1-2

腹が減った。

シオンは限界に近かった。

先に立ち寄った町で買っておいた食糧が底をついていた。

話で聞いたこの島までの距離と、そこから逆算した結果の食の量に、若干の誤差があったらしい。

かろうじて水はある。

数日前から広大な海の上に、蜃気楼を見てはがっくりと力を落とすことを繰り返してきた。

だから、遠目に島影が見え、それと丘に林が見えた時も、また蜃気楼か、と思っていた。

しかし、徐々に近づくそれらが本物だと気がついた時、やっと着いた、という安堵感があった。


船をつけられる入り江は一か所しかない、というのは事前に聞いていた。

そこに船をつけ、やっと地面に降り立てた、と息をついた時。

息を飲む音が聞こえ、同時に視線を感じた。

顔をあげると、一人の人物の視線とぶつかった。

丘から、こちらを見ている。

見下ろしているその顔は、完全に逆光になっている。

だが、とまどいと驚きが混じっていることだけは感じられた。


「君は…この島の門番的なものか?」

とシオンが言いかけた時に、その人物が声をかけてきた。

「旅の方、ですか?今そちらへ降りますから、少し待って下さい」

そう言うと、丘の上から一気に駆け下りてくる。


漆黒の長い髪を、無造作に一つに束ね、きっちりと蒼いシャツを着ている細身の人物。

頬は、抜けるように白い色をしている。

にっこりとした声、口元も微笑んでいるが、目は油断なくこちらをうかがっていた。

「ああ、中央都市からわけあって、この近隣の町や村を訪れているのだが…ここで数日やっかいになりたい」

「中央都市……何か大事な御用でも?」

「人というか、物というか…探し物だ」

「そうですか。それはそうと、珍しい剣ですね……」

若干声のトーンが落ちているのは、剣に対しての用心の所為だろうか。


「ああ、これは東の国のもので環首刀というんだ」

環首刀……

と、その人物は口の中で繰り返した。

「大変失礼な質問をしますが」

その人物は、一旦、言葉を切った後に尋ねた。

「海賊などではないという保障は?」


その質問に、島を囲む塀を見て、なるほどな、と頷いた。

「町を襲うつもりは毛頭ない。ただ休みたいのと、少しの質問と、次の町までの食料などをそろえたい」

それに、海賊なら先ず今君を襲っている。


シオンがそう言うと、わかりました、とうなずき、

「失礼しました。なにぶん小さな町なので、用心深くなっておりまして…」

と、頭を下げ謝罪をした。

「いや、普通だろう、それくらい」

と言う言葉に、ありがとうございます、ともう一度頭を下げ、

「見てのとおり、町はこの小道を行った先です。宿屋にも案内します」

と道を指差しなだら言った。

「ああ、申し遅れました。私はルカと申します」

小さく会釈をする。

「シオンだ。シオン・ガイル」

ガイル……とルカが小さく復唱する。


「あの、あなたに御兄弟はいらっしゃいますか?」

「いや、おれの下に妹が二人いるが男兄弟はいないな…、なぜだ?」

ルカはシオンから視線を外すように少し顔を傾けた。

「9年ほど前ですが、ガイル姓の人が立ち寄った事があったものですから」

「9年前って、君は子どもだったんじゃないのか?」

ルカの年齢はわからないが、まだ20歳にはなっていないと思えた。

10かそこらの子どもの頃の思い出なのか。


「あてもなく放浪していた、と言っていましたね。

その人がここへ滞在していた間、幼い私が懐いていたものですから」

「そうか…だが、うちの家族に子どもの頃から旅に出ていた者はいなかったはずだな」

「そうですか」

「そういえば、この町には塀や門はあるのに、門番はいないのか?」

シオンのその問いに、ルカは、はい、と頷いた。

「いてもいなくても、同じなのです」

どういう意味だ…と一瞬思ったが、シオンは口に出さず、別の事を言った。

「それで、ここに立ち寄った理由の一つの質問だが。隠遁の賢者殿はこの島にいるか?」

「…いえ、おりませんね」

「そうか」

「その人に御用があったのですか?」

「ああ、でもいないなら仕方がない」

シオンはそれ以上を尋ねなかった。

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