学生たち

工藤 綺斗

学生たち

 大阪から兵庫へ向かう深い茶色の電車に居た。8番線から出発してから5分程度揺られていた。乗客は誰1人話すこともなく、立っているスーツを着た若者は吊り輪にすら触れず、まるで電池が切れた人形のように壁をただ見ている。目の前の薄い髪の男はカミュの作品を読んでいた。扉上にある小さなスクリーンには話題の政権についてのニュースしか流れていなかった。時々低い音が車内に響くと人々はまるネズミの死骸を見つけた時のような目を向ける。その空気が何よりも嫌だった。

 最寄りの駅に到着すると、大学へ向かうバスがあった。僕は悩んだ末にお金の節約のためにそれに乗ることを諦めることにした。最近カバンに付けた、韓国アイドルのキーチェーンと若い女性シンガーのキーホルダーがぶつかりあってガチャガチャと音を歩くたびに鳴らす。吸い込む空気の少なさと息苦しさを紛らわすように夕食は何にしようか、洗濯物を干さないとだったりと帰ってからのことや、昨日の昼に見た“ゼロ・グラビティ”を思い出すと同情心からか悲しくなったりしていた。

 キャンパスは少し寒かった。ただ先月から持ち始めたポケットのライターを焚き火代わりにする必要はないほどだった。キャンパス内をスキップしようかと思い、僕は一度だけ周りを確認してから数メートルだけした。教室に着くと数人が既にいた。12列あり僕は前から9番目の机にいる花子の前に座る。彼女はSNSで高身長のまるで女性のような肌白い数人のイケメンが歌って踊っている動画を見ていた。5分前になると太郎が教室の前の扉から入ってきた。こちらの方を見ると手をあげて彼女の2つ隣に座る。


「左にいるの山田さんだっけ」


「違うわよ。田中さんよ。先週も同じこと言ってたわよ太郎」


「眼だけ見分けるの難しいんだよ」


 2人は曇った声で囁き合う。僕は手持ちぶさに夏目漱石の"こころ”をぼんやりと読んでいた。終盤に差し掛かっていたため早く読み切りたかった。太郎は今自分が毎日聴いている音楽だったり、面白いサークルを見つけたことなどを花子に話していた。僕は彼らが同じ高校同士だと知っていた。チャイムが鳴ると同時に黒板の前で話す先生が薄い束のプリントを前の列に居た人へ配り始めた。3列目に座っていた鈴木さんが僕の所までわざわざ3枚しかないそれをもって来てくれた。彼から預かると僕は身体を無理に捻らせてプリントを花子に両手で手渡した。

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学生たち 工藤 綺斗 @yuzuki-o

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