6

日の出前。

白々とした夜明けだった。

雨は完全に上がっている。

ルカは、完全に目を醒まし、裸である自分にまずぎょっとした。

それからもろもろを思い出し、何とも言えぬ表情をした後、頬をパンと打った。


着替えをし、髪を束ね、いつもの様相に戻る。

そして、念のために持って来ていた薬を取り出し、2~3種類を飲む。

……これで大丈夫、自力で下山できる……

と頷き、座ったまま壁にもたれているシオンを起こした。


「起きて下さい。山を下ります」

その声だけでシオンは目を開けた。

「寝ていないんですか?」

苦笑してルカは言った。

「まぁな……」

シオンは、低く答えると、立ち上がり包まっていた毛布を片付けた。


「すみません、ベッドを占領してしまいました」

ルカが謝ると、構わない、俺はどこでも寝れる、と答えた。

それは嘘ではないが、寝ていないのも確かである。

ルカの体温が戻ったことを確認し、そっと壁まで離れたのだった。

抱きかかえられていたことにルカは気が付いた様子はない。

…まあ、いいか…


雨上がりの山道は滑りやすい。

足を取られないように気を付けて歩くが、慣れているのかルカは思いのほか早くすたすたと下山していく。

「おい、大丈夫か」

「はい。大丈夫です」

にっこりと、ルカは答え、シオンを見た。


「……何も聞かないのですね」

「……」


まったく気にならないと言えば嘘になる。

だが、聞いてどうなるわけでもないだろう。


ルカは、軽く息を吐くと話始めた。

「ウーシェと言うのは、9年前に私と一緒にいた、親とも兄とも思っていた大切な人です。私のすべてでした。あなたと同じ姓の人がいた、と話したことがありますが、その人です」

ルカは、シオンに話すでもなく、たんたんと話している。

「いなくなったというのはその人か…。戻ってきたのかと思ったのか?」

朦朧とした意識で、自分を助けようとしたのを、そのウーシェと間違えたのだろう、とシオンは思った。

ルカはその言葉に、ふっと苦笑し、ふるふると首を振った。

「一瞬だけ、そう思いましたが……それはあり得ません」

ルカは、穏やかに、しかしきっぱりと、そう言い切った。

それきり、口をつぐみ、黙って山を下りた。


「先生―――――――!!!」

山を下り、子らと別れた近くに来ると、既に起きてルカを待っていた、ルイとレンが大声で出迎えた。

「ただいま、心配かけました。予想以上に時間がかかってしまって」

ルカはいつものように、穏やかに笑い、答える。

「では、薬の調合にかかりましょう」

子どもたちは、本当にほっとした表情をしていた。

「……旅のお兄ちゃん」

子どもらが、シオンの前に並ぶ。

「ありがとうございました」

ぴしっと、腰を90℃に折り曲げ、深深と礼をする。

「いや…おれは何もしてないな」

「先生を、ありがとうございます」

シオンは、苦笑し「良かったな」と言った。

「はい!!」

2人は、元気に返事をし、ルカたちの方へと戻っていった。


サザビィたちも心配しながら待っている。

「サザビィさん、もう大丈夫だ。…先生も帰ってきたし」

サザビィがルカを見て、本当にほっとしたような顔をした。

「サザビィさんにも、ご心配をかけてしまったようで…ごめんなさい」

ルカは穏やかに謝る。

「いいんだよ、本当に大丈夫だったのかい?」

「はい、助けていただきましたから」

「そうかい……今朝の先生を見た時には、あの頃に戻ったのかと思ったよ」

思わずぽつんとサザビィが呟いてしまう。

直後、失言とばかりに口を押さえ、回りに視線を配る。

子どもたちは、聞かなかった事にしている。

サザビィは、小さくため息をついた。


「では、そろそろ戻ります。リア、今日1日は寝てるんですよ」

ルカは、そう言い立ち上がった。

「はい、先生……ありがとうございます」

その言葉に、うん、とにっこり笑い、ルカは自分の家へと歩きだした。


道を歩いていると、行き交う人々が

「大丈夫だったのかい」

と声をかけてくる。

その度にルカは

「はい、リアも私も大丈夫です。ご心配をかけました。」

と答えて歩く。


昨日までとまったく変わらないルカ。

シオンは、静かにルカの背中を見ていた。

……あの症状だったのに、一晩寝ただけで元通りになるのか?……


かなりの無理をしている、とシオンは思っている。

それを否定するかのように、ルカは変わらなすぎるほど、いつも通りだった。

「あなたは宿に戻るのでは?」

と振り返り聞いてくる。

「病み上がりなのはルカも同じだろう、送っていく」

「それは、ありがとうございます」



「ふぅ、やっぱり自分の家がいいですね」

ルカが息をつく。

「……っと薬、薬」

だが、休むより先に薬を飲んでいる

薬を飲んでいるせいもあるが、持病のせいで、食料をあまり食べられないのではないか、とシオンは思っている。


そのシオンの視線に気がついてか、ルカは困ったように笑ってみせた。

「そういえば…さっき言ってた、あの頃って?」

「おや、聞いていたんですか」

ちょっと意外そうに、苦笑をしながら言った。

「あの頃と言うのは……私がまだ小さい頃のことですよ」

と説明をした。


「小さい頃も、雨の中、山に行ったりしていて、みんなに心配をかけていたんです。

そうしていつもウーシェが助けに来てくれて…それでですよ」

「その人は…」

シオンは山道で聞いた事とと似たような事を繰り返し聞く。

「…亡くなりました」

一呼吸置いて、ルカは続けた。





「私が、殺したんです」

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