第10話


なんだかんだ押し切られて相模さんの家に行くことになり、慌てて準備をした。


どこからどう見ても部屋着ではあるが、コンビニに行けるレベルの服装だし、これでいいか。


いきなり怖いメッセージが届いて、距離を置こうと考えていたのに、つい通話を掛けてしまった。


相模さんは簡単に死にそうな感じはしないが、うっかり死にそうな気配はあって、かなり独特な人だから、メッセージをスルーすることもできなかった。


関わりたくないと思っていたのは確かだが、冷たくして露骨に避けることもできない。


住所を送れと言われて葛藤したが、結局折れて住所を打ち込んだ。


ネガティブなことを思いついたり、そういうキーワードを口にしたりするときは、空腹で暇なときが多い。


作り置きしていたタッパーをラップで包んで液などが漏れないようにして、ビニールバックに詰める。


仕方ない、出費が痛かったので、今回は買ってあげられないし、作ったもので勘弁して欲しいという気持ちで用意した。


まとめ買いをしてあるので、まだなんとか他にも数品は作れるし、消耗品も買ったあとだ。


今回ごはんを譲っても、今月の生活費は決めている金額内で済むだろう。


しかし、気が重い。

相模さんと絡むと、予定外の出費があるからだ。


もう寝ようかなと思った矢先の出来ごとだったので、戸惑いが大きい。



迎えに来た相模さんは思っていたよりずっと顔色もよく、まだ痩せこけている雰囲気はあるものの、死にそうな人には見えなかった。


相模さんの家について、後をついて中に入る。


ここがトイレ、ここが風呂、と部屋を案内してくれたが、初日にすべてのドアを開けて中を確認しているので、知ってますよと思った。


また舌打ちしそうなので、賢く口には出さない。


持ってきたごはんを冷蔵庫に仕舞う間、相模さんがずっと後ろに立っているので非常にやりにくい。


「なんです?」

「これは全部、今から食うのか?」

「逆に食べれるんですか?」

「やってみないとわからん」

 やってみるなよ、と思いながらタッパーを二つだけ残してあとは全て仕舞う。

「こっちは帆立の炊き込みご飯、こっちはきんぴられんこん」

「腹が減った」

「どーぞ」


電子レンジ可能のタッパーなので、蓋をしたままあたためる。


いいオーブンレンジを持ってることが非常に羨ましい。全然使っていないせいか、新品のように見えた。


「それ使うの初めてだな」


間違いなく新品だった。

せめて一回くらいは使ったほうがいい。


初期不良の可能性もあるのに、そういうことを考えつかないんだろうか、この人は。


「お前の作った料理がうまかったらまた頼むからな」

「材料費」


材料費をください、と睨んだら、相模さんの顔がぽかんとした。


流石にずっと無償で提供できるほどの余裕はない。


相模さんは見た感じ、お金持ちなんだろう。マンションも家賃が高そうだし、車もぴかぴかで全然揺れないし、高級品とひと目見てわかるものばかりが散らばっているから。


「あ……お前、そうか、このあいだも……」


気まずそうに視線をあちこちに揺らしたかと思うと、落ち込んだ表情でポケットから財布を出した。


中を見て、さらに落ち込む。


「その、ごめん、すみません、気が付かなかった、つーか、言えよ……払えって……なんだよ……」


ぶつぶつ言い始めた。


最初に会ったときにいろいろ買ったのは、お節介な気持ちからであった。


今回もしょうがなくではあるものの、提供するつもりだったので、次からにしてくれたらいい。


けれど、相模さんは払ってくれようとしたらしい。そして、お金を持っていないらしい。


「次から頼むことがもしあれば払ってください。今日はお節介なのでいいです」

「いや、普通に駄目だろ。これやるよ、俺のカード。好きに使っていい」

「私のことを犯罪者にしようとしてます!?」

「ちがっ、違うだろ!そういうことじゃねぇよ!」

「いいですか、人のカードを使うのは例え家族でも犯罪なんですよ、知ってましたか?」

