎へ槍を繰りだし──


 左右から襲い掛かって来た水虎の鋭利な爪に切り裂かれた。


 共に跳ねる水と血飛沫。

 持っていた槍を取り落とし、膝をつく。

 いくら能力が高かろうと、十分なスキルを持っていようと、数の暴力には敵わない。


「旦那! “バックスタブ”!」


 すぐさま短剣使いがリーダーのフォローに入る。

 飛び掛かった隙を狙い、背後から両手の短剣で二匹の水虎を仕留めた。


 安全を確保した短剣使いがリーダーを担いで下がっていく。


「私の後ろに! “フォートレス”!」


 大盾使いの彼女の元へ下がり、二人は後方へと隠れる。

 リーダーがまき散らした血の匂いにつられてか次々と集まって来たサーフェイスランナーや水虎。


 彼らの攻撃を肥大化させた大盾で受け止めた。

 

 スキルが操作する魔力が生み出す光の粒子。

 燐光を振りまくそれが大盾を補強し、水虎の爪や水黽あめんぼの針を通さない。


 しかし、怒涛の連続攻撃に大盾で受け止めた衝撃を殺しきれない。


「──く……──がっ!?」


 迷宮生物達も馬鹿ではない。連続攻撃で横からの攻撃に構う暇がないのを狙って、回り込んだサーフェイスランナーたちが針状の口を大盾使いに突き刺した。


 注射器などとは比にならない太さの針が腕と足に突き刺さり、針の縁から血が噴き出す。

 吹き出た血が空を舞い、声を漏らす大盾使いの黒髪を紅く汚した。


「ぁっ……!?」


 突き刺さった針が脈動する。何かの液体が針を通して大盾使いに流れ込む。

 

 その液体はサーフェイスランナーの口から注入された麻痺毒だ。


 重い防具を支える腕と足が痺れに襲われ、途端に崩れ落ちる。

 だが、彼女が稼いだ時間は無駄ではない。


 セレンが新たに描いたルーンが光の槍を生み出し、リーダー含む三人の探索者を襲う迷宮生物を一気に蹴散らした。


「下がって!」

「分かったっす!」


 セレンの余裕のない声に短剣遣いが慌てて傷を負った二人を引きずり運ぶ。

 この状況で傷を負っている二人の痛みに配慮する余裕はなかった。


「貴方も!」

「でも──!?」

「いいからっ。そこに居たら邪魔よ!」


 魔法使いの女性にもセレンは同じように言う。

 しかし、この数では個人の強さなど意味がない。そう言外に込めて魔法使いが声を上げたが、セレンは首を横に振り、邪魔であることを伝えた。


「……分かったわ」


 どうせ、自分が居ても力になれることは少ない。

 この数の暴力に飲み込まれるだけ。何か活路があるのだと期待して後ろへ下がる。


 それを確認したセレンがルーンを描く。しかし、その印は光の槍を生み出すものとは違っていた。


「切り裂いて」


 描き上げたルーンが発光し、槍ではなく巨大魚と並ぶ大きさの剣を生み出した。

 生み出した巨剣にセレンが命令を下す。


 彼女の命を受け、ひとりでに動き出した巨剣は地面と水平に。

 ぐるりと一周し、辺りの迷宮生物を薙ぎ払う。


 質量を持たない剣は宙を駆けるが、空気を裂く音は聞こえない。

 代わりに、巨剣は水の再現体を一切の抵抗も許さず切り払う。


 無音の斬撃が十数もの再現体を水飛沫に還す。


「コルぺ、門を開けてきてくれ」

「旦那!?」


 コルぺと呼ばれた短剣使いが、撤退の意味を持つ命令に耳を疑った。


「これは異常だ。今ならまだ全員が逃げ切れる。だから……頼む」

「……わ、分かったっす」


 短剣使いがくるりと巨大魚から背を向け、門へと疾走した。


「よし、俺らも下がるぞ」

「ちょっと!? あの子はどうするのよ!」

「あの様子なら多分大丈夫だ。それに、二人歩けねぇ時点でもうローブちゃんを助ける余裕はない」

「……」

「うぅ……」


 決して間違いではない判断だが、容易に人を見捨てる判断に魔法使いは納得がいかない。

 しかし、すぐ横で地面に倒れ伏し、苦痛に呻く大盾使いを見て考えが揺らいだ。


 大盾使いの太腿から流れ落ちる血が草地を紅に染める。

 彼らの探索者活動において、ここまで追い詰められることは少なかった。

 バランスのいいスキルを持った彼らが安全に気を付ければ、厄介と言われる水虎でさえも、余裕をもって倒せた。


 彼らよりも多い、五匹の群れに襲われた時も大盾使いの彼女が前を張ってくれたおかげで切り抜けられた。


 その経験があったからこそ、今日の挑戦がある。

 その勇気をくれた経験を支えた彼女が血を流し、痛みと麻痺毒で言葉を話す余裕もない。


 友人と他人。比べるまでもない話だ。

 だが、人間としての倫理観が彼女を苛む。


 罪悪感に苛まれ、顔を歪めながらも、魔法使いは二人の腕を引いて少しずつ下がり始めた。


 一人で戦うセレンを残して。




 *


 セレンは数多の迷宮生物を相手取りながら、臨時の仲間たちが撤退していったのを確認した。


(行ったわね)


