第2話 尾行初心者

紫音はBarのマスターだ。雑居ビルの3FでBar KINGをやっている。

僕は実家の酒屋を手伝いながら、フリーでプログラミングの仕事をしている。Bar KINGは実家のお得意様だ。


紫音はBarのほかに探偵業もやっていて、僕もその探偵業を手伝っている。

なので、尾行はお手のもの!といいたいところだが、僕は尾行のノウハウが全く分からない。

とにかく、対象者に見つからないようにバレない様についていけばいいんだよね。

紫音にはああいったものの、僕の心拍数は爆上がりで、もしかしたらその心拍の音でバレちゃうんじゃないかと思うほどだった。


でも、男は僕に気づくことはなく、どんどんと歩いてゆく。

商店街を抜けて、その先は駅だ。

男は、駅の横にあるショッピングモールに入っていった。僕もそれについていく。

すると、僕の携帯が震えた。


「はい、迅です。」

『堀田だ。さっき、紫音から電話をもらって慌てて電話している。お前、今どこにいるんだ?』

「神田駅近くのショッピングモールです。」

『良く聞けよ。今、お前が追っている男はもしかしたら、連続爆弾魔かもしれん。ここ1か月ぐらい都内で爆弾を仕掛けたという爆弾予告が相次いでるんだが、すべてデマやいたずらで終わっている。

実は、昨日警視庁に爆弾予告があってな。またデマじゃないかとの見解だったんだが、どうやらお前の前にいる男がそうなのかもしれない。』

僕は心臓が止まりそうになった。

「え?そんな危険な奴なんですか?ちょっと待ってください。でも、デマってことは、本物を持ってるわけじゃないってことですよね?」

『いや、それはわからない。いま、こっちの捜査員が総出でその予告電話の裏を取っている。何か、時間とか具体的なことは言ってなかったか?』

「20時とか言ってました。場所は何も聞いてないです。」

『わかった、とにかくお前はその男から目を離さないようにしてくれ。』

「ちょっと待ってください!!応援が来てくれるんじゃないんですか?このまま僕が尾行を続けろってことなんですか?」

『あぁ、絶対に気づかれないように気を付けてくれ。しかるべき時に応援をよこす。』

そう堀田さんが言って電話が切れた。

しかるべき時ってどんな時だよ!!

僕は泣きたくなった。そういえば、今日は僕の誕生日だ。26歳の誕生日にこんなピンチがやってくるなんて。なんて日だよ。ほんとに。

もしかしたら、今日が僕の最後の日になるんじゃないのか。

大声で愚痴りたくなる気持ちを必死に抑え、僕は男を見失わないように尾行を続けた。


男は、いくつかの店舗を覗きながらぶらぶらとしている様子だった。

ある店舗で男が立ち止まった。時計店だ。

男に見つからないように、少し離れた場所から様子を伺っていると、その男は店員を呼んでショーケースから時計を出してもらった。

ん?あれは、僕が前から欲しかったモデルの腕時計だ。

限定モデルで、シリアルナンバーが一つ一つについてて…

確か、この店舗には1つしか入荷しないってこの前店員が話してた。

くそっ。僕が買うはずだったのに!!

本当になんて日なんだ。

男は、その時計を受け取って、また歩き出した。


次に男は、書店フロアに入っていった。

ここのショッピングモールの5Fワンフロアが書店になっている。一角にはカフェが併設されていて、そこで購入した本を読むこともできる。

どうやら、男は目当ての本を見つけたらしく、購入してカフェのほうに向かった。

僕も慌ててめぼしい本を買って、男から少し離れた席に着いた。

改めて、男の顔をバレない様に観察してみた。

年令は50代半ばか。目はサングラスで隠れているから、表情はわかりにくいが、店員などにかける声は穏やかで落ち着いた感じだ。

爆弾テロなんか企てるような感じには見えないが、確かに人は見かけによらないところがあるからな。

男は、コーヒーを飲みながら、本を読んでいる。テーブルの上にはあと1冊本がのっている。読んでいる本は三島由紀夫の近代能楽集だ。

もう一冊がポーの黒猫。

あの二冊ってそういえば紫音に少し前に進められた本だったな。

どうやら男はここで、時間をつぶすつもりらしい。








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