「知らん」

「いくつなんですか……」

「19」

「ひぃ!」


変な声が出てしまった。

まさか19歳だとは思ってもみなかった。


車を運転していたから、てっきり20歳は超えていると思っていて、年下だなんて全く想像できなかった。


自分より年下、しかもまだ10代。


恐ろしい事実を知ってしまって、変な汗が流れる。


とても19歳の男の子には見えない。


やせ細っていて、不摂生な生活をしていることがひと目で分かる体型に、すごい隈とこけ気味の頬。


健康的になれば年相応に見えそうではあるけれど、今の彼から年齢を正確に当てることは不可能だと思う。


胸が苦しくなった。

なんでそんな生活をしているんだろう。

なんで誰も彼がこうなることを止めないんだろう。


家族でも友人でも誰かしらこの生活を見咎める人が──いなかったのか。


「どんな顔だよ。『Colorful』を作ったのが中学生でがっかりしたか?」

「そんなことは思ってないです」

「じゃあなんだよ。お前いくつだよ」

「今年で22歳……」

「そんな変わんねぇな」


ふーん、と流されたけれど、4歳の差は結構変わると思う。


もしかして、家に上がり込んでること自体が未成年なんたらに引っかかるのではないだろうか。ゾッとした。


「帰っていいですか?」

「は?なんで?」

「未成年あれこれの条例に引っ掛かるんで……」

「なにそれ」


スマホを取り出して相模さんがぱぱっと操作した。


しばらくして、文字を読んでいるのか視線が左右に動いて、顔が真っ赤に染まる。


「おっ、おまえ、ばっ、バカ!それはまだ早いだろ!」


そう言ってスマホの液晶を消したあと、長くため息を吐き出して、顔を隠す。


「違うな、別に、同意があればいいだけだろ……」

「全然そういうことじゃないんですけど、相模さんが私とそういうことになる可能性を考えてるってことに、私は死ぬほどビックリしてます」


早口になってしまった。


赤面されるとこちらも釣られてしまうので、さっと背中を向けてレンジからタッパーを取り出す。


きんぴらがあたたまったので、次は炊き込みご飯をあたためる。


食器類はひと通りあるのだが、一度も使われていないように見えた。


「相模さん、これ洗ってありますか?」

「……ハウスクリーニングの人が洗ってくれてる」

「分かりました」

「敬語やめろよ、お前のほうが、年上なんだろ」

「年齢は関係なく基本的には丁寧語で話してますから、お気遣いなく」

「嫌いだから使うなって言ってんだけど」

「……相模さんってかなりわがままですよね」



あたためが終わった炊き込みご飯を、ご飯茶碗らしき深めの茶碗に盛る。


食器がおしゃれすぎて、これがご飯用のものなのかも分からない。


たぶん違う気もする。


「相模さんってのもやめろ」

「じゃあ、倫太郎さん」

「……ちょっといいな」


この人、私のこと好きなの?

それともそういう性癖ってだけなのか。



考え込んでしまった相模さんは放置して、きんぴらも四角いお皿に盛った。


家ではこのあとに一回り小さいタッパーに移して冷めたらまた冷蔵庫に戻すのだが、相模さんの家には他にタッパーがなかったので、そのまま同じものを使ってもらうことにする。


冷蔵庫には広いスペースが有り余っているし、わざわざ入れ替える理由もない。


うちの冷蔵庫は狭いので、大きいタッパーをいくつも入れておくわけにはいかないのである。


「用意ができましたよ、どうぞ」

「やっぱり呼び捨てでいい」

「まだその話します?」

「敬語もやめろ、気持ち悪い」


気持ち悪いとまで言われて貫き通すほどこだわりはない。

しつこそうだし、諦めることにした。


「分かった。早く食べなよ、倫太郎」

「お前のぶんは?」

「私は食べてきたからいい」


ふーん、へぇー、そうかーとか言いながら箸を手にしたので、ホッとして向かいの席に座る。

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