ラグロスが抜けた数日が経った風の踊り子。

 彼らは五日に一日、休暇を設けている。今日は彼が抜けてから初めての休日だった。

 踊り子の一人、ルーツェは自身の髪の色と同じ青のワンピースを身に着け、宿の部屋を出る。


 世話焼きなラグロスはよく彼女の部屋を掃除をしていた。それがなくなった今彼女の散らかった部屋は放置されたまま。

 扉を閉める際、散らかった部屋が彼女の眼に入るが見ないふりをして背を向ける。


 特に化粧などを施しているわけではない。

 が抜ける前は違ったが、今は外見を逐一気にすることはなかった。


「……今日も居ない」


 階下で食事を取る前にルーツェがチリーの部屋を訪れるも探し人は居ない。

 彼女は休みにもかかわらずリットと共に組合へ新たな仲間を探しに行っていた。


 新しい仲間を募集することについて、踊り子の意見は綺麗に別れた。

 リットとチリーは募集。

 ルーツェとドーレルはラグロスを待つ、もしくは募集しない。


 それは三年間で作り上げた場所が壊れるのを嫌った者と、そうでない者の違いだ。

 良くも悪くも、周囲の評価はともかく彼らは上手くいっていた。

 中層で満足に活動できる探索者の数は全体の三割。十分だと言っていい。


 意見が割れたままでは連携も上手くいかない。

 結果、妥協案としてラグロスが帰ってくるまでの臨時で募集をかけることになった。

 あくまで一時のメンバー。それだけでもルーツェの不安は大きかったが、ラグロスが抜けた穴が小さくても穴だ。


「ほんと……みんな勝手」


 雑に括っただけの青髪のポニーテールを不満げに揺らし、ルーツェが階段を下りる。


 彼が抜けた理由はルーツェには理解できるが納得できない。

 彼の言う機動戦とラグロスの相性が悪いのは否めない。


 だからと言っていきなり抜けるのも違うだろうとルーツェは今も怒っている。

 彼女が新しいメンバーを募集したくないのは、もし仮に新しいパーティが上手くいき、ラグロスの脱退理由が正当化されるのが嫌だったからだ。


 ドーレルはまた別の理由らしい。その理由をルーツェは詳しく知らない。

 支援に特化している故に連携が崩れ、安定が損なわれるのが嫌なのだろうと勝手に推測している。

 ラグロスやルーツェと同じく、支えなければならないが居る身故の発想。


「おう、ルーツェちゃん。お出かけかい?」

「うん。朝ごはん貰えますか?」

「ちょっと待ってくれ、すぐ持ってくよ。適当に座っててくれ」


 スキンヘッドの宿屋の店主に声をかけられる。

 ルーツェが暗い表情をしまうと愛想笑いを浮かべて応えた。


(今日も輝いてる。頭)