 助けに来られたところで彼女の攻撃に巻き込んでしまうだけ、支障はない。

 しかし、こうもあっさり引かれるのは話が違う気もした。


「……きりがないわ」


 光の巨剣が彼女の周囲に迷宮生物を近寄らせない。

 植物のような無機物も、迷宮生物のような生き物も、中に入れば一瞬で体が断たれる絶対領域。


 しかし、セレンを襲う再現体を生み出し続けるフォレスティアは安全圏でじっと彼女を見つめているだけ。

 奴をどうにかしなければ勝利はない。


(話が違うわね、全く)


 フォレスティアが突進をしてくるタイミングで攻撃を仕掛けるのがセオリーとラグロスに言われていたのに、あの門番は微塵もその気配がない。

 まさかこんな序盤に躓くとは彼女も思わなかった。


(いえ、でもあるのかしら)


 現地の人間から聞いた情報はつくづく合っていない。

 だが、そのに行かないを聞いていた。


(まぁ、当たり前かしら。天使か悪魔に取られてしまえば、ここを建てた意味がなくなるものね)


 心の中で一人事を垂れ流しながら、再び生み出される再現体を蹴散らす。


 そんな状況に嫌気がさしたのか。


 突如、静観を決め込んでいた巨大魚が咆える。

 再現体が波が引くように下がるのと入れ替わりで、巨大魚が突進を仕掛けて来た。


「あら、いいのかしら?」


 らちがあかないのかもしれないが、その突進はこちらにも好都合。

 これであのひび割れた宝石を砕けばセレンの勝ちだ。


 降ってわいた幸運。フードの奥で口端を吊り上げた彼女が腕を振るい、巨剣に命令を下した。


 光の巨剣が草地を切り裂き、その先の巨大魚の体もフォレスティアから分離させる。

 そのまま宝石へと迫り──通過した。


「馬鹿ね──……?」


 確かに宝石を切り裂いた。

 そのはずだ。


 しかし、今セレンの目の前には水の体を斬られて小さくなった巨大魚が迫っている。

 確かに攻撃は命中した。だが、肝心の宝石には傷一つ付いていない。


 巨大魚の大口が──水の塊が迫る。


 理解不能の事態に呆けるセレン。そのまま彼女は水の体に飲まれた。


 水で作られた迷宮生物は大した力もないと馬鹿にされがちだ。

 しかし、甘く見た者から殺される。


 ただの水でもフォレスティアが操っている限り、それは再現体であれば元の性能を持つ。

 そして、本体である宝石を纏う水には──


「~~~~~~~ッ!!」


 ごぼ、とセレンの口から悲鳴の代わりに空気が零れた。

 無数の泡が巨大魚の中で生まれ、水面まで登って弾ける。


 そして、澄んだ水の巨大魚の体内が朱に染まった。


 魔力で出来たローブが一瞬で溶かされ、セレンの白に統一された服と柔らかな肢体が切り刻まれる。

 無数の切り傷をつけられ、紅き水には紅白の布切れが舞い踊る。


 結わいていた白のおさげもほどけ、絹糸のような白髪が水流の中で荒れ狂った。


 宝石に纏わりついた水は様々な性質を持つ。

 水の刃を生み出すことも、魔力であれば解かすことも。様々だ。


 だが本体は突進しか出来ず、触れたものを巨大魚の体内に飲み込むことしか出来ない。

 だが、飲み込まれたが最後。その探索者の命はない。


「──……ッ!」


 だが、セレンは人ではない。

 体が切り刻まれようと、動けなくなることはない。天使の体は非常に鈍感だ。


 痛みを訴え続ける指でルーンを描き、再び巨剣を生み出す。

 ここまで近ければ外すわけがない。


 先程の光景が嘘であると信じたい彼女が再び腕を振るう。

 その動作に伴って光の巨剣が一閃。


 翡翠の宝石を通過した。


 だが、それだけだ。


「~~!?」


 どうして。思わず口にした言葉は漏れ出した空気と共に泡となって浮き上がる。

 言葉となるはずだった泡は先程のように水面で儚く弾け、散りゆく。


 数分もしないうちに彼女が迎える未来を示しているようだった。


 痛覚こそ鈍いセレンも、体自体が機能不全に陥れば終わりだ。


 どうにもできない状況。

 思いのほか早すぎた失敗。


 その実感が彼女にもう手遅れな冷静を与える。


(いいえ……当たり前じゃない。──何のための場所だったのか忘れてたわ)


 ごぼと、ため息が零れた。小さな泡が彼女の体に纏わりつく。

 傷だらけの肢体の血を拭い取るように、泡の群れは彼女の肌を滑りゆく。


 人間と体の仕組みが違う天使は溺死することはない。

 かわりに、切り刻まれる苦しみを引き延ばしていた。


 元々鈍い感覚が遠ざかっていくのを自覚しながら、巨大魚の中で全身の力を抜いて体を投げ出す。


天使と悪魔私達に対抗するための訓練所が天使と悪魔私達を許すわけもなかったわ)


 今更ながらに思い出した前提条件にセレンが苦笑を浮かべた。

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