5-2

今度は幻ではない。

ドアはきちんとあった。

ルカは、手をかけた途端に糸が切れた。

小屋の中へと崩れ落ちるように倒れこむ。

……ああ、誰かがいる……やっぱり、この人だ…大丈夫だ、この人がいるんだもの…

「大丈夫か?」

……大丈夫だよ……

そういう思いを込め、にっこりと笑い、ルカはその人の名を呼んだ。

「……ウーシェ……」



+++++++++++


……ウーシェ…とは……

シオンは、そう思ったものの、医者でなくてもマズイと見て取れるルカをひきずり起こした。

「おい、しっかりしろ、まずは体を拭け」

頬をぺちぺち叩き、ルカの意識を確認する。

「うん……お風呂…」

「ああ、湧いてる、…入るか?」

「うん……」

前髪をうっとうしそうにかきあげ、焦点の合わない眼でルカは返事をした。

口調がなんだか幼い。

のろのろと風呂へ行くルカを、シオンは支えてた。

「おい?1人で大丈夫なんだな?」

そう言って、シオンはタオルを手渡す。

そして、部屋へ戻ったが、本当に大丈夫なのか?と首をかしげた。


+++++++++++


……あったかい……

ルカは、風呂のヘリに頭をのせ、天井をぼんやりと見ていた。

……良かった……

ほぉっと息をつき、そう思っていた。

そして、ふらふらとではあるが、風呂からあがり、タオルで水分をとり、着替えを……と思ったが、さすがにない。

……毛布…

ルカは、タオルと一緒に手渡された毛布に包まり、戻っていった。

部屋にいる人影は、何かを読んでいる。

……邪魔しちゃ悪い……

声をかけようかと思ったが、それよりもルカは眠りたかった。

崩れるようにベッドへと入りこんで、すぐさま意識を手放した。


+++++++++++


シオンは、机の引き出しに何かが入っているのを見つけた。

誰かの日記か何かのようだ。

時間つぶしに、とパラパラと読み出した。

それは、医者を志している少年のもので、彼が診ている幼い少女の病状や何が効くか、というようなことが主に書かれてあるようだった。

そして、幼い少女が少年の治療に興味を示し、驚くべき早さで医学を覚えていくこと、少年と共にさまざまなことを研究していく様なども、書かれてある。


その幼い少女はエレノアという。

読んでいる最中に、ルカがフラフラと風呂から出てきて、ベッドに入るのを見た。

……本当に、大丈夫なのかよ……


「おい、ルカ」

ルカは早々に毛布に包まり、まるで胎児のように手足を曲げ丸まって寝いっている。

まあ、そうだよな…と、シオンはため息をつき、日記を戻し自分も寝ようとした。

……そういえば、決まった時間に薬飲むのではなかったか?雨で体が冷えた時には飲まないよりはマシ程度だが、飲んでいたほうがいいんだよな?


そう思ったシオンは、ぺちぺちとまたルカの頬を叩き

「おい、お前、薬はどうした、薬」

と聞いた。

「…ん?…」

ぼんやりと目を開け、ルカは、薬?と口の中で繰り返した。

「カバンの中……」

シオンは急いでカバンを開け、中身を全て出した。


数種類、薬らしいビンがある。一体どれだ?

「おい、薬ってどれだよ?」

んー、と生返事をしながら、シオンの手にしているビンを見て、うなずく。

「これなんだな?……で、どれだけ飲むんだよ。おい?ルカ?」

返事はなく、眠っていた…。

いや、それは眠っているというより、意識がなくなった、と言った方が正しい。

ぐったりとして、呼吸も虫の息だ。

「おい!!ルカ!!!」

ゆすってみても、目を開ける様子はない。


……くそ、どうしろってんだよ……

眉を寄せるシオンだが、サザビィの店で、ルカがこれと似たビンを一本全部飲んでいたのを思い出した。

「……あとで殴るなよ……」

そう呟くと、シオンは自分の口に薬を流しこみ、そのままルカの口へ、自分の口をつけ薬を流し込んでいく。

ルカの喉が、こくん、と動き、薬が飲みこまれていく。

シオンは唇を離した。

「……苦い薬だな……」

シオンはため息をつき、ビンを見つめた。

……これを、毎度飲まなくちゃならないのか…

そして、青い顔のルカの横顔を見つめた…。


+++++++++++


薬が入ってきたのを、ルカは遠くなっている意識のどこかで感じていた。

大丈夫、これで苦しい息も、しばらくすると楽になる。

……良かった、“あの人”がいてくれて…

そう思った瞬間、右手の薬指に指輪の存在を感じ、そして、どこかの回路がつながった。


……“あの人”なわけがない!!…だって、“あの人”は……ウーシェは…


必死で目を開け、人影を探す。

いる……

誰?

重いまぶたと戦い、懸命にその影に焦点を合わせた。

そして、目に飛び込んできたものは、体の正面の、左肩から右わき腹へかけて一文字につけられた大きな傷跡だった…。


「!!!!!!!!!!!!」

ルカは頭を抱え、声にならない叫びを発した。


+++++++++++


シオンは、濡れていた服を乾かそうとしていた。

そして、何か上に羽織るものはないかと探していると、ルカが目を見開いて、こっちを見ているのが視界に入った。

「起きたのか?」

と言おうとした途端だった。


「!!!!!!!!!!!!」

ルカが頭を抱えながら、声のない叫びをあげる。

「おい?」

何があったのかと、側による。


「ウーシェ?……だって…あの人は…」

うわごとのように、そう呟いている。

その目は、もう何も見ていない。

「おい?ルカ?」

「……あなたなのですか?……あなたは、本当は…」

光りのない目でルカはそう、うつろに言っている。


……なんだっていうんだよ、一体……

シオンは、ルカの肩をつかみながら、その顔を覗き込んだ。


「しっかりしろ!」


そう大声で言うと、ルカの目の焦点が徐々にあってきた。

うわごとも呟いてはいない。

「わかるか?おれだ」

頷きはしないが、しっかりとシオンを見ている。

「雨は小雨になったが、今は夜だから、山を下りる事はできない。わかるな?」

わずかに、うなずく。

「じゃぁ、ゆっくり休め。わかったな?」

そういって、ルカから離れた。

「……申しわけありません…とりみだしました……」

いつものルカの声が、シオンの背中にかけられる。

「いや……いい」

「薬も…飲ませてくれたんですね……」

ああ…と呟くように返事をする。

「もう、寝ろ」

はい……と、小声で言い、ルカは今度は静かに眠った。


シオンは寝入ったルカをしばらく見つめてため息をついた。

……くそ、なんで何も着ていないんだ!……

着替えがない、まあ、そうなのだろうが。

心配の方が勝って変な気はおこらないが……

さっきの薬の事を含め………殴られるくらいですめばいいだろうな。

もう一度ため息をついて、そっとルカを抱きかかえるようにして自分も眠りについた。






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