 かなり失礼なことをぼんやりと思いつつ、ルーツェが近くのテーブルに座る。

 まだ完全に起きていない頭。

 彼女は周囲の会話に耳をそばだてることでそれをゆっくりと起こす。


「……ちょっといい?」

「……? 何か?」


 しかし今日は珍しくルーツェに話しかけてきたものが居た。

 お陰で一気に頭が覚めたルーツェが声の主の方を見やる。


 声の主は同じ宿を利用する友人の女性探索者だった。ルーツェと違い探索に出る日らしく、左右の腰に小太刀を一本ずつ携えていた。


 基本的にルーツェ含む風の踊り子達は探索者からよく思われていない。それは単なる悪評というよりは嫉妬である。

 しかし、この宿に泊まっている探索者に限って言えば話が変わっていた。


 探索者の多くは上層に居る。

 そして、比較的安い宿には収入相応の探索者が泊っている。

 長い間上層に居た彼らは宿を変えずにいた。


 これらの要因と中層の探索者から様々な話が聞ける状況。

 風の踊り子はこの宿内では良い意味で知られていた。

 お節介なラグロスの世話に焼かれた者ばかりであり、彼に助けられた探索者は多いからだ。


 世話焼きと言っても彼が何かに秀でていることはなく、単なるお節介が前に出ているだけ。

 失敗もあったが、それはそれで親近感を得られ、彼を信頼する者は多い。


「……ラグロスのことってほんと?」

「……ん、ほんと」


 休日の午前中、ラグロスは宿でくつろいでいることが多い。

 彼に話を聞きたい者はその時間帯に彼と話していた。しかし、そんな彼が居ない。

 今広まっているも相まって、彼が居ないことが知られてしまった。


 否定せず素直に頷いたルーツェに女性が肩を落とす。

 彼女も彼に世話になった身だった。


「じゃあ、あの噂の子と居るのかな?」

「……それは知らない。噂の子はよく知らないから」

「ふーん……? その割に昨日は上層行きの転移装置を見てたじゃない?」

「別に何も。勝手に抜けたくせに見知らぬ女の子とパーティを組んでまた迷宮に潜ってるのとか思ってない」

「あはは……しっかり知ってるじゃない」


 ショートボブの女性探索者が苦笑する。

 不満げに頬を膨らませ、つらつらと愚痴るルーツェ。彼女を良く知る身として、ラグロスの勝手な行動に思うところもあった。

 しかし、ラグロスが自身の戦い方に迷っていることも知っていた。


 パーティを抜けるまではある意味納得できた。その後は別として。


「でも、ラグロス君と組んでるローブの子、凄く強いらしいね」

「……ラグロスだけじゃ蒼のアーチは潜れない。お手伝いではないと思う」


 上層にいる探索者は多い。

 彼らも好んで上層に居る訳ではない。稼ぎたい者ならより高価なものが手に入る中層に行きたい者だって居る。

 そういった探索者達は強い探索者を雇うこともあった。


 そのため、ラグロスがわざわざ上層の入り口付近の蒼のアーチを通ったということは、雇われたケースも考えられる。

 しかし、二人で蒼のアーチを通るのは困難。

 ローブの探索者がラグロスでは足りない手を埋められるのなら、わざわざ雇わず普通にどこか開いているパーティに入ればいい強さだ。


「いつものお節介じゃない?」

「……かもしれない」


 となれば、考えうるケースは彼のお節介でそのローブの探索者と同行していること。

 広まっている噂は様々だが、彼を見かけた探索者曰く、先導しているのはラグロスらしい。


 わざわざ二人で潜る必要性は感じられないが、何かしら理由があり、ラグロスが手を貸しているのなら辻褄は合う。


「……まぁ、彼にもいろいろあるんじゃない?」

「……せめて話ぐらいはして欲しかった。リットだけはおかしい」

「仲間への説明ぐらいはするべきよねぇ」

「……あったまきた。やっぱり聞こうかな」

「その前に」


 無表情なルーツェがあまり見せない不機嫌な顔で立ち上がる。

 が、まだ朝食も食べていないルーツェをショートボブの女性が彼女の額を小突いて止めた。


「……部屋、汚くなってるんじゃない?」

「…………」

「はぁ──彼が帰って来るのかも分からないんだから、この際自分で掃除できるようになさいよ」


 沈黙を肯定と受け取った女性が大きなため息を吐いてルーツェをたしなめた。


「だって──」

「面倒だからはなしよ?」

「……むぅ」


 長い付き合いである二人。

 ルーツェの台詞を綺麗に先取りして彼女を黙らせる。


「他人のことを気にする前に、自分のことを出来るようにしてからよ」

「……それ、ラグロスに言われてなかったっけ?」

「そうよ。今はきちんとしてるわ。だからルーツェに絡む余裕があるの」

「…………ありがと」


 心配と口にしない友人にルーツェは小さな声で感謝を口にする。

 間接的に彼のお節介に助けられている自分の情けなさではっきりとは言えなかった。


(今度はあたしの番)


 しかし、ルーツェが変わるためのきっかけにはなった。

 彼女は内心で決意を固める。

 それから朝食が運ばれ、まずは腹ごしらえと二人は椅子に座りなおした。